奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「さて、この中からボスを見つけるのは、どうしたらいいかしら?」

 大抵、威張り散らしているボス役は、きまって、最後の登場だ。
 特に、現状把握もできていない敵地に忍び込むのなら、必ず、下っ端を送り込んで来るのが定石だ。

 だから、必ず、ボス格が、この四人の中にいるはずなのだが。

「あっ、それなら、俺が得意」
「俺も」

 壁側で、呑気に座って自分の食事をしていた男達が、数人手を上げた。

 セシルがただ男達を振り返り、ジッと、眺めている。

「ここは、傭兵の溜まり場です」

 一番小さな子供が、セシルの隣に寄って来て、それを告げた。

「あら、そうだったんですか」
β(ベータ)も、何人かから、情報を貰っていました」
「なるほど」

「大抵は、ギルド商会できちんと登録されている奴らだろう、って言っていました」
「そうですか」

 その情報を整理し、ふむ、とセシルも考えてみる。

 どうやら、子供達の大暴れに満足して、その子供達のマスターであろうセシルが現れたから、仕事がてら、いい金蔓(かねづる)になるかもしれない、と傭兵達が判断したのだろう。

「この仕事に関われば、少々、厄介事に巻き込まれるでしょう。仕事の邪魔だけならともかく、邪魔な存在として、消される状況も出てくるかもしれません」

 傭兵達は何も言わずセシルの話を聞いて、セシルを観察しているだけだ。

「それから、ギルド商会で登録されている傭兵とは言え、この場で、無闇矢鱈(むやみやたら)に情報を流しては、ダブルクロス(裏切り) され、敵側に情報を売られる可能性もありますので」

 セシルは、傭兵達の身の危険を警告していると同時に、信用しない奴に手を借りる気はない、とも(ほの)めかしている。

 呑気に椅子に座り、腕を組みながらセシルを眺めている一人の傭兵が、少し首を倒してみせた。

「なるほど。だったら、俺の傭兵証明書を見せてやる。それで足は掴まれた。俺が裏切ったら、ギルド商会に苦情を出して、登録抹消の要請を出せばいい」

「その前に、私達が抹殺されていることでしょう」
「ああ、なるほど。敵の動きの方が早い、ってな」

 ふうんと、その傭兵は一人で納得している。だが、飄々(ひょうひょう)とした態度は変わらない。

「まあ、それは、あんたの身持ちを固めるしかないだろうけど、ここにいる奴らの裏切りは、俺が責任持てるぜ。ここにいる奴らの顔は、全員、知ってるんでね。情報漏れで、裏切りが発覚したなら、ギルドから追跡可能だ」

「そこまでして関わって来る理由が、判りませんが」

 傭兵が、にやり、と口端だけを上げてみせる。

「お嬢さんよ、ギルドを立ち上げるのに、どれだけの苦労をしたと思ってんだ? ヤサグレのような郎党集団を、誰が信用する? 傭兵だろうと、ギルドは商会だ。客の信用を失えば、その日ですぐに仕事を失っちまう。今んとこ、ギルドだから信用できると、仕事が回って来るのに、裏切り発覚でギルドの信用ガタ落ちになったら、俺達の食い扶持(ぶち)が速攻で潰れるからな」

 だから、正規のギルド傭兵として登録された傭兵達には、自分達の仕事に、きちんと責任を持っている者ばかりなのだ。

 ギルドの戒律を犯した傭兵は、速攻でギルド登録を抹消され、二度と、ギルドに顔を出すことはできない。
 各国のギルド商会に指名手配所が回され、定期的な監査だって送られてくる。

 だから、ギルド商会内では、国に縛られない戒律の方が多い。

 口を出さない他の傭兵達の間からでも、その傭兵が口にしたことが間違いではないと、強い意思と気配を感じる。

「ロクデナシに目をつけられたら?」

 その質問が可笑(おか)しかったのか、傭兵が、ははは、と大笑いしてしまった。

「この仕事でロクデナシに会わない日があるかよ」

 それで、残りの全員も、同じ意見だったのだろう。なぜか、全員が笑っている。

 まだ大笑いしているような傭兵が、目をこすり、涙を拭く真似までして、
「だから、しっかり支払うなら、あんたの仕事をしてやってもいいぜ」
「なぜです?」

「そのガキ共、只者じゃないだろ? そんなガキ共を雇ってる()()()()が出て来たんだ。あんたも、相当、只者じゃない。クソガキ共が信用するくらいの金持ちなんて、中々、いないぜ」

「おい、オッサン。誰がクソガキだって?」
「そうだ、そうだ」
「オッサンのくせに」

 ブーブーと文句をたれる子供達は無視して、傭兵が続ける。

「それに、あんたが雇ってる男は、羽振りがいい。正確な情報なら、必ず、その手当てを弾んでくれる。なら、それを許している()()()()がいるはずだ。太っ腹の、な? 違うか?」
「いいでしょう。ですが、ここにいる全員分は、払いませんよ」

 そこら辺は、セシルだってしっかりと念を押す。

「じゃあ、俺な」
「俺も」
「俺だってできるのに」

「では、最初の二名まで。仕事内容は、この中からボス格を探し出すこと。この場で捕縛した、男達全員の名前を聞きだすこと。雇い主の情報、連絡方法、指令内容、次の密会の詳細、落ち合う場所・方法、連絡係の風体、その詳細、何人付き添って、どんな移動方法で、馬車で、そう言った情報も、です」

「いいだろう」
「報酬は、ギルド商会で推薦されている、傭兵の一日の固定賃金額、10アルジェンティで」

「いいだろう。それ以上の情報を得た場合?」
「その情報の価値により、固定賃金額に加え、その半額、または同額の追加分を支払いましょう」

 この世界で、10アルジェンティは、要は、10銀貨だ。平民の一日平均収入が、1アルジェンティであるから、情報だけでも、かなりの高額の部類と言える。

「いいだろう」
「契約書は?」

「いらねーぜ。ここの全員が証人になる」
「わかりました。では、残りの皆さんは、何が出て来ても、何を聞いても、耳を塞いで、聞かなかったことにしていてくださいね」

 そして、あっさりと、端的に、そこをきっちり締めるセシルだ。

 傭兵の口端が、皮肉気に曲がっていた。

「俺はケティル」
「俺はインゴ。あんたは?」
「マスター、と呼んでください」

 ケティルとインゴの口端が、更に、皮肉気に曲がる。

「あんたも相当な女だな」

 身元も明かさず、こんなゴロツキもどきの傭兵達を相手に、淡々と商談を済ますセシルは、並の女ではないはずだ。
 隙も見せなくて、危ない女だ。

「では、その二人が仕事に取り掛かっている間、私達は、少し食事を済ませましょう。お腹が空いてきました」

 なにしろ、セシル達が王宮に閉じ込められている間は、硬いパンを、バリバリと食べていただけである。
 味もなく、硬いだけの歯応えで、もう、飽き飽きしていたのだ。

「昨夜は、トースティを食べれましたけれど、さすがに、ねえ……」

 確かに、昨夜だけは、トースティ(Toasty、トーストサンドイッチのこと) を食べることができて、あれだけは……悲惨な食事から逃れ、セシル達には救いだった。

「トースティ? 俺も食べたいです。食材買ってきますから」
「俺もです」

「あなた達は、普通の食事をしていないのですか?」
「しましたけど。トースティも食べたいですっ」
「「俺もです」」

「いいでしょう。では、なにか食材を買ってきてください。ですが、見張られている可能性がありますから、警戒は怠らずに」

 はいっ、と子供達がお行儀よくしっかりと返事をする。
 セシルは、ショルダーバッグとして背中にかけているバッグからお金を取り出し、子供達に手渡した。

「では、気を付けて行ってきなさい」

 はいっ、と元気よく子供達は店から飛び出していった。

 その後ろ姿を見送って、ギルバートは、ちらりと、伸びている男達を、傭兵達がまた縛り上げていく様子に目を向ける。

 こんな緊急を要する、切羽詰まった場で、これから仲良くお食事会で、かたや、傭兵による尋問会、である。

 緊張感もなにもなく、おまけに、あまり知られたくない裏の事情まで――知られてしまいそうな気配に、ただただ、ギルバートの頭痛を生むものだった。



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