結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「失礼! ご機嫌いかがかな、エルザ嬢」
「あ、あなたは……アルベルト様?」
にこにこしながら扉を閉め、平気で人様の部屋に上がり込んできたのは、王家に仕える宰相の息子――現在は王太子補佐をしているアルベルト様だった。
私の同級生でもあり、ノア様の親友だ。
アルベルト様は軽快な足取りでソファに座っている私のところまでやって来ると、またもや断りも入れずに隣に座って来た。
彼が近くに来た途端、ふわっと甘い香りが鼻をかすめる。バニラとラベンダーが混ざったような、甘さの中にほんのりとセクシーさを漂わせるような香りだ。
ノア様もいい香りがするけれど、ノア様はどちらかというと花の香りみたいな、優雅で高貴なイメージを連想させる爽やかな香りをしている。好みは人それぞれだと思うが、私はノア様の香りのほうが好きかもしれない。
「僕も王宮勤めだから、これから頻繁に顔を合わせると思ってさ。挨拶にきたんだ」
「そうだったのですね。まだ右も左もわからなくてご迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」
決して行儀の良い挨拶とはいえないが、彼のフレンドリーな性格と爽やかな笑顔がそんな細かいことを気にさせなくなる。単純にかっこいいから得をしている、ってのもあるだろう。
「いやぁ……それにしても驚いたよ。まさかノアが君と結婚するなんてね」
そりゃあそうだろう。アルベルト様は学園でもほとんどノア様と共に行動していた。私とノア様がほぼ関わりがなく、なんならノア様が私にだけ冷たかったのも目の当たりにしているはずだ。
アルベルト様がぐっと身を乗り出すと、深緑色の長い前髪が揺れ、その間から見えるグレーの瞳がじっと私を捉えた。そしてにやりと口角を挙げて口を開く。
「〝君が相手だったら、ノアも罪悪感がないから選んだ〟ってのが俺や世間のほとんどが思う噂の真相だと思うけど、どう?」
「……!」
世間も皆、私は侍女との禁断の愛を隠すためのダミー妻、とは薄々気づいているようだ。だが、決定的な証拠もないため誰も口にせずにいただけ。今回、初めてはっきりとアルベルト様に告げられて、私は少々驚いた――が。
「はい。そうだと思います」
アルベルト様の言っていることは実際にあたっていると思うので、私はけろっとした態度で返事をした。
少しでも情のある相手をお飾り妻にしてしまえば、優しいノア様は心のどこかでずっと罪悪感に苛まれるだろう。しかし、元々あまり好意のない私だったらそれがない。だからやりやすい。……うん。とても理にかなっている。
「さすがアルベルト様、頭がいいですねっ!」
正直、そこまで推理しきれていなかった。急に頭がすっきりとして、私は胸の上あたりで両手を合わせ、アルベルト様に笑いかける。しかし、アルベルト様はそんな私を見てぽかんとした表情を浮かべた。
「……あのさエルザ嬢」
「はい? なんでしょう?」
「少しくらい、嫌だなって気持ちはないの?」
「いいえ。まったく。ノア様のおかげで、実家が助かったので」
「……ああ。なんかたいへんだったらしいね。君の実家」
私はもう、ノア様にやることはほとんどやってもらった。
嬉しそうな家族の顔を見て、私は既に幸せなのだ。あとは――今夜、私を殺さないでいてくれたら、もう言うことはひとつもない。
「私もノア様とベティーナ様が幸せになったらいいと思っています。それまでの期間限定の妻でも構わないです」
私が言うと、アルベルト様は俯いて肩を震わせる。そして、ぼそぼそとなにかを言い始めた。
「……嫌われているのをわかって……そいつの幸せのためにその役目を担うなんて……そんなの、普通できない……」
「あ、あの~? アルベルト様?」
様子のおかしいアルベルト様が心配になり、私は顔を覗き込む。
「エルザ嬢――いや、エルザちゃん!」
「はい!」
すると、突然がしっと両肩を掴まれ大きな声で名前を呼ばれ、おもわず私も同じくらいの声量で返事をしてしまった。
「僕は感動したよ! そしてエルザちゃん、君に尊敬の念すら抱いている!」
「え? あ、ありがとうございます! 私もアルベルト様の推理力には感激しています!」
どこに感動を覚えたのかよくわからないが、アルベルト様が私を褒めてくれている。それだけはわかった。なんだか嬉しくなって、私まで言葉に熱が入ってくる。
「こんなこと今さら言うのは遅いかもしれないけど、これから仲良くしてくれるかな?」
アルベルト様は私の両手を握ると、子犬のような眼差しでそう言った。……かわいい。さすが、ノア様に続いて女子生徒から莫大な人気を得ていただけはある。チャラいというか、軽いイメージが強くて勝手に苦手意識を持っていたが、私の勘違いだったのかもしれない。
「もちろん! アルベルト様がお友達だなんて、心強くて嬉しいですっ」
きっとノア様は執務以外ではベティと一緒にいるだろうから、こうして友達ができるのは素直に嬉しい。暇な時は、タイミングが合えばアルベルト様に構ってもらおうっと。
「……とってもかわいい笑顔だね。エルザちゃん。その顔を在学中に見ていたら、僕がエルザちゃんを口説いていたかも」
「えぇっ。そ、そんな冗談言って……」
「すぐ顔が赤くなるね。そういうピュアなところも僕の周りにはいなくて新鮮だ。ねぇエルザちゃん。寂しくなったらいつでも僕が相手するからね?」
アルベルト様は私の手を取ると、手の甲にちゅっと音を立ててキスをする。挨拶だとわかっていても、あまりこういった経験がないためくすぐったい気持ちになった。
「ありがとうございます。アルベルト様」
「とんでもない。僕の希望だからさ。それじゃあ、そろそろ仕事に戻るよ。また会おうね」
仕事の合間に私の部屋に寄ったのか、アルベルト様は時計を見ると慌てた様子で私の部屋から出て行った。
……チャラいっていうのは、やっぱり勘違いじゃあないかも。
部屋に残る甘い香りをすんっと吸いながら、私は改めてそう思い直した。
「あ、あなたは……アルベルト様?」
にこにこしながら扉を閉め、平気で人様の部屋に上がり込んできたのは、王家に仕える宰相の息子――現在は王太子補佐をしているアルベルト様だった。
私の同級生でもあり、ノア様の親友だ。
アルベルト様は軽快な足取りでソファに座っている私のところまでやって来ると、またもや断りも入れずに隣に座って来た。
彼が近くに来た途端、ふわっと甘い香りが鼻をかすめる。バニラとラベンダーが混ざったような、甘さの中にほんのりとセクシーさを漂わせるような香りだ。
ノア様もいい香りがするけれど、ノア様はどちらかというと花の香りみたいな、優雅で高貴なイメージを連想させる爽やかな香りをしている。好みは人それぞれだと思うが、私はノア様の香りのほうが好きかもしれない。
「僕も王宮勤めだから、これから頻繁に顔を合わせると思ってさ。挨拶にきたんだ」
「そうだったのですね。まだ右も左もわからなくてご迷惑かけると思いますが、よろしくお願いします」
決して行儀の良い挨拶とはいえないが、彼のフレンドリーな性格と爽やかな笑顔がそんな細かいことを気にさせなくなる。単純にかっこいいから得をしている、ってのもあるだろう。
「いやぁ……それにしても驚いたよ。まさかノアが君と結婚するなんてね」
そりゃあそうだろう。アルベルト様は学園でもほとんどノア様と共に行動していた。私とノア様がほぼ関わりがなく、なんならノア様が私にだけ冷たかったのも目の当たりにしているはずだ。
アルベルト様がぐっと身を乗り出すと、深緑色の長い前髪が揺れ、その間から見えるグレーの瞳がじっと私を捉えた。そしてにやりと口角を挙げて口を開く。
「〝君が相手だったら、ノアも罪悪感がないから選んだ〟ってのが俺や世間のほとんどが思う噂の真相だと思うけど、どう?」
「……!」
世間も皆、私は侍女との禁断の愛を隠すためのダミー妻、とは薄々気づいているようだ。だが、決定的な証拠もないため誰も口にせずにいただけ。今回、初めてはっきりとアルベルト様に告げられて、私は少々驚いた――が。
「はい。そうだと思います」
アルベルト様の言っていることは実際にあたっていると思うので、私はけろっとした態度で返事をした。
少しでも情のある相手をお飾り妻にしてしまえば、優しいノア様は心のどこかでずっと罪悪感に苛まれるだろう。しかし、元々あまり好意のない私だったらそれがない。だからやりやすい。……うん。とても理にかなっている。
「さすがアルベルト様、頭がいいですねっ!」
正直、そこまで推理しきれていなかった。急に頭がすっきりとして、私は胸の上あたりで両手を合わせ、アルベルト様に笑いかける。しかし、アルベルト様はそんな私を見てぽかんとした表情を浮かべた。
「……あのさエルザ嬢」
「はい? なんでしょう?」
「少しくらい、嫌だなって気持ちはないの?」
「いいえ。まったく。ノア様のおかげで、実家が助かったので」
「……ああ。なんかたいへんだったらしいね。君の実家」
私はもう、ノア様にやることはほとんどやってもらった。
嬉しそうな家族の顔を見て、私は既に幸せなのだ。あとは――今夜、私を殺さないでいてくれたら、もう言うことはひとつもない。
「私もノア様とベティーナ様が幸せになったらいいと思っています。それまでの期間限定の妻でも構わないです」
私が言うと、アルベルト様は俯いて肩を震わせる。そして、ぼそぼそとなにかを言い始めた。
「……嫌われているのをわかって……そいつの幸せのためにその役目を担うなんて……そんなの、普通できない……」
「あ、あの~? アルベルト様?」
様子のおかしいアルベルト様が心配になり、私は顔を覗き込む。
「エルザ嬢――いや、エルザちゃん!」
「はい!」
すると、突然がしっと両肩を掴まれ大きな声で名前を呼ばれ、おもわず私も同じくらいの声量で返事をしてしまった。
「僕は感動したよ! そしてエルザちゃん、君に尊敬の念すら抱いている!」
「え? あ、ありがとうございます! 私もアルベルト様の推理力には感激しています!」
どこに感動を覚えたのかよくわからないが、アルベルト様が私を褒めてくれている。それだけはわかった。なんだか嬉しくなって、私まで言葉に熱が入ってくる。
「こんなこと今さら言うのは遅いかもしれないけど、これから仲良くしてくれるかな?」
アルベルト様は私の両手を握ると、子犬のような眼差しでそう言った。……かわいい。さすが、ノア様に続いて女子生徒から莫大な人気を得ていただけはある。チャラいというか、軽いイメージが強くて勝手に苦手意識を持っていたが、私の勘違いだったのかもしれない。
「もちろん! アルベルト様がお友達だなんて、心強くて嬉しいですっ」
きっとノア様は執務以外ではベティと一緒にいるだろうから、こうして友達ができるのは素直に嬉しい。暇な時は、タイミングが合えばアルベルト様に構ってもらおうっと。
「……とってもかわいい笑顔だね。エルザちゃん。その顔を在学中に見ていたら、僕がエルザちゃんを口説いていたかも」
「えぇっ。そ、そんな冗談言って……」
「すぐ顔が赤くなるね。そういうピュアなところも僕の周りにはいなくて新鮮だ。ねぇエルザちゃん。寂しくなったらいつでも僕が相手するからね?」
アルベルト様は私の手を取ると、手の甲にちゅっと音を立ててキスをする。挨拶だとわかっていても、あまりこういった経験がないためくすぐったい気持ちになった。
「ありがとうございます。アルベルト様」
「とんでもない。僕の希望だからさ。それじゃあ、そろそろ仕事に戻るよ。また会おうね」
仕事の合間に私の部屋に寄ったのか、アルベルト様は時計を見ると慌てた様子で私の部屋から出て行った。
……チャラいっていうのは、やっぱり勘違いじゃあないかも。
部屋に残る甘い香りをすんっと吸いながら、私は改めてそう思い直した。