奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* В.д 手加減無用 *
「あの……先程のものは、本当に、塩だったのですか?」
ギルバートに連れられ、大きな屋台や市場が並ぶ場所を通り過ぎたセシル達は、市場の荷物置き場のような場所を通り抜け、少し開けた場所にやって来ていた。
ギルバートの話した通り、その場は草わらで、市場で使用されたような木箱などが、そこらに積み上げられているが、それだけの場所だ。
ギルバートが自分の部下達に何を指示したのかは知らないが、この場所で、先程、二手に分かれた残りのメンバーを待つのだ。
あまり怪我もなく、無事でいるといいのですが。
二人にも、ひどい戦闘になるようなら、すぐに戦闘を放棄して逃げ去りなさい、という指示は出してある。
王都の街中だったし、そこまで目立つ戦闘になれば、すぐに周辺にいる警備の者達が、駆けつけてきただろう。
「いえ。地面の土です」
「土、ですか?」
「ええ、そうです。ただ、傷口が開いていましたから、何かを塗り込まれたり、押さえつけられたりしたら、更なる激痛が襲ってくるものですから」
「そう、ですか」
「ただ、あれだと、傷口に泥が入り、後で炎症を起こしてしまうかもしれませんね。しっかりと傷口を洗って、消毒しなければならないのですが」
「――え゛っ……?!」
咄嗟に、ギルバートの口から、その一言が飛び出てしまっていた。
今更、この場で、あの下衆共の心配をしてくるものなのか?
それも、あれだけ容赦なく、手加減なく、同情もなく(ほぼ無情に)尋問をしておいて?
「傷口に泥などが入ると、炎症を起こしてしまう可能性が増えてしまうのです。炎症を甘く見ていたら、熱が出るだけではなく、ひどくなってしまえば、傷口のある部位を切断することを、余儀なくされる場合もあるのですよ」
特に、この世界では、民間での怪我の手当てなど、雑なものばかりだ。
医師がいない場所もたくさんあり、医師がいても、べらぼうに高額な治療費が払えないので、結局、自分達で知っている適当な知識で、消毒を済ます民が、ものすごいたくさんいる。
「舐めておけば治る」 は、前世(または現世)でもよく聞いたセリフだ。
それは、擦り傷程度なら当てはまる簡単な消毒方法かもしれないが、切り傷などには、全く当てはまらない。
傷口を消毒したり、きれいに洗い流す、などという習慣や概念もなければ、知識もない民ばかりがいると、領地を治めるようになってから、セシルだって初めて知ったことだ。
あの時に、もう完全に基礎知識からして抜けている領民を前に、ガックリと、うなだれてしまいそうだったほどだ。
「いえ……、それは、そうでしょうが……」
大真面目に、怪我の手当ての方法などを語るセシルを前に、ギルバートの表情も、少々、強張ってしまった。
そこまで心配するなら、なぜ、先程は加減もなく、あの下衆を懲らしめたのだろうか……。
なんだか、この令嬢の会話についていけない……と、感じ始めてしまっているのは、ギルバートの気のせいなのだろうか……。
「マスター、ご無事でしたか」
積み重なった箱の間から、セシルの護衛二人が、無事で駆け寄って来た。
「私は問題ありません。あなた達も、怪我はないようですね」
「我々は大丈夫です」
ギルバートの付き添いであるクリストフも、ギルバートの前にやって来た。
「それで?」
「私達の方には、四人です」
「そうか」
「そちらは?」
「六人だ」
「では、こちらには女がいるから、生け捕りにするつもりだったのでしょうね。夜会で、襲撃を滅茶苦茶にした女をまずは捕獲し、何を知っているのか、吐かせるつもりだったのでしょう」
その結論は――ギルバートやクリストフの頭にも、浮かんだことだ。
あまりに、敵の動きが早過ぎる。 そして、数で言えば、セシルとギルバートは二人きりで、セシルが女性と知っているのなら、セシルを頭数には入れないはずだから。
ほぼ六対一の不利な状況なら、セシルを人質に取れば、ギルバートは動きが取れなくなってしまう。
その結論には行き着いたが――あっさりと、気負った様子もなく、ただ、淡々とその説明をするセシルに、二人共、何と言って良いのか解らない……というような表情をみせている。
「マスターを狙うんですか? それは、許せませんね」
一緒に付き添ってきた子供が、あまりに淡々と、おまけに、冷たく、それを呟いた。
それで、クリストフがセシルの影にいた――子供に気付き、パっと、その瞳が、一瞬だけ上がっていた。
本当に、一瞬だけ、サッと、その視線がギルバートに返されたのだ。
だが、ギルバートは、視線だけでクリストフを押さえ、説明をしない。
「ああ、κ。来ていたんだね。無事のようだ」
「はい。問題ありません」
それで、セシルの護衛であるイシュトールやユーリカは驚いた様子もなく、気軽に子供に声をかける。
「生け捕りにされるのは気に食わないですが、少々、現状把握が必要ですね」
ふむ、などと、この緊張した状況でも、セシルの淡々とした態度は全く変わらない。
自分の命が狙われているかもしれない状況に、恐怖を見出さないのだろうか……?
ああ……、さっきから、この令嬢のせいで、謎だらけで、自問ばかりをしているのは、ギルバートの気のせいではないはずだ。
自答なんか、できていない……。
一体、何なんだ、この状況。このご令嬢……。
道理で、あの王太子殿下が、執拗に、このセシルを警戒するはずである。
一緒に行動すればするほど、謎過ぎて、顔をしかめずにはいられないからだ。
全く、常識が通用しないご令嬢。信じられない話だが……。
ふいっと、セシルがギルバートの方に顔を向けた。
今度は――何がやってくるのだろうかと、無意識で、ギルバートの方も警戒してしまう。
「何人、残っているんです?」
その質問に、ギルバートも、ただセシルを見返すだけだ。
ここで白を通すべきなのだろうが――王太子殿下が結んだ契約がある。
ギルバート自身が、その契約違反を奨励するわけにはいかない。
そして――何よりも、この令嬢を前にして、隠し事ができるなど、今のギルバートなら、絶対に思わない。
隙も無く、どんな状況でもあまりに冷静で、その冷静さが、ギルバート達の警戒を呼ぶほどで、夜会の時の行動を見ても、この令嬢がかなりの切れ者であることは、もう、ギルバートだって気づいていたのだ。
舐めてかかったら、必ず、倍返しで、痛い目に遭うのは目に見えている。
今、この場で、この令嬢の助力を逃してしまうわけにはいかないのだ。
本人が、囮として動き回ることを同意しているこの現状なら、尚更に。
貴族の令嬢を使って囮にさせるなど、騎士団も地に落ちたものだ、と非難されても、今のギルバート達には、目下、引き釣り出してでも、潰さなければならない敵がいる。
感傷は、捨てた。
「十人程」
「そうですか」
セシルは、約束に反したギルバートに、怒っている様子はなかった。
そして、驚いている様子もなかった。
お互いに狙われた場所で、事後処理を任された騎士達の数を考慮すれば、今、ギルバート達の周囲で護衛している騎士達の数は、かなり少ないことになる。
セシルは、ギルバート達が警戒して、十人以上の護衛を散らせているであろう状況を予測していたのだろう。把握していた、の方かもしれないが。
「敵は、どうやら、数をつぎ込んでくるようですから、こちらも、少々、数を投入すべきかもしれませんね。王宮に、援軍を呼びに行く時間は、どのくらいですか?」
そして、ギルバート達が王宮で援軍を控えさせていることも、計算に入れていたなど、本当に、抜け目のない令嬢だ。
「王宮に戻るだけの時間です」
「それでは、遅過ぎますね」
「わかりました。王都側に、呼び寄せておきましょう」
「それが無難でしょう」
どこまでも淡々として、あっさりとした会話だ。
クリストフだって口を挟まないが、全身でセシルを警戒しているであろう雰囲気が、ギルバートにも伝わってくるほどだ。
ギルバートに連れられ、大きな屋台や市場が並ぶ場所を通り過ぎたセシル達は、市場の荷物置き場のような場所を通り抜け、少し開けた場所にやって来ていた。
ギルバートの話した通り、その場は草わらで、市場で使用されたような木箱などが、そこらに積み上げられているが、それだけの場所だ。
ギルバートが自分の部下達に何を指示したのかは知らないが、この場所で、先程、二手に分かれた残りのメンバーを待つのだ。
あまり怪我もなく、無事でいるといいのですが。
二人にも、ひどい戦闘になるようなら、すぐに戦闘を放棄して逃げ去りなさい、という指示は出してある。
王都の街中だったし、そこまで目立つ戦闘になれば、すぐに周辺にいる警備の者達が、駆けつけてきただろう。
「いえ。地面の土です」
「土、ですか?」
「ええ、そうです。ただ、傷口が開いていましたから、何かを塗り込まれたり、押さえつけられたりしたら、更なる激痛が襲ってくるものですから」
「そう、ですか」
「ただ、あれだと、傷口に泥が入り、後で炎症を起こしてしまうかもしれませんね。しっかりと傷口を洗って、消毒しなければならないのですが」
「――え゛っ……?!」
咄嗟に、ギルバートの口から、その一言が飛び出てしまっていた。
今更、この場で、あの下衆共の心配をしてくるものなのか?
それも、あれだけ容赦なく、手加減なく、同情もなく(ほぼ無情に)尋問をしておいて?
「傷口に泥などが入ると、炎症を起こしてしまう可能性が増えてしまうのです。炎症を甘く見ていたら、熱が出るだけではなく、ひどくなってしまえば、傷口のある部位を切断することを、余儀なくされる場合もあるのですよ」
特に、この世界では、民間での怪我の手当てなど、雑なものばかりだ。
医師がいない場所もたくさんあり、医師がいても、べらぼうに高額な治療費が払えないので、結局、自分達で知っている適当な知識で、消毒を済ます民が、ものすごいたくさんいる。
「舐めておけば治る」 は、前世(または現世)でもよく聞いたセリフだ。
それは、擦り傷程度なら当てはまる簡単な消毒方法かもしれないが、切り傷などには、全く当てはまらない。
傷口を消毒したり、きれいに洗い流す、などという習慣や概念もなければ、知識もない民ばかりがいると、領地を治めるようになってから、セシルだって初めて知ったことだ。
あの時に、もう完全に基礎知識からして抜けている領民を前に、ガックリと、うなだれてしまいそうだったほどだ。
「いえ……、それは、そうでしょうが……」
大真面目に、怪我の手当ての方法などを語るセシルを前に、ギルバートの表情も、少々、強張ってしまった。
そこまで心配するなら、なぜ、先程は加減もなく、あの下衆を懲らしめたのだろうか……。
なんだか、この令嬢の会話についていけない……と、感じ始めてしまっているのは、ギルバートの気のせいなのだろうか……。
「マスター、ご無事でしたか」
積み重なった箱の間から、セシルの護衛二人が、無事で駆け寄って来た。
「私は問題ありません。あなた達も、怪我はないようですね」
「我々は大丈夫です」
ギルバートの付き添いであるクリストフも、ギルバートの前にやって来た。
「それで?」
「私達の方には、四人です」
「そうか」
「そちらは?」
「六人だ」
「では、こちらには女がいるから、生け捕りにするつもりだったのでしょうね。夜会で、襲撃を滅茶苦茶にした女をまずは捕獲し、何を知っているのか、吐かせるつもりだったのでしょう」
その結論は――ギルバートやクリストフの頭にも、浮かんだことだ。
あまりに、敵の動きが早過ぎる。 そして、数で言えば、セシルとギルバートは二人きりで、セシルが女性と知っているのなら、セシルを頭数には入れないはずだから。
ほぼ六対一の不利な状況なら、セシルを人質に取れば、ギルバートは動きが取れなくなってしまう。
その結論には行き着いたが――あっさりと、気負った様子もなく、ただ、淡々とその説明をするセシルに、二人共、何と言って良いのか解らない……というような表情をみせている。
「マスターを狙うんですか? それは、許せませんね」
一緒に付き添ってきた子供が、あまりに淡々と、おまけに、冷たく、それを呟いた。
それで、クリストフがセシルの影にいた――子供に気付き、パっと、その瞳が、一瞬だけ上がっていた。
本当に、一瞬だけ、サッと、その視線がギルバートに返されたのだ。
だが、ギルバートは、視線だけでクリストフを押さえ、説明をしない。
「ああ、κ。来ていたんだね。無事のようだ」
「はい。問題ありません」
それで、セシルの護衛であるイシュトールやユーリカは驚いた様子もなく、気軽に子供に声をかける。
「生け捕りにされるのは気に食わないですが、少々、現状把握が必要ですね」
ふむ、などと、この緊張した状況でも、セシルの淡々とした態度は全く変わらない。
自分の命が狙われているかもしれない状況に、恐怖を見出さないのだろうか……?
ああ……、さっきから、この令嬢のせいで、謎だらけで、自問ばかりをしているのは、ギルバートの気のせいではないはずだ。
自答なんか、できていない……。
一体、何なんだ、この状況。このご令嬢……。
道理で、あの王太子殿下が、執拗に、このセシルを警戒するはずである。
一緒に行動すればするほど、謎過ぎて、顔をしかめずにはいられないからだ。
全く、常識が通用しないご令嬢。信じられない話だが……。
ふいっと、セシルがギルバートの方に顔を向けた。
今度は――何がやってくるのだろうかと、無意識で、ギルバートの方も警戒してしまう。
「何人、残っているんです?」
その質問に、ギルバートも、ただセシルを見返すだけだ。
ここで白を通すべきなのだろうが――王太子殿下が結んだ契約がある。
ギルバート自身が、その契約違反を奨励するわけにはいかない。
そして――何よりも、この令嬢を前にして、隠し事ができるなど、今のギルバートなら、絶対に思わない。
隙も無く、どんな状況でもあまりに冷静で、その冷静さが、ギルバート達の警戒を呼ぶほどで、夜会の時の行動を見ても、この令嬢がかなりの切れ者であることは、もう、ギルバートだって気づいていたのだ。
舐めてかかったら、必ず、倍返しで、痛い目に遭うのは目に見えている。
今、この場で、この令嬢の助力を逃してしまうわけにはいかないのだ。
本人が、囮として動き回ることを同意しているこの現状なら、尚更に。
貴族の令嬢を使って囮にさせるなど、騎士団も地に落ちたものだ、と非難されても、今のギルバート達には、目下、引き釣り出してでも、潰さなければならない敵がいる。
感傷は、捨てた。
「十人程」
「そうですか」
セシルは、約束に反したギルバートに、怒っている様子はなかった。
そして、驚いている様子もなかった。
お互いに狙われた場所で、事後処理を任された騎士達の数を考慮すれば、今、ギルバート達の周囲で護衛している騎士達の数は、かなり少ないことになる。
セシルは、ギルバート達が警戒して、十人以上の護衛を散らせているであろう状況を予測していたのだろう。把握していた、の方かもしれないが。
「敵は、どうやら、数をつぎ込んでくるようですから、こちらも、少々、数を投入すべきかもしれませんね。王宮に、援軍を呼びに行く時間は、どのくらいですか?」
そして、ギルバート達が王宮で援軍を控えさせていることも、計算に入れていたなど、本当に、抜け目のない令嬢だ。
「王宮に戻るだけの時間です」
「それでは、遅過ぎますね」
「わかりました。王都側に、呼び寄せておきましょう」
「それが無難でしょう」
どこまでも淡々として、あっさりとした会話だ。
クリストフだって口を挟まないが、全身でセシルを警戒しているであろう雰囲気が、ギルバートにも伝わってくるほどだ。