パティシエ総長さんとコミュ障女子
「ねぇ凛ちゃん。」
「何?」
竜司くんは私に手を差し出した。
「これから長い付き合いになると思うけど、あらためてよろしくな。」
またやるんだ、このくだり。
腹痛を起こしそうなくらい綺麗な竜司くんの顔と目を合わせて、私は彼の手を握り返した。
「よろしく。この店は私が責任持って繁盛させるから。」
「ああ。頼むよ。」
私たちは笑い合った。
正午の日差しが店に入り、観葉植物の綺麗な影が白い床に映えている。
その時。
ぐーーーー
私のお腹が鳴った。
「ごめん。多分ここ感動シーンだったよね……。も、もう一回やる…?」
焦って謝った私を見て、竜司くんが吹きだす。
「ケーキ食うか?」
ひとしきり笑った竜司くんが私の肩を叩いて言った。
「いいの?」
「いいよ、なんなら給料ケーキにしようか?」
「それは嫌!現金でください!!」
竜司くんとは会話のテンポが合うのかな。
滞りなく進む会話が気持ちよかった。
チリンチリン
聞き慣れた音がする。
「あっ…お客さん!」
慌てて竜司くんを厨房に押し込む。
竜司くんを視界の隅に追いやり、私はお客さんを見た。
多分一般のお客さんだ。
老夫婦が店に入ってくる。
スケッチブックを取り出そうとして、その手をおろした。
今日、私は初対面の二人と話すことができたんだ。
少しだけなら、自信を持ってもいいんじゃないかって、そう思ったんだ。
「いらっしゃいませ!」
私は、微笑んだ。
後ろで、竜司くんが優しく笑っているのが感じ取れるようだった。
5月下旬の暖かい空気が、店のドアから店内へと吹き込んだ。