天帝の花嫁~冷徹皇帝は後宮妃を溺愛するがこじらせている~
なぜ皇帝や皇后が神事を司っているのか。華蓮は生涯、表向きの理由だけしか知らず、それで納得し、心からの信仰を捧げるだろう。それでいい。本来はそうあるべきだ。

皇帝となり、天帝と崇められ、国民の生活や命を守る立場となって、感じることがある。

俺は全ての権力を握っている。俺が右といえば、右だし、左といえば左だ。誰に手を差し伸ばすかで、簡単にその人の人生を変えてしまう。

まるで本当の神になったかのようだ。そうなると、おこがましいが、神の気持ちがわかるようになってくる。

どんなに力があったとしても、全ての者を救うことなんてできないし、むやみに物を与えたところで、それはその者を幸せにするとは限らない。

逆に堕落し、甘え、感謝の心が薄れ、強欲になっていく者もいる。

与えるだけが優しさではないし、成長のためにわざと助けを求める手を取らないこともある。その結果、その者が潰れたとしても新たに立ち上がる者が出てくればそれでいい。

無慈悲に見えるだろうが、冷酷さもないと政治は務まらない。綺麗ごとだけで、国を守ることはできないのだ。

だからこそ、華蓮は心優しく等しく万人を包み込むような皇后であり続けてほしい。

光と影の存在がないと、世の中は上手くまわらない。

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