天帝の花嫁~冷徹皇帝は後宮妃を溺愛するがこじらせている~
男は二、三度(まばた)きをすると、我に返ったようにゆっくりと歩み寄ってきた。

逃げるなら今しかない。
 逃げる気力も体力も残っていないと思っていたが、(せま)りくる死を前にしたら不思議と力がみなぎってくる。
 駆け出して山に逃げ込めば勝機はあるかもしれない。

でも、その後は?

 奇跡的に逃げることができたとしても、そこからどうやって生きていくのか。ここで(いさぎよ)く斬られた方がましだと頭ではわかっているのに、死の恐怖が、とにかく逃げろと言ってくる。

 立ち上がり、駆け出そうとすると、それを(さっ)した男にあっという間に拘束(こうそく)された。
 まるで抱きしめられるように体を掴まれる。

「ひっ……」

 死の恐怖で体が固くなる。
 小さく悲鳴をあげると、男はさらに強く抱きしめてきた。

「会い……たかった……」

 私の首筋に顔を(うず)め、(しぼ)り出すような声で男は言った。

(会いたかった?)
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