奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「さて、一体、何が起きているのかしら?」
「さあ」
子供の方も、あまりに端的に、あまりに短く返答しただけだ。
「ですが、θがある屋敷に潜り込みました」
「それは、たった一人きりで、ですか?」
「そうです」
「危険なことはしないようにね、と言いつけてあったのですがね……」
一人きりで、敵の巣窟かもしれない場所に乗り込むなど、危ないことをするフィロだ。
「今は?」
「今は、α達と一緒にいます」
「一人ではないのですね」
「違います。一度、戻ってきましたから」
「そうですか」
どうやら、夜会から逃げ出した後、やはり、フィロは伏兵の可能性を考え、見張っていたのだろう。
たった一人きりで、危ない真似をするのだから……。
フィロは頭が切れ、慎重で、冷静で、冷酷で、計算高い。無駄なことはしないし、無駄を嫌うし、超現実的で、いつも、一番効率的で、素早い解決方法を探すタイプだ。
だから、無謀に行動したりしないし、無茶をするタイプではない。
むしろ、勝算があるから、たった一人きりで、行動を起こしたのだろう。
そうは解ってはいても、すぐに危ないことをしそうな気配に、セシルも懸念が止まないものだ……。
「次はいつですか?」
「明日の晩ですが、γが、今日の夜には戻ってきます」
「連絡係をしてくれているんですか?」
「そうです。私達を野放しにするのが危険だ、と」
腹の立つ言い様だ。
セシルが笑いを堪えたように、ちょっと口をすぼめていた。
「それは好都合です。今回は、二週間という期間がありますが、いい加減、さっさと片付けてしまいましょう」
そんな――あっさりと言い切れる根拠は、一体、何なのか、計り知れない令嬢である。
「わかりました」
「手加減無用、です」
「本当ですかっ?」
そこで――この子供の声音が、嬉々としているように聞こえてしまうのは、なぜなのだろうか?
「そうですね。なにしろ、今回は、随分、私の邪魔をしてくれていますからね。おまけに、無駄に、三日も監禁されてしまいましたし」
それで、ギルバート達を婉曲に責めている口調だろうか……。
「徹底的に、叩き潰しましょう」
「そうですか」
そして、やはり、先程、この子供が嬉々としている、とギルバートが感じたのは、気のせいではなかったようだ。
この子供……。
セシルの言葉を聞いて、完全に喜んでいる。
このセシルと言い、この子供と言い、信じられない者達ばかりだ!
* * *
子供に案内されてやってきた場所は、王都の繁華街からかなり離れた場所で、治安も良いとは言えない、少々、荒んだ場所でもあった。
薄汚い通りを進んで行くセシル達を、壁に寄りかかっている浮浪者や、男達が、ジロジロと、あからさまに汚い視線を向けて、値踏みしている。
ギルバートとクリストフは私服を着ていても、醸し出す雰囲気からして、身なりからして貴族だと一目瞭然で、それではあまりに目立ってしまうということで、セシルの護衛から借りた黒いマントで身を隠している。
細い横道に入り、日も当たらないような影が伸びた場所の一つに、子供が重いドアを押して、中に入っていった。
セシル達も続いていく。
ドアの向こうでは、薄暗い室内で、テーブルや椅子が並び、混雑していない程度に、客がいるようだった。
どうやら、飲み屋のような場所にやって来たようである。
セシル達が入って来ると、一斉に、全員の警戒したような視線が投げられる。
誰一人、動く者はいなかったが、それでも、下手な動きをすれば、すぐに飛びかかって来そうな押し殺した殺気は、ギルバート達だって気づいている。
マントの下で、ギルバートの手が、軽く柄に伸びていた。
セシルがサッと辺りを見渡し、スタスタと、中に進んで行く。
カウンターの前にやってきて、
「ここのマスターは?」
「俺だが?」
カウンターの後ろにいた男は、背はそれほど高くなくても、偉丈夫だ。かなり短く刈り上げた金髪には白髪が混じり、胡散臭そうにセシルを見返す目は、全く好意的ではない。
「これから、少々、うるさくなるかもしれませんが、お店に迷惑をかけた分は、後で支払いますので」
いきなりやって来て、淡々とそれを告げるセシルに、店のマスターの顔が嫌そうにしかめられる。
「マスター」
カウンターの後ろから、一人が駆け寄って来た。
「ご無事のようで」
「ええ、そうですね。問題はありませんか?」
「ありません――」
それを答えた一人――もう一人の子供を遮るように、バタンッと、忙しなく、ドアが閉められる音がした。
裏口からやって来たのか、誰かが忙しなく店の中に走り込んでくる。
「十人程でした」
「そうですか」
また――新手の子供がやって来て、ギルバートとクリストフが口に出さずに、微かな驚きを見せる。
三人の子供!?
セシルが、クルリ、と後ろを振り返り、
「皆さん、これから少々うるさくなりますので、せっかくの食事を邪魔するのは気が引けてしまいます。ですから、壁側に寄っていてくださいね」
素性も知れない女が勝手にやって来て、ガラの悪そうな男達に、いきなり指示を出す。
そこに集まっている客のような男達が、全員、敵意交じりの警戒を向け、無言だ。
「警告はしましたので、巻き込まれるかどうかは、皆さんのご自由に」
そして、セシルはそれだけである。
「手加減無用だって」
「えっ? マジっ?」
「やったぜ!」
そして、子供達だけで――なぜか大喜びの気配。
それを聞いた残りの客達は、なぜかは知らないが、無言で、テーブルをズルズルと引っ張りながら、壁の方に――避難し出したのだ!
「それなら、マスターはこっちです」
最後にやってきた子供に急かされて、セシルはカウンターから引っ張られ、壁側にある二階に続くような階段を登らされた。
二人の子供は階下に残っているようで、一緒に階段を登ってこない。
一直線の階段を登ると、そこはすぐに廊下で、何個か扉が並んでいることから、上は宿屋になっているらしい。
セシル達が廊下に到着すると同時に、店の重たい扉が押し開けられた。
ゴソッと、何人かの風体の悪い男達が店に入って来て、すぐに、階段の上にいるセシル達を見つけていた。
へっと、小馬鹿にして笑ったのか、すぐに男達が店内を横切り、階段を駆け上がって来た。
「甘いぜ」
あまりに小馬鹿にしたような態度で、子供が鼻で笑い飛ばしていた。
階段を駆け上がって来た男達は、六人。
咄嗟に身構えだしたギルバート達の前で、セシルは全く身構える気配もなければ、逃げる様子もない。
そして、階下に残っていた子供が、店の扉を、バタンと、またきちんと閉めていた。
セシルと一緒に階段に上がって来ていた子供が、廊下に立てかけてあった棒――長目の梁を取り上げた。
走り込んでくる男達に向かって、子供が、一気に先の尖った梁を突き出す。
「串刺しの刑!」
「――うごぉ……っ!!」
「――うわぁっ……!!」
階段を一気に走り込んで来た男達だけに、一番前の男が梁で突き刺されたことで、その勢いのまま、全員が、団子状態で階段を転げ落ちて行った。
ドタンッ――!!
ガタガタ、ゴトンッ――!
「……っうがぁ……!」
「……っぉぐ、わぁ……!!」
ひょいと、子供が身軽に階段の手すりに飛び乗って、勢いも止めず、そのまま手すりを滑り降りていった。
「ついでに、首吊りの刑!」
マントの下で縄を取り出した子供が、階段の真下で、玉になって転がっている男達の首に、ひょい、ひょい、ひょいと、首縄を巻いていったのだ。
最初から輪っかができていたようで、その輪っかに、男達の首を通していく。
「さあ」
子供の方も、あまりに端的に、あまりに短く返答しただけだ。
「ですが、θがある屋敷に潜り込みました」
「それは、たった一人きりで、ですか?」
「そうです」
「危険なことはしないようにね、と言いつけてあったのですがね……」
一人きりで、敵の巣窟かもしれない場所に乗り込むなど、危ないことをするフィロだ。
「今は?」
「今は、α達と一緒にいます」
「一人ではないのですね」
「違います。一度、戻ってきましたから」
「そうですか」
どうやら、夜会から逃げ出した後、やはり、フィロは伏兵の可能性を考え、見張っていたのだろう。
たった一人きりで、危ない真似をするのだから……。
フィロは頭が切れ、慎重で、冷静で、冷酷で、計算高い。無駄なことはしないし、無駄を嫌うし、超現実的で、いつも、一番効率的で、素早い解決方法を探すタイプだ。
だから、無謀に行動したりしないし、無茶をするタイプではない。
むしろ、勝算があるから、たった一人きりで、行動を起こしたのだろう。
そうは解ってはいても、すぐに危ないことをしそうな気配に、セシルも懸念が止まないものだ……。
「次はいつですか?」
「明日の晩ですが、γが、今日の夜には戻ってきます」
「連絡係をしてくれているんですか?」
「そうです。私達を野放しにするのが危険だ、と」
腹の立つ言い様だ。
セシルが笑いを堪えたように、ちょっと口をすぼめていた。
「それは好都合です。今回は、二週間という期間がありますが、いい加減、さっさと片付けてしまいましょう」
そんな――あっさりと言い切れる根拠は、一体、何なのか、計り知れない令嬢である。
「わかりました」
「手加減無用、です」
「本当ですかっ?」
そこで――この子供の声音が、嬉々としているように聞こえてしまうのは、なぜなのだろうか?
「そうですね。なにしろ、今回は、随分、私の邪魔をしてくれていますからね。おまけに、無駄に、三日も監禁されてしまいましたし」
それで、ギルバート達を婉曲に責めている口調だろうか……。
「徹底的に、叩き潰しましょう」
「そうですか」
そして、やはり、先程、この子供が嬉々としている、とギルバートが感じたのは、気のせいではなかったようだ。
この子供……。
セシルの言葉を聞いて、完全に喜んでいる。
このセシルと言い、この子供と言い、信じられない者達ばかりだ!
* * *
子供に案内されてやってきた場所は、王都の繁華街からかなり離れた場所で、治安も良いとは言えない、少々、荒んだ場所でもあった。
薄汚い通りを進んで行くセシル達を、壁に寄りかかっている浮浪者や、男達が、ジロジロと、あからさまに汚い視線を向けて、値踏みしている。
ギルバートとクリストフは私服を着ていても、醸し出す雰囲気からして、身なりからして貴族だと一目瞭然で、それではあまりに目立ってしまうということで、セシルの護衛から借りた黒いマントで身を隠している。
細い横道に入り、日も当たらないような影が伸びた場所の一つに、子供が重いドアを押して、中に入っていった。
セシル達も続いていく。
ドアの向こうでは、薄暗い室内で、テーブルや椅子が並び、混雑していない程度に、客がいるようだった。
どうやら、飲み屋のような場所にやって来たようである。
セシル達が入って来ると、一斉に、全員の警戒したような視線が投げられる。
誰一人、動く者はいなかったが、それでも、下手な動きをすれば、すぐに飛びかかって来そうな押し殺した殺気は、ギルバート達だって気づいている。
マントの下で、ギルバートの手が、軽く柄に伸びていた。
セシルがサッと辺りを見渡し、スタスタと、中に進んで行く。
カウンターの前にやってきて、
「ここのマスターは?」
「俺だが?」
カウンターの後ろにいた男は、背はそれほど高くなくても、偉丈夫だ。かなり短く刈り上げた金髪には白髪が混じり、胡散臭そうにセシルを見返す目は、全く好意的ではない。
「これから、少々、うるさくなるかもしれませんが、お店に迷惑をかけた分は、後で支払いますので」
いきなりやって来て、淡々とそれを告げるセシルに、店のマスターの顔が嫌そうにしかめられる。
「マスター」
カウンターの後ろから、一人が駆け寄って来た。
「ご無事のようで」
「ええ、そうですね。問題はありませんか?」
「ありません――」
それを答えた一人――もう一人の子供を遮るように、バタンッと、忙しなく、ドアが閉められる音がした。
裏口からやって来たのか、誰かが忙しなく店の中に走り込んでくる。
「十人程でした」
「そうですか」
また――新手の子供がやって来て、ギルバートとクリストフが口に出さずに、微かな驚きを見せる。
三人の子供!?
セシルが、クルリ、と後ろを振り返り、
「皆さん、これから少々うるさくなりますので、せっかくの食事を邪魔するのは気が引けてしまいます。ですから、壁側に寄っていてくださいね」
素性も知れない女が勝手にやって来て、ガラの悪そうな男達に、いきなり指示を出す。
そこに集まっている客のような男達が、全員、敵意交じりの警戒を向け、無言だ。
「警告はしましたので、巻き込まれるかどうかは、皆さんのご自由に」
そして、セシルはそれだけである。
「手加減無用だって」
「えっ? マジっ?」
「やったぜ!」
そして、子供達だけで――なぜか大喜びの気配。
それを聞いた残りの客達は、なぜかは知らないが、無言で、テーブルをズルズルと引っ張りながら、壁の方に――避難し出したのだ!
「それなら、マスターはこっちです」
最後にやってきた子供に急かされて、セシルはカウンターから引っ張られ、壁側にある二階に続くような階段を登らされた。
二人の子供は階下に残っているようで、一緒に階段を登ってこない。
一直線の階段を登ると、そこはすぐに廊下で、何個か扉が並んでいることから、上は宿屋になっているらしい。
セシル達が廊下に到着すると同時に、店の重たい扉が押し開けられた。
ゴソッと、何人かの風体の悪い男達が店に入って来て、すぐに、階段の上にいるセシル達を見つけていた。
へっと、小馬鹿にして笑ったのか、すぐに男達が店内を横切り、階段を駆け上がって来た。
「甘いぜ」
あまりに小馬鹿にしたような態度で、子供が鼻で笑い飛ばしていた。
階段を駆け上がって来た男達は、六人。
咄嗟に身構えだしたギルバート達の前で、セシルは全く身構える気配もなければ、逃げる様子もない。
そして、階下に残っていた子供が、店の扉を、バタンと、またきちんと閉めていた。
セシルと一緒に階段に上がって来ていた子供が、廊下に立てかけてあった棒――長目の梁を取り上げた。
走り込んでくる男達に向かって、子供が、一気に先の尖った梁を突き出す。
「串刺しの刑!」
「――うごぉ……っ!!」
「――うわぁっ……!!」
階段を一気に走り込んで来た男達だけに、一番前の男が梁で突き刺されたことで、その勢いのまま、全員が、団子状態で階段を転げ落ちて行った。
ドタンッ――!!
ガタガタ、ゴトンッ――!
「……っうがぁ……!」
「……っぉぐ、わぁ……!!」
ひょいと、子供が身軽に階段の手すりに飛び乗って、勢いも止めず、そのまま手すりを滑り降りていった。
「ついでに、首吊りの刑!」
マントの下で縄を取り出した子供が、階段の真下で、玉になって転がっている男達の首に、ひょい、ひょい、ひょいと、首縄を巻いていったのだ。
最初から輪っかができていたようで、その輪っかに、男達の首を通していく。