結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~

私はあなたのお飾り妻です

「ノ、ノア王子と結婚……!?」
 パーティー後、しっかりと今後についてノア様と話し合い、私はこの唐突で現実とは思えないような婚姻話を屋敷への土産として持ち帰った。
 両親は信じられないとあんぐり口を開け、なにか言おうとぱくぱく口を動かすも声が出ないようだ。
「はい。さっきのパーティーで互いの未来のために結婚することになりました」
「? そ、それはつまり?」
「私がノア様の心を射止めたわけではありません。利害が一致したのです」
 これは愛のある結婚ではなく、政略結婚だときちんと両親にも伝えておく。
「でも私、とても嬉しい気持ちです。もちろん無理矢理ではありません。私のほうからノア様に交渉し、それを受け入れていただいたのです。だからお父様、お母様、もう家のことは心配しないでください。王家がレーヴェ伯爵家の後ろ盾についた今、怖いものはありません!」
 ノア様は積極的に、レーヴェ伯爵家を援助したいと申し出てくれた。ノア様からすると、ベティを選ばなかった伯爵家を助ける義理なんてないはずだ。それでも、ノア様は私の「家族を助けてほしい」という唯一の条件を渋ることなく了承してくれた。彼にとっては、ベティと共にいられることのほうが重要なのだろう。
「領地の維持費や、領民が過ごしやすいような土地改革とか、全部力になってくれるって。それに、アルノーの学費も……!」
「あぁエルザ、お前はなんて優しい娘なんだ……私が不甲斐ないばかりに……」
「泣かないでお父様。私が優しいというならば、それはお父様に育てられたからです。私はレーヴェ伯爵家に感謝しかありません。やっと力になれました」
 私はお父様とお母様と三人で抱き合う。これまで結婚と援助が決まるたびこうやって喜んでくれたが、今回がいちばん驚いているし嬉し涙を流している。やはり相手が王家となると、感動のレベルも違うのだろうか。
 その後、私はアルノーの部屋を訪ねた。
「アルノー! 私、ノア様との結婚が決まったのよ!」
 扉越しに、しばらくずっと引きこもっている弟に語り掛ける。
「これで前の暮らしに戻れるわ。アルノーも来年、学園へ行けるのよ。また、笑顔で一緒にたくさん楽しいことをして遊びましょう。アルノー」
 すると、ガチャリとドアノブを引く音がして、中から瞳を潤ませた弟が姿を現す。
「……アルノー!」
「エルザ姉さん……!」
 久しぶりの再会――まぁ、私は昨日死ぬ前にも会ってるんだけど。アルノーは私に思い切り抱き着いて、ひらすらお礼を言った。
 ――ここまでは、今までも見た光景。問題は、今度こそ私が結婚にたどり着けるか。そこまでは気を抜けない。
 アルノーの背中に腕を回し、感動のハグと見せかけておいて、私の表情は険しいものであっただろう。

 パーティーから三日ほど経ち、私とノア様が結婚するという話が正式に発表された。そのニュースは国中を驚いかせ、私は時の人となる。
 私たちの結婚にひどく感動したのは、どうやら私の家族だけではないようで……国王様も、私が挨拶に伺った時に『ノアが専属侍女でない令嬢を選んだ』とものすごく安堵していた。
事業に失敗したという背景はあるものの、肩書は伯爵家の令嬢だ。意外にもその事実だけで、国王様はあっさりと結婚を受け入れてくれたのだ。私からすると、反対されなくてよかったが、あまりにもされなすぎて拍子抜けした。
 今や貴族の中では『どう考えても嫌われていたはずのエルザが、一夜にして王子をものにしたのはなぜか』という話題で持ち切りだ。これが在学中の出来事だったら、次々と質問攻めにあっていたことだろう。
 そしてちょうど私とノア様の結婚が決まって二週間が経った頃、私はレーヴェ伯爵家から王宮へ移り住むこととなった。明日結婚の儀を行い、それからは王妃教育を受けながら王宮暮らしに慣れていく、という流れだ。
 ――これまでの人生で、いちばんスピーディーな結婚かも。
 元々同級生だったということと、互いの目的がはっきりしていることから、私たちはゆっくり歩み寄るなどという無駄な時間はとらなかった。私もすぐにでも伯爵家を援助してほしかったし、ノア様はベティ以外の女性と結婚したという事実を作りたかったにすぎない。
 ……明日が結婚の儀ってことは、今日が結婚前夜にあたる。この日は、私にとってのXデーだ。
 今日の夜、ノア様が私を殺しにこなければ……ループを回避できたってことでいいのよね?
 今のところ、殺される理由はどこにもない。ただひとつ不安なのは、パーティー後からノア様と顔を合わせたのが一回だけということ。それこそ、国王様に私が挨拶をしに行った時。あれから一度も、私はノア様に会っていないのだ。
 この期間に急に私への殺意が湧いたりしてないよね? 
 あの血に染まった光景を思い出すと、背筋にぞくりと悪寒が走る。だが、一応今日はノア様との時間が設けられている。これが結婚前夜、最後の接触の時間となるはずだ。行動や言動を間違えないようにしなければ。
「ようこそいらっしゃいました。エルザ様。どうぞ、お部屋へご案内いたします」
 王宮へ着くと、たくさんの使用人がずらっと並んで私を出迎える。こんな豪勢な出迎えは初めてで目を丸くした。
 勢いでノア様に求婚して、勢いで王妃になる道を選んだけれど――本当に大丈夫かしら?
 今さらになって、急に一抹の不安が襲い掛かる。
 いいや、でも、家族に笑顔が戻らないことと……殺されるよりもつらいことなんてない。慣れない環境でも、私ならきっと心を強く持ってやっていけるはず!
 気合を入れて、その場で小さくガッツポーズをして案内された部屋へと向かう。そこには、びっくりするほど広く豪勢な部屋が用意されていた。
 それになぜか――私好みの色合いをしている。淡い白やすみれ色を基調とした家具や寝具に、私の必需品である抱き枕替わりになるような大きなぬいぐるみまで……! なくても眠れるけれど、熟睡度が全然違うのよね。
 伯爵家と孤児院ではうさぎのぬいぐるみだったが、ここではテディベアが用意されていた。偶然だとは思うが、すごく有難い。この部屋の模様替えをした侍女とは絶対に仲良くなれる気がする。たぶん、いや絶対、私と好みが似ているはずだもの。
 ……そういえば、ノア様と幼い頃密会をしていた時、私がぬいぐるみを抱きしめて寝るって話をしたなぁ。もちろん、ノア様はそんなこと覚えていないだろうけど。
「ノア様は執務に追われてしばらく忙しいそうなので、顔を合わせるのは晩餐の時間になるかと思います」
「わかったわ。ありがとう」
「しばらくは部屋でゆっくりお休みなさってください。なにかありました、いつでもお申し付けくださいませ。それでは、失礼いたします」
 頭を下げると、案内してくれた侍女は部屋から出て行った。
 ……ノア様と会うまでは、まだ少し時間がある。
 本当はこの間に、ベティと接触できたらよかったが、きっとノア様と一緒に執務室にいるだろう。早めに私はあなたの味方だということを、ベティに伝えておきたいのに。
 ノア様から話してくれているとは思うが、念のため自らの言葉でも伝えたいのだ。ベティと和解できれば、今後の王宮住まいもやりやすくなると思う。
 そんなことを考えていると、急に私の部屋の扉が豪快に開かれた。普通ノックや呼びかけをすると思うが……いったい誰?
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