恋の罠は酷く切ないけど甘い
「藤本社長?」
その理解しがたい言葉に、代表が少し困惑気味に問いかける。一瞬、彼の視線が私にあることに気づいたようで、私たちを交互に見た。

代表の態度で、今のセリフが幻聴ではなかったことを悟る。
どういうつもりで、”久しぶり”その言葉を紡いだのかまったく理解できない。

きっと彼は私を見てもわからない。そう思っていたのに、部屋に入った第一声に、私は冷静さを失っていく。

昨日、何度も動揺しないように、初対面として振舞う練習をしたのに、彼の一言ですべてが吹き飛び頭の中が真っ白になってしまった。

日差しが強すぎると思ったのか、先ほど案内してくれた男性が、壁際のスイッチを押すとブラインドが反転し、日差しが和らいだ。
 

そしてはっきりと映し出した十年ぶりに見る藤本彰斗。
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