結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 時は経ち、十六歳。
 エルザに会えず、だけども彼女への想いは変わらぬまま、俺はローズリンド王立学園へ入学することとなる。
 そこで俺は、エルザと再会した。
 一目見ただけでわかった。肩までだった髪は腰まで伸び、瞳には凛々しさが宿っている。立派なレディとなって俺の前に姿を現したエルザを見て、俺はすぐに声をかけようと思った――が、その瞬間、エルザと目が合ってしまい固まって動けなくなった。
 たった七年、されど七年。
 人間というのは成長し、大人になるにつれて、子供の時にできなかったことが容易くできるようになるかわりに――子供の頃のような素直さを忘れてしまう。人を変えてしまうことに関して、七年はじゅうぶんな時間だった。
 エルザ以外の令嬢たちに適当に望まれるがまま愛想笑いを振りまき続けた俺は、久しぶりに再会した最愛の女性を前に、どういう顔をしたらいいかわからなくなっていた。それだけではない、なんて声をかければいいか、どう接したらいいか、すべてがわからない。
 結局なにもエルザと進展しないまま、二年の月日が流れた。
彼女の実家がたいへんだという噂を聞きつけた俺は、身元を隠して彼女の進学費用を払ったりと、陰ながら勝手にサポートをさせてもらったものの……学園ではエルザを目で追うことしかできず、次第に最初は何度か交わっていた視線すら、一方通行で終わるようになる。
 エルザから俺に話しかけてくることはなかった。もしかしたら、彼女はもうあんな子供の思い出なんて忘れているのかもしれない。それとも――俺が君の理想の俺に、成長できていなかったのだろうか。
 声をかけて冷たくされるのが嫌だ。緊張して、かっこ悪い俺を見られるのも。……エルザに幻滅されることに怯えて、俺は逃げた。そして卒業後に行われた王家主催のパーティー後、エルザがそこに参加していたひとりの伯爵令息と婚約した話を聞いた。
『俺は……チャンスを活かせなかったんだな』
 あの時、セドリックが運命を動かしてくれたのに。そのおかげで、俺はエルザとの再会が叶ったかもしれない。それなのになにもできなかった。彼女は……ほかの男のものになる。
 立ち直るまでに、かなりの時間を要した。というより、立ち直ることはできなかった。だが表向きではしっかり王族としてに仕事をこなし、いつものように笑ってみせた。
 加えて、俺はこの時初めて、俺がベティーナと恋仲にあるという話を知った。まったく見当違いな噂だが、父上やアルベルトすらその噂に騙されていたほど、世間では信憑性が高かったようだ。ベティーナと俺の間にある誤解を解くのには、ものすごく苦労した。

 エルザと会えなくなって、一年が過ぎた。あと一年もしたら、俺は勝手にフリーダと結婚させられるのだろう。しかし、それを拒否する気力もない。エルザと結婚できないのなら、誰としたって同じだ。
 どんな形でいいから彼女に会いたい。幸せになっているだろうか。でも、ほかの男の手で幸せになっているのなら、それはそれで複雑だ。好きな人の幸せを祈ることもできないこんな俺だから、神様は最後に微笑まなかったのだろう。
『ノア、僕たちの同級生だったエルザって覚えてる?』
 二十歳の誕生日が半年後に迫ったある日の昼下がり。アルベルトが唐突に、エルザの名前を口にした。
『あ、ああ。もちろん。彼女がどうかしたのか?』
 アルベルトは俺がエルザを好きだと知らない。俺の恋心は、侍女であるベティーナ以外には誰も知られていない。当然アルベルトも彼女と特別親しいわけでもなかった。それなのに話題に上がるなんて妙だと思った。ドクンと心臓が鳴り、なんだか嫌な予感がしたのを覚えている。
『あの子の嫁ぎ先、相当やばかったらしいよ。家族の援助するって騙して婚約して、両親も弟もみんなどっかの闇組織に売られたって』
『……は?』
 信じられなかった。
 エルザが婚約した相手は、裏で闇組織と繋がっている男で、没落寸前のエルザの家族に新しい家を用意すると言いながら、使用人もろとも人身売買の餌食にしたというのだ。
『彼女の実家は、そんなに危機的状況だったのか……?』
 知らなかった。学費を援助した時も、もうこれで大丈夫だと言っていたのに。あれは伯爵が俺を気遣っての嘘だったのか。エルザもずっと、元気な顔で登校していたじゃないか。
『らしいよ。うまく隠していたらしいけど、一部の貴族の間では爵位だけの貧乏人って蔑まれていたようだ。多分家を助けるために、結婚を急いだんだろうね。悲惨だな……』
『それで……エルザは?』
 返事を聞くのがあまりに恐ろしくて、声が震えた。
『明日正式に結婚するみたいだけど……家族を失って完全に廃人状態……って』
 脳裏に浮かぶエルザの笑顔が、その言葉を聞いて突然色褪せていく。
 その日の夜、俺はエルザの嫁ぎ先を調べ上げ、ひとりでひっそりと彼女がいるであろう屋敷に向かった。ひとけの少ない山道の途中に場違いの屋敷を見つける。こんな場所で人がわざわざ訪ねてくるとは思えないのに、門の前はやたらと厳重に警備されていた。
 ……闇組織と繋がっているから、いつどこでそれを嗅ぎつけられるか警戒しているのか。
 俺は両手に魔力を込めて、周囲の空気を急速に圧縮したものを作り出す。それを警備をしている門衛ふたりにぶつけると、強力な衝撃波をくらって呆気なく気絶した。
 周囲に気づかれている様子は今のところない。ひとりの門衛の制服を借り、内ポケットに屋敷の鍵らしきものを見つけると、俺はそれを使って屋敷内へ侵入した。
 入ってすぐ、突き当りにある大部屋からは、汚い男の笑い声が扉越しに聞こえてくる。
『あの女、まだビービー泣いてるんだよ。家族を返せって。あんまりうるさいから、抱く気にもならねぇ』
『でも明日結婚するんだろ? 一緒に捨てればよかったのに』
『いやぁ、あいつ、見た目は結構いいだろ。だから飽きたら娼館にでも売り飛ばせばいいかなって。没落寸前の貴族は条件ちらつかせればみんなすぐ結婚に飛びつくからな。ちょろくて助かるぜ』
 耳を塞ぎたくなるような下衆な笑い声が、屋敷中に響き渡る。
 あの女が誰を指しているのか、俺にはすぐにわかった。頭に血が上った俺は、気づけば大部屋の扉を開けていた。
< 44 / 54 >

この作品をシェア

pagetop