奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 そこで、ちょっと歴史の雑談なんて?


~*~ セシルの歴史教室:馬車 ~*~
 今回、馬車の話題がでてきました。日本語では、「馬車」 と簡単にひとくくりになりますが、英語では色々あります。

 Carriage とCoach が、代表的なものでしょう。

 まず、馬車の歴史の前に、どのような種類があるかお話しますね。

• Araba(アルバ)、Barouche(バルーシュ)、Berlin(バーリン(日本語英語ならベルリン))、Brake(ブレーク)、Britzka(ブリッツカ)、Brougham(ブルーム)、Buckboard(バックボード)、Buggy(バギー)

• Cabriolet(キャブリオレー)、Calash(カラッシュはBaroucheと同じ扱いが多い)、Cape cart(ケープ・カート)、Cariole(キャリオール)、Carryal(キャリー・オール)、Chaise(チェイズ)

• Chariot(チャリオット)、Clarence(クラレンス)、Coach(コーチ)、Coupé(クーペ)、Croydon(クロイドン)、Curricle(カリクル)

• Dogcart(ドッグ・カート)、 Drag(ドラグ)、Driving (horse)(ドライビング)、 Droshky (Drozhki、ドロシュキ)

• Ekka(エッカ)、Fiacre(フィアクル、辻馬車)、Fly(フライ)、Four-in-hand

• Gharry(ガウリ)、Gig(ギグ)、Gladstone(グラッドストーン)、Governess cart(ガヴァネス・カート)

• Hackney(ハクニー)、Hansom またはHansom cab(ハンサム)、Hearse(ハス、霊柩車)、Herdic(ハーディック)、Horse and buggy(ホース・アンド・バギー)、Horsebus(ホースバス)

• Jaunting car(ジョンティング)、Jingle(ジングル)、Kalesa(ケイアザー)、Karozzin(カラチン)、Kibitka(キビトカ)

• Landau(ランドー)、Limousine(リモジーン)、Mail coach、One-horse carriage、One-horse shay

• Park Drag、 Phaeton(フィエイトンまたはフェートン)、Post chaise、Randem(ランデム)、Ratha(ラタ)、Road coach(ロード・コーチ)、Rockaway(ロッカウェー)

• Sociable(ソーシャブル)、Sprung cart(スプラング・カート)、Stanhope(スタンホープまたはスタナップ)、Sulky(サルキー)、Surrey(サリー)

• Tarantass (Trantas) (タランタス)、Tanga/Tonga(タンガ)、Telega(テレガ)、Tilbury(ティルバリー)、Trap(トラップ)、Troika(トロイカ)、Two-wheeled calash

• Un-sprung cart、Vardo(ヴァードウ)、Victoria(ヴィクトリア)、Village cart(ヴィレッジ・カート)、Vis-à-vis(ヴィザ・ヴィ)

• Voiturette(ヴァチュレッテ)、Volante(ヴォランテイ)、Watonette(ワゴネッテ)、Whim(ウィム)、Whiskey(ウィスキー)


 あまりにたくさんあり(過ぎ) ますので、ここでは、キャブリオレー、キャリッジ、コーチ、チャリオット、ワゴンなどを中心に、説明したいと思います。

• Cabriolet(キャブリオレー):一頭立て二人乗り二輪ほろ馬車。(ほろ)は折り畳み式で、二人乗りの一人は御者で、もう一人が乗客用です。車体の後ろには、一人立っていられるプラットフォームがあり、大抵、馬の世話役の厩務員が立ち乗りしています

• Carriage(キャリッジ): 四輪の馬に牽引される乗り物です。オープンのもあれば、密閉されたボックス型もあります。
Carriage のサスペンションは皮でしたが、それからは、鉄のスプリングに変わりました。

• Coach(コーチ): Coach はCarriage のスペシャルタイプで、二頭引き、または、四頭引きの両方がある四人乗りの乗り物です。大型で、四隅に木枠があるボックス型に天井があり、片側にはドアがあります。
前側の席と後部座席があり、御者用のシートは前側に視界が良く見えるよう高く設置されています。

• Chariot(チャリオット):チャリオットは、異なった二種類があります。大抵は、ローマ帝国で使用された、戦闘用チャリオットを思い出すんじゃないでしょうか?

それは、二輪の荷物などを運ぶ Cart (カート)で、Biga と言われるものや、Triga と言われる三頭引きのチャリオットがあります。

もう一つのチャリオットは、Chariot carriage で、軽量二人乗り四輪のCoach のことです。ですから、ボックス式の車体もちゃんとありますよ。

• Wagon(ワゴン): 重量四輪で、大抵は大型の使役動物に牽引される乗り物です。人や重い荷を運ぶことに使用されます。
二輪の Cart や、人を乗せる軽量四輪の Carriage とは、はっきりと区別される乗り物ですね。


 Brougham(ブルーム)は、現代も使用されていて、スェーデン国王がアメリカ大使を招いた時に、ブルームに乗って宮殿に行きましたよ。

 ブルームとコーチは似ているもので、違いは、ブルームは軽量二人乗り、両方にドアがあり、前方にも曇りガラスの窓がついているという点でしょうか? それで、前方が少し見える、という具合です。

 “Carriage” は、古フランス、ノルマン方言“cariage” から由来する言葉です。意味は、“乗り物で運ぶ” と言う意味ですね。

 馬車の歴史では、紀元前4000年頃、ウクライナ地方で馬の家畜化に成功。
 紀元前3000年頃青銅器時代、メソポタミタのシュメール人が、“車輪” を発明したと言われています。車輪で作った荷車を馬に引かせ、物や人を運ぶ馬車が出てきたのも、その頃です。

 紀元前2500年頃には、すでに馬車が存在したと言われ、乗り物として使用されてきました。

 それからは、紀元前1200年頃に馬の(くつわ)、紀元前4世紀頃に馬の(あぶみ)が発明されたことで、馬車よりも、馬は戦闘などにおける騎馬として、使用されるようになります。

 昔は道路が整頓されていなく、獣道が多かった為、馬車の通行には不向きで、馬車道は多くありません。

 記録されている馬車の始まりは、Chariot(チャリオット) でしょうか。紀元前1900年初期より、メソポタミアまで届き、戦闘車輪として、エジプトやヨーロッパなどでも使用されました。

 チャリオットと聞くと、古代ローマ時代、戦車競走などで使用されたChariot が有名ですが、紀元前一世紀ローマ帝国では、帝国内の移動で、帝国街道には、Roman Chariot が使用されるようになります。

 これは、コロッセウムなどの戦車競走で使用された Chariot ではなく、四輪で、鎖や皮でつられたサスペンションのようなものを使用した馬車のことです。
 ボディーはやや箱型で、銅で豪華に飾られていたと言われています。

 中世では、丸い屋根((ほろ)に近い) がある、四輪のワゴンが登場してきます。

 14世紀には、サスペンションを使用している馬車の画像が記録されています。15世紀には、かなりそれが広がっていきますね。
 ただ、鎖や皮で吊るされているだけに揺れが激しく、時には、車体が振り回されてしまう欠点がありました。

 16世紀にはCoach の登場で、ヨーロッパ諸宮廷において、馬車の使用が新しい流行として広まっていきます。貴族階級では、主要な交通手段となるんですね。

 同じ頃には、イギリスで Stage coach(駅馬車) が発明されます。都市と都市を結ぶ交通手段として、駅(Stage または、Station) があることから、この名前がつきました。

 駅馬車は、19世紀初頭位まで使用されます。

 1625年にイギリス、ロンドンで辻馬車が登場。辻馬車は、走行時間によって、料金が設定されていました。
 辻馬車が “タクシー” の起源です。

 1662年フランスのブレーズ・パスカルにより、世界初の乗合馬車の登場。今の “バス” の起源ですねえ。

 乗合馬車は不特定多数の客を乗せ、一定の路線を時刻表に従い、運行される馬車です。
 最初は八人乗りの馬車から始まり、それから、二十人近くも乗れる、大型のものも発達していきます。

 二階建て馬車とかね。

 駅馬車タイプの一つで、1784年に、郵便馬車が初めて運行開始となりました。ロイヤルメールの駅馬車は、有料道路網を通じて、イギリス諸島の道路網の発展を促進することになります。

 19世紀以降、産業革命の成果で鉄が安くなり、1807年、イギリスで世界初の鉄道を走る馬車鉄道が誕生しました。
 後の蒸気機関車の発明により、早期に衰退してしまいましたが。

 日本に馬車鉄道が導入されたのは、それからおよそ80年後、1882年。
 東京馬車鉄道が新橋~日本橋間で開業です。同年、日本橋~上野~浅草~日本橋へと至る、環状線も開通。

 その以前より、馬車や乗合馬車などは運行されていましたが、日本での馬車の発達や流行は、あまり進みませんでしたよね。

 どうしてでしょう?

 その理由は、何点か上げられるようですね。

 日本に伝わって来た馬文化は、朝鮮半島経由で伝わった、騎馬民族郷土の文化で、ヨーロッパのように、戦車中心の文化とは違い、騎馬を中心に、勢力圏を拡大した文化だからということ(『馬たちの33章』 早坂昇治/著)。

 それから、日本は、野生馬も含めて馬の数が少なく、馬は貴重な動物でもありました。
 ですから、権力者の象徴となり、荷を牽引するという発想が生まれなかったんです。

 明治までは、平民も乗馬は許されず、牛は貴族、馬は武士、というような形態になってしまっていたのです。

 日本の天候は、雨も多く河川も多いです。火山列島で山地も多く、街道が整備されても、馬車が自由に走れるスペースもありませんでした。

 未舗装な道路の走行は不安定で、加えて輸送力もあまり期待できませんからね。
 そういった理由で、日本での馬車の発展は、あまり著しくなかったようです。 

 セシル達が今回使用したのは、Coach です。二頭引き四輪で、四角い枠組みのあるボディ(車体)に、ドアが付いている馬車ですね。


 そんなこんなで、ちょっと歴史雑談でした。
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