パティシエ総長さんとコミュ障女子
「ある日、俺、川に流された。」
えっ、と思い、瑠衣の顔を見る。
「殺された、と思ったよ。橋から濁流に突き落とされたんだもん。必死に泳いだね。生きたくて、生きたくて。それで、保護された。」
上を向いた瑠衣の瞳が、寂しそうに揺れた。
想像以上に壮絶な瑠衣の過去に、言葉が出ない。
「それだけ。これ、秘密ね。」
瑠衣は人差し指を唇に当て、ふふっと笑った。
あぁ…こいつは強い。
直感的にそう思った。
多分、過去を冷静に見ているんだ。
今まで、どれだけ悲しい思いをしただろう。
「あ、ツナちゃんの話はしなくて良いよ。俺あんたに寄り添うとか多分無理だから。」
うわぁ、雰囲気ぶち壊し。
私はクスリと笑った。
まぁ、それでも良い。
多分私たちは性格的に深い付き合いは合わない人種だ。
それはお互い知っている。
「じゃあね、日が暮れないうちに帰りなよ。」
「オカンみたいなこと言うなよ。」
最後まで軽口を叩き合いながら、私は瑠衣を送り出した。
綺麗な後ろ姿の瑠衣が去っていく。
夕陽に照らされた彼のシルエットは、強くて、強くて、少し、弱かった。
そんな姿を見ていたら、心の中に、なにか、意味のわからない悲しさが込み上げてきた。
私は、ある人に電話をかけた。
なぜかけようと思ったのかは正直分からないけど、なんとなく話したいと思ったから。
胸の中の変な寂しさを埋めたいと本能的に思ったのかもしれない。
「竜司くん」と書かれた連絡先を見つめる。
スマホのバイブ音が止まり、「もしもし」と聞き慣れた声がした。