新そよ風に乗って 〜慕情 vol.2〜
「お前は、 本当に……」
話の途中で、 高橋さんが私を強く抱きしめた。
「た、 高橋さん。 苦しいです。 そ、 そんなに強く抱きし……ンンッンッ……」
いつぶりのキスだろう?
突然のキスなのに、 何だかとても懐かしくて安堵としている自分がいる。 けれど、 高橋さんの唇は直ぐに離れてしまった。 そんな高橋さんの行動に、 少し寂しさを感じてしまう私って……。
「悪い。 我慢出来なかった」
我慢できなかったって……高橋さん。 何だか、 嬉しい。 不謹慎かもしれないけれど。
「フッ……。 病人襲うなんて、 どうかしているな。 俺……もしかしたら菌うつしたかもよ?」
そう言って、 高橋さんはチョロッと舌を出した。
もう……。
そのお茶目なところに、 メロメロだったりするのに。 高橋さん! そんな至近距離で、 言わないでってば。
きっと今、 顔真っ赤だ。
高橋さんは乱れてしまった布団をまた直してくれて、 腕時計を見た。
あっ……。
いつの間にか、 お揃いの時計は、 高橋さんの右手首にはめられている。 この前までは、 左手首にしていたのに……。 そんなさり気ない優しさに触れて、 今までのことが思い出され、 この冬の出来事がまるで走馬灯のように脳裏を駆け巡り、 胸がいっぱいになった。
「また、 近いうちに来るから」
「はい。 ありがとうございます。 でも……今、 いちばんお忙しいんですから、 本当に私の事は大丈夫なので、 気にしないで下さい」
そう私が言い終えるか否かのうちに、 高橋さんは優しく微笑みながら頷いて聞いていた。
高橋さんが病室を出て行ってしまった後、 今まで人口密度が高かったこの部屋が急に静まり返って、 点滴の機械の音だけが響いて、 それがまた寂しくも虚しくもあり、 昂っていた気持ちも落ち着いてきたせいか、 何か怖いぐらいの静けさに感じられた。
その日は、 熱が少し高かったので無理だったけれど、 翌日からは高橋さんに言われた 『 ゴールデンウィークまでに、 元気になって退院して出社する 』 という事を目標と励みにしながら、 病気を治す事に専念して自分なりに頑張っていた。
そして、 また昼間の暖かい時間帯の中庭での読書も再開して、 高橋さんがお見舞いに週末来てくれた時も、 新緑の日だまりの中のベンチに座りながら、 いろんな話しをしていた。 そんな何気ないひと時でもとても幸せに感じられ、 気持ちも落ち着いていたので、 4月のゴールデンウィークに入る前に、 念願の退院が出来た。
2日間、 自宅でのんびりしてからもう一度外来で診察をしてもらうと、 主治医の先生も太鼓判を押してくれた。 3日働けば、 ゴールデンウィークなので会社にも行って良い事になり、 翌日からまるで新入社員の時のように、 緊張しながら出社した。

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