結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
 ループ一回目。エルザが結婚するという噂を聞き、記憶を取り戻す。
 記憶が戻ったということは、エルザにとって今世もよくないことが起きる。結婚相手は最初のクソ野郎とは代わり、そこそこに優秀な騎士。目の前に迫るXデーまで徹底的にやつを調べ上げると、こいつもまたとんでもない男。騎士でありながら麻薬密輸に手を出し、エルザも幻覚が見えるなどの症状を発症していた。
 だが、本人は自覚なし。家族を守るための結婚への執着か、騎士とも別れる気配はない。俺はループを選択。二回目も同じ展開を迎える。
 三、四回目。エルザは留学生の王子と結婚を決める。
 しかし、相手は身分を偽った王子でもなんでもない暴漢だと判明。レーヴェ伯爵家の乗っ取り計画を企てていることを知る。結婚を知るのが遅く、俺の記憶が戻ったのがXデー前日だったが、エルザの不幸が確定しているためループを選択。
 五回目――思い出した。ユベール。あの若き男爵令息とエルザの結婚が決まる。あいつは薬の開発で大儲けしていたが、金に目がくらんだのか、輸出先の外国からとんでもない新薬の依頼を受けていた。それは相手に気づかれずじわじわと命を奪う、人体に影響を与える薬。
 そしてその試薬を婚約者のエルザに飲ませ続けていたことを知る。家族が助かろうとエルザは助からない未来が確定。故に、ループも確定。
 六回目。エルザは十五歳年上の侯爵と婚約。前妻とは死別。
 怪しいところは見つからないが記憶が戻ったため、いつも通り調査開始。するととんでもない変態野郎だと判明。若い女にしか興味がなく、前妻は二十五歳を過ぎた頃に不審な死を遂げていた。様子を見ようかと思ったがXデーを過ぎるとループは使えなくなる。エルザが殺される可能性がある未来は容赦なく潰す。……ループを選択。
 六回も、エルザを殺した。結婚に胸を膨らませる、なにも知らない彼女を。
 いつもエルザはなにかを諦めた顔で俺を見つめた。そして俺は、今回もなにも動き出せなかった自分自身を強く恨みながら、エルザの身体に剣を突き立てる。
 そのたびに、死をもたらすほどの苦痛が自分の身体に走ったとしても――これは彼女を幸せにできない自分への戒めだと思えば、なんてことない。ただ、痛みより心が苦しかった。
『どうして』
 ――どうして俺は、エルザを幸せにできないんだ。
 絶望に瞳が真っ暗に染まっていく。そして、七回目のループ……すべて合わせると、八度目の人生が始まった。

「……っ!」
 目を覚ます。
 まだ少し頭が痛い。……今まで俺が見ていたのは……夢?
「いいや……違う」
 あれは紛れもなく、俺の数々の前世の記憶。実際に体験した、紛れもない現実たち。
 俺は最初の人生でエルザを失ったことが原因で、本来王家が守るべき存在である神と精霊の庭で魔力の暴走を起こし、なにもかもを崩壊させようとした。そんな俺を止めたのが――。
「セドリック、いるんだろ」
 俺はベッドから起き上がり、部屋の隅でまだペットのふりをしているリックことセドリックの名前を呼ぶ。
【……思い出したか。作戦は成功だな】
 ペットのふりをしている時とは違う威厳のある顔つきで、セドリックは俺を見上げた。身体のサイズが前回のループよりも一回り小さくなっている。魔力や神聖力――体内に蓄えているあらゆる力が、住処を離れ俺に力を貸し続けたことで弱まっているのだろうか。
「久しぶりの会話だな。……ピアニーは?」
 俺はピアニーとセドリックの関係性をわかっていなかったが、あいつが俺を嫌っているのにちょっかいを出してきた理由をようやく理解する。
 記憶が戻っていない俺に、遠回しにセドリックを早く庭に戻すよう訴えかけていたのだろう。
【さっきの会話を聞いていたのか。あいつならパワー切れで庭に送還された。すり減った神聖力でなんとか自力でここまできたが、お前に記憶を取り戻させるためにすべてを使い切ったようだ。しばらくは実体化も難しいだろう。……まぁ、私が解放されれば別だが】
「俺は今回、Xデーまでに記憶が戻らなかった。ということは……」
【お前の望む、エルザが幸せになる未来に辿りついたというわけだ】
 エルザを誰よりも本気で愛している俺と結婚することで、エルザの運命が変えられた。つまり、俺の手でエルザを幸せにするという願いが達成されたのだ。しかし――。
「セドリックが解放されないのは、どうしてなんだ?」
 俺がループを諦めるか、願いが叶えられるか。
 どちらかで、セドリックは無事に契約を終え、晴れて自由の身となるはずだ。
【……お前の願いが不完全だからだろう。おいノア、お前のいちばんの願いをきちんと思い出せ】
「……エルザが幸せになれますように?」
 言っている最中、自分で気づく。エルザの不幸な未来は回避できたものの――エルザ自身が、まだ幸せだと思い切れていないということだ。
 俺と歩む未来はエルザにとっては不幸なのか。いいや違う。この前のパーティーで、エルザが俺に向けてくれた眼差しは、決して過去の男たちへ向けていたものと同じでなかったはずだ。
 それなのになぜかと考えた時、改めてもう一度、エルザが俺に打ち明けた不安を思い出す。エルザが俺に告げた『怖い』という言葉の、本当の意味は……。
【気づいたようだな。ノア】
 俺の表情を見て、セドリックが言う。
「エルザは、覚えているんだな」
【ああ。多分な。どういうわけか知らないが、なぜか彼女が記憶を引き継いでしまったようだ。……いったいどこから覚えているのかは謎だが、それは後で本人に聞くとしよう】
「そうだな。後にしてくれ。悪いが……夜間にエルザに不意打ちをかけるのは、俺の特権だからな」
【かっこつけてないで早く行け】
 すっかり小さくなった尻尾でセドリックに足首を叩かれ、俺は部屋の扉に手をかける。出ていく前に時計を見ると、時刻はまさに日付が変わる直前だった。
 ほとんどの人間がもう自室でゆっくり休んでいる時間帯のため、王宮内は静まり返っている。廊下の灯りも最低限しか点いていない。そんな中でエルザの部屋に向かうと、部屋の前にベティーナが立っていた。
 ベティーナは俺に気づくと、にやにやとした表情を浮かべて小声で話しかけてくる。
「あらノア様。こんな時間にエルザに会いに来るってことは……なにか夫婦のお約束が?」
 勝手に俺とエルザのその先を妄想して、楽しそうにベティーナは笑っている。こんなやつと恋仲だなんて噂が広まって、エルザにもそう思われていたことに再度げんなりとした。
「というか、なぜお前がここに? もう休む時間だろう」
「なにを言ってるんです。できる限りエルザの護衛を強化してほしいと言ったのはノア様でしょう。おかげさまで毎日、最低でも日付が変わるまではこうして見張りをしております」
「ああ、そうだったな」
「大事なエルザのためなら朝まででも待機できますけどね」
 自慢げにベティーナは胸を張る。俺だってエルザのためならいくらでも待機できると張り合いそうになったが、今はそんなことをしている場合ではない。
「お前の頑張りはわかった。それより、エルザとの約束があるからそこを退け」
 約束などしていないが、ないと言えばベティーナに警戒されそうな気がして嘘を吐く。夫なのに妻の部屋を訪ねるのに侍女の信頼を得ないといけないとはおかしな話だ。
「わかりました。……いいですかノア様。初めては優しく、ですよ。いろいろと」
「……うるさい。早く行け」
 ベティーナは最後まで憎たらしい態度のまま、はいはいと扉の前から退くと自分の部屋へと戻っていく。
 エルザの部屋の扉に手をかけると、妙な緊張感が俺を襲った。
 ――今日はこれまでとは違う。エルザを……殺す必要はない。
 それなのに、額に嫌な汗がじわりと滲んだ。この扉を開けてすべてを打ち明けたとして、エルザは俺を許してくれるのか。俺の勝手な願いのために、何度も何度も怖い思いをさせた俺のことを。
 もし、エルザが受け入れてくれなかったら。
 そう思うと、手に入った力が抜けていきそうになる。しかし俺は自分を奮い立たせ、再度重い扉を開けるためにぐっと右手に力を込めた。
 自分が嫌われることを恐れてなにも行動できなかったこと。それが、俺のどうしようもない弱さだった。もとはといえば、すべての原因はそこにある。
 今回もそんなくだらない弱さで、エルザから逃げていたらなにも変わらない。せっかく俺とエルザもループから抜け出せたんだ。エルザと共に生きられる未来は……俺がなによりも欲していた、幸せの形そのものじゃないか。
 ギィ……と音を立て、ゆっくりとエルザの部屋へ入った。
 エルザはまだ起きていて、窓際に立って夜空を眺めていた。
「……ノア様?」
 扉が開く音が聞こえたのか、エルザが振り返って俺を見つめる。さっきまで星を宿していたであろう新緑の瞳は大きく揺れていた。そこに次に宿るのは驚きか、恐怖なのか。
「エルザ――今から君に、大事な話がしたい」
「……大事な話?」
「ああ。でも安心してくれ。……俺は今日、君を殺しにきたんじゃあない」
 エルザが目を見開いて、息をのむ。俺はそんな彼女に微笑みかけて、俺がしでかしたことの全部を話すことにした。



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