恋の罠は酷く切ないけど甘い

そんな気遣いになんとなく、苛立ちにも似た感情が芽生える。彼はどういうつもりなのだろうか。
あえて知り合いだと言ってみたり、食事に誘ってみたり……。

そこまで思って自意識過剰なだけだと、思いなおす。完璧な彼はただ学園内に私がいたことを覚えていただけにすぎない。
当たり前の会話をしただけなのに。

「お気遣い、ありがとうございます」
それだけを答えて、私はキュッと唇を噛んで自分の気持ちをなんとか落ち着かせた。

これほどの夜景を今までみたことがあっただろうか。日本で一番高いビルの最上階。
55階から見る景色に私は自分の立場も忘れて見惚れてしまう。
「月城さん、そろそろよろしいですか?」
穏やかな藤本社長の声に私は我に返る。緊張しつつダイニングへ足を踏み入れた私。

高い天井に、ブラックを基調としたインテリアにシャンデリアどれもが最高級のものだろう。
そんな空間でも、当たり前のように案内される二人の後を歩いていたはずだった。
しかし、個室の扉が開き、目の前に広がった景色に見惚れていたのだ。

「はい、申し訳ありません」
羞恥から耳が熱い。ギャルソンがにこやかな笑顔で椅子を引いてくれていることに気づき、私も椅子に腰かけた。
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