結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
『? なんだお前――』
 大部屋にはエルザの婚約者であろう男と、その家来らしき男がひとり。俺はそいつらを見た瞬間、気づけば剣を抜いていた。
『……殺してやる』
 絞り出すような声で呟いた。剣を向けられた男は腰を抜かし、ガタガタと震えだす。もうひとりが逃げ出そうとしたが、そいつは先に空いた左手で雷撃をお見舞いすれば、一瞬で膝をつき倒れ込む。雷属性の魔法は僅かな威力で人を失神させる恐れがあるため、むやみに使うことはできない。しかし、こういった緊急事態では非常に役に立つ。
 ローズリンドは魔法が使える人間はそれほど多くない。目の前でガタガタと震えるこの男も、目の前で俺の魔法の威力を知り腰を抜かしている。
『や、やめろ。助けてくれ』
『嫌だ。お前だけは許さない』
 どんなに泣いたって、腹から煮えくり返るような怒りが収まることはなかった。剣の先が男の頬に触れ、血が滴り落ちる。このまま首を斬ってしまえばこいつは即死だろう。だが俺は、僅かに残った冷静さでなんとか興奮を抑え込み、もうひとりの男と同じように魔法でこいつも気絶させることにした。魔法で電気ショックをくらった男たちが意識を失っているうちに、俺はエルザを探し二階へと駆けあがる。
 外に鍵がついている部屋を見つけ、すぐにこじ開けて扉を開く。そこには、床に倒れ込んだエルザがいた。
『……エルザ!』
 駆け寄って上半身を抱き起す。男に殴られたのか、顔には痛々しい痣があり、それらは腕や足にも無数についていた。体はやせ細り、エルザはひゅーひゅーと音を立て浅い呼吸を繰り返している。
『大丈夫か! エルザ!』
『……誰?』
 かろうじて意識はあるようだ。エルザはうっすら瞳を開き、力なく声を上げた。
『俺だ。……ノアだ』
『ノア様……? うそだぁ……ノア様が、こんなところにいるわけない……』
『助けにきたんだ。今のうちに逃げるぞ』
『あれ……本当だ。ノア様に見える……どうして……私を……』
 エルザにこんな形で、また名前を呼ばれたくはなかった。滲んでくる視界を拭いエルザを抱き上げようとすると、エルザは首を振ってそれを拒む。
『ノア様、お願い』
『……どうした? エルザ、俺になにか頼みがあるのか?』
 なにか言いたげに、唇がふるふると動く。そして俺に告げられたのは、どうしようもなく残酷な言葉。
『……殺して』
『……!』
『お願い。私、あんな人とけっこんしたくない……』
『だから逃げるんだろう! 心配するな、俺がなんとかする! 馬鹿なことを言うな!』
 縋るようにエルザを説得した。しかしエルザの瞳には影が落ちたまま、俺の姿すら映そうとはしない。
『もう遅いの。私のせいで、お父様も、お母様も、アルノーも……みんないなくなった……』
『家族も俺が捜し出す。諦めるな……!』
『ありがとう……でも、みんな私を恨んでる……だから、私が死んだら、ノア様が助けてあげて』
 エルザは自分のせいで家族を巻き込んだことにひどく絶望し、なにを言っても聞く耳を持とうとしない。彼女の世界は――この一年で、絶望に染まってしまった。
『もう、こんな世界では生きていけない』
『……エルザ』
『お願い、ノア様』
 殺してと、もう一度耳元でエルザに囁かれた時――俺は立ち上がると剣の柄を握りしめ、仰向けで寝転ぶエルザの喉元に突き立てる。
 愛する君の頼みなら、俺はなんでも聞いてやる。それがどんなものであっても。
『……ありがとう、ノア様』
 そう言って微笑むと、エルザはそのまま目を閉じた。さっきまでの浅い呼吸音も同時にやんだ。
『……エルザ?』
 手から剣がすり抜け、音を立てて床に落ちる。
 再度エルザを抱き起し何度名前を呼びかけても――彼女が目を覚ますことはなかった。
 ――死んだ。たったひとり、愛する人が。
 この国に、世界に見捨てられ、命を落としてしまった。
 その瞬間、俺の視界は真っ黒になり……次に目を開けば、世界は赤で染まっていた。ふらふらとした足取りで、気づけばエルザを抱えたまま神と精霊の庭へ来ていた。
『……なにが神様だ』
 願いが叶わなかったのは、俺の力不足だ。でも、こんなのあんまりじゃないか。
『エルザが生きることを諦めた世界なんて、なくなればいい。国も神も、俺自身も、全部いらない』
 強い悲しみと怒りは、魔力となって全身からとめどなく溢れ出る。庭の結界は破壊され、凍てつくような強風と嵐が沸き起こり、木々や花は枯れていく。
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