明日も君と、手を繋いで歩きたい
窓から入り込む暖かい春風は、うっすらと桜の香りを纏(まと)いながら、優しく二人を包み込んでくれた。
二人だけの空間。二人だけの音。
お互いの見えない心の糸が、すこしだけ絡み合った。そんな気がした。
学校が終わり、校庭のフェンス沿いを歩いていた時、どうしても君の事を考えてしまう。
話しかけてくれたのは何でだろう?
自分のイヤホンをつけてくれたって事は嫌いじゃないから?
フェンスを指でパタパタとなぞりながら、ブツブツと独り言を言い、頭の中ではあの時間の光景が何度もリピートしていた。
胸が弾み、肩から掛けた大きめのスポーツバッグを揺らしながら早足になった。
ニヤケながらふとフェンス越しに校舎を見上げると、窓辺に立っている君を見つけた。
君は窓に手を付き、夕焼けを見つめていた。
手を振ろうと右手を上げかけた時、君の隣に他のクラスメイトの女の子が近寄って来た。
仲良さそうに話をしているのを見て、空中に制止したままの中途半端な右手をすぐに下ろした。
下を向いて髪を触りながら歩いていたが、自分の歩いている道が、茶色の地面から駅のアスファルトに変わっている事に気付かないくらい頭が真っ白だった。
大好きなボカロの歌を聞きながら、夕日を背に電車に揺られ、バスを乗り継ぎ、家に着く頃には辺りは真っ暗になっていた。
家に入るとまだお母さんは仕事から帰って来ていない様子で、冷めた夕飯だけがキッチンで帰りを待っていてくれた。
お父さんは借金だけ残して蒸発してしまい、親戚から譲ってもらった家にはお母さんと二人だけで暮らしている。
少し寒いキッチンで夕飯を早々に済まして、ペットのハムスターに餌をやり、お風呂に入ってテレビを見ていると、お母さんが帰って来た。
「まだ夜は寒いね」
お母さんはそう言いながらイヤリングを外して、シャワーを浴び、夕飯を食べるとドレスに着替え、ピアスをつけて化粧をしてまた仕事に行ってしまった。
毎日独りぼっちだった。
昼も夜も。