結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
【お、おいノア! なにをしているんだ!】
 自分でも自分がなにを巻き起こしているかわからない状況で、十年ぶりに懐かしい低音が聞こえた。以前とは違い、余裕のない声色だった。
【お前ほどの魔力を持った人間が制御なく魔法を暴走させれば、国が崩壊するぞ!】
『……構わない』
【目を覚ませ! この庭を壊すことは、神の居場所をなくすことになる。それは世界のバランスの崩壊を意味する】
『うるさいな……構わないと言ってるだろう』
 エルザはもう二度と、愛らしい声で俺の名前を呼んでくれることはない。動かなくなったエルザを抱きしめて、俺は何度も謝った。
 ごめん。助けてあげられなくて。俺が勇気を出せなくて。
 ――君と再会したあの日、俺が声をかけていたら、なにかが変わっていたかもしれないのに。
【……わかった。ノア。私がお前の願いが叶うまで、自分の力が持つ限り協力しよう】
 俺の姿を見てすべてを察したのか、セドリックが俺に取引を持ち掛けてきた。神様は人間ひとりひとりの記憶を見ることができるという。きっと、エルザの身に起きたことを把握したのだろう。
【幼い頃お前が私にした願いを叶える。それを条件に、暴走を止めてくれ】
『そんなのもう遅い。エルザは……見ての通りだ……』
【大丈夫だ。私の力を使えば、時をループさせることができる】
『ループ……やり直せるのか……?』
 セドリックは頷くと、神妙な面持ちでループの条件を話し始めた。
【ただし、記憶を引き継いだまま時を戻すことは約束できない。そのため、ノアの願いが果たされない時は再度ループを繰り返す必要がある。そうなった場合――最初に時を戻す原因となった出来事と同様のことをしなければならない。それが自動的に、ループのきっかけと判断される仕組みだからだ】
『つまり今回の場合は……魔力の暴走?』
 セドリックは首を振り、重い口を開いた。
【違う。魔力の暴走は意図的に起こせない。この場合……ノアをここまで暴走させた原因……つまり、エルザの死だ】
『……エルザを殺せというのか』
【だが、それはエルザが不幸になる場合のみだ。ループをさせない限り、結局エルザは不幸になる。運命というのは世界に決められたもの。どれだけ足掻いても、世界は同じ運命を辿らせようとしてくるだろう。たとえば今回の場合――エルザの結婚前夜がXデーとなる。そしてこの日、エルザの幸せが約束されない未来だと確定した場合……お前がきっかけの役目を果たせるならば、協力しよう。ノア、お前は耐えられるか】
 ――エルザが不幸を辿る運命が確定した場合、俺がループを起こすきっかけとなり、エルザを殺す役目を担うということか。
『その場合、俺はわけもわからずエルザを殺しに行くのか?』
【いや。もしループの条件が果たされた場合、Xデー、もしくはエルザの不幸の原因にお前が触れた時、記憶が戻るよう操作しておく。つまり、記憶が戻ればエルザの不幸が確定したと思っていい。そこでループを続けるかどうかを決めるのはノアに任せよう。ループを希望する場合、Xデーにきっかけを起こしてもらう。……お前が諦めるか願いが叶えらるか、どちらかが達成された時、私はお前から離れる。それまではお前と契約を結んだ身として、お前のそばに仕えさせてもらう】
『……光栄だな。神が俺に仕えるなんて』
【勘違いするな。お前の暴走からこの庭を守るためだ。それで……お前にエルザを殺す覚悟はあるのか】
 最終確認をするように、セドリックは俺を睨みつけるように言う。
 俺はエルザを抱きしめて、小さく微笑んだ。
『ある。……それが、エルザの幸せに繋がるなら。どちらにしろ、エルザを幸せにするのが俺の役目であり、願いだ』
【そうか。……あまりこんなことを言いたくはないが、ノア、お前は狂った人間だ】
『エルザの幸せのためなら、狂人にでも殺人者にもなるさ』
 こいつにはなにを言っても無駄だというように、セドリックは呆れた表情を浮かべた。
『ただひとつ気がかりなことがある。エルザを殺す時、一瞬でも痛みを与えたくない。代わりにエルザが受ける痛みを俺が受けるようにできないか?』
【お前……本当に狂ってるぞ……できなくはないが……】
 一度発生した〝痛み〟の存在そのものを完全に消すことはできないが、対象を操作することは可能だという。
【だが、これをループの条件に加えてしまえば、途中で嫌だと言っても戻せないぞ】
『別にいい。エルザの感じる痛みなら俺が喜んで受け入れる』
 今度は呆れた顔でなく、完全に引いている。
【はぁ。私が運命を大きく変える力を持っていればいいが、さすがに神様といえど、そこまで動かせる力がない。だがひとつ言えるのは、エルザの幸せには大きくお前が絡んでいる。それは、私が以前にお前の願いを叶えるために運命を僅かに動かしたからだ。エルザの幸せにお前が絡むように動かした。最初から記憶を引き継げないお前がうまくやれるかはわからないが……ノアとエルザが結ばれることを、私も陰ながら祈っている】
 セドリックが俺に協力する理由は、世界や庭を守るほかに――自分にも少なからず、原因があると思ったからなのだろうか。
【あと、言っておくが時を戻せるのは原因と接触した日だ。今回の場合……一年半前のパーティーだな】
 エルザの記憶を読み取りながら、セドリックが言う。
 そこからスタートとなると少し厳しい気もするが……贅沢は言っていられない。エルザがまた息を吹き返すのなら、なんだっていい。
『エルザ、待ってて。俺が必ず、君を幸せに導く』
 俺がエルザにキスを落とすと、荒れ果てていた庭が大きな光に包まれる。セドリックが神の力を使ったようだ。
 ――次に目が覚めた時は、どうか、君を幸せにできますように。
 そこから俺の、途方もないループが始まった。
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