天帝の花嫁~冷徹皇帝は後宮妃を溺愛するがこじらせている~
 奇跡的に逃げることができたとしても、そこからどうやって生きていくのか。ここで潔く斬られた方がましだと頭ではわかっているのに、死の恐怖が、とにかく逃げろと言ってくる。

 立ち上がり、駆け出そうとすると、それを察した男にあっという間に拘束された。

 まるで抱きしめられるように体を掴まれる。

「ひっ……」

 死の恐怖で体が固くなる。

 小さく悲鳴をあげると、男はさらに強く抱きしめてきた。

「会い……たかった……」

 私の首筋に顔を埋め、絞り出すような声で男は言った。

(会いたかった?)

 誰かと勘違いしているのだろうか。男の声は聞いたことがない低い音だし、禁軍の武官は父しか知らない。

 男は私の体を反転させて向かい合わせると、目を細めて私の顔を見つめた。そして、私の頬を壊れやすい装飾品を触るようにそっとふれる。

「やっと見つけた……俺の花嫁」

 男は慈しむような瞳で、とても優しい声で囁いた。

 その瞬間、ある人を思い出した。

「まさか……」
< 71 / 247 >

この作品をシェア

pagetop