恋の罠は酷く切ないけど甘い
そんなとき、代表が胸ポケットに手を当てた。スマホが鳴ったのだろう。
「どうぞ、急用かもしれませんよ」
藤本社長の言葉に、代表はディスプレイだけ確認する。そして少し顔をしかめた。
「申し訳ありません。少し失礼しても?」
「もちろんです。案内をお願いします」
藤本社長が待機していたギャルソンに合図をし、代表は一緒に部屋から出て行ってしまった。
ふたりきりになることなど想像もしていなかった私。恐ろしいぐらい緊張が高まり、フォークとナイフが奮えそうで、一度それを置いた。
ドキドキと自分の心臓の音がうるさい。仕事なのだから、何かを話すべき、そう思い頭を巡らしていた時、不意に視線を感じた。
「志波ちゃん」
過去を思い出させるような呼び方に、私は完全に動きが止まってしまった。