奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *


 なぜかは知らないが、先程からずっと、それも、一時間近く、セシルは、店内にいる十人程の傭兵達、プラス、自分の付き人達、プラス、ギルバート&クリストフの為に、トースティを作っている状態だ。

 最初は、セシル達のご飯にしようと思っていたのに、セシルが台所を借りて、大きなフライパンでトースティ―を作り出すと、店のマスターとコックらしき男性が興味を示し、セシルに作り方を乞いてきた。

 ええ、これ、王宮の厨房でもしましたよ。

 シェフが目を輝かせて調理法を聞いてきたので、厨房の片隅を借りてしまった手前、仕方なく、セシルもトースティ―の作り方を教えてあげたのです。

 子供達も張り切っているだけに、大きなパンを買い集めるだけではなく、籠一杯の卵も買い込んできたようで、今回は、チーズだけのトースティではなく、卵も入れた、ちょっとだけ贅沢志向のトースティと、半々だ。

 (とろ)けたチーズの匂いが店内にも行き渡り、鼻を刺激し、食欲を刺激する。

 それで、興味を惹かれた傭兵達が、金を出すから同じの作ってくれ、と頼んできて、なぜかは知らないが、セシルは全員分の食事を作る羽目になってしまったのだ。

 トースティは、この世界にはない。すごく簡単に作れて、とろけたチーズとバターが絡んで、香ばしい匂いが食欲をそそり、ホッと体が温まる料理だが、この世界では知られていない。

 すでに、何十個目か分からないトースティを焼き上げて、やっと、セシルの食事にありついていた。

 ギルバートとクリストフは、最初、遠慮していたが、全員分を出してヤケクソのセシルに勧められて――結局、ちゃんと全部平らげている。

 実は――二人にとって、初めて食べる“トースティ”なるものは、バターは入っていないが、とろけたチーズに半熟の卵が絡まって、随分おいしいものだったのだ。

 貴族のご令嬢が料理をするのか……?!

 などという疑問は、この際、置いておいて、二人も(密かに) トースティを満喫してしまっていたのだった。

「また、ハコン、ですか?」
「同一人物ですね」
「そのようですね。どうやら、そのハコンという男が、雇い主の連絡係をしているようですから」

 遅くなった昼食を食べ終えた全員は、店の片隅にテーブルと椅子を寄せて、陣取っている。

 新たに入手した情報を元に、作戦会議だ。

 捕縛した郎党達は、裏口からあまり目立たないように、指示された騎士団に連行され、店から消え去っている。

「当初の計画で言えば、今頃、私を捕縛して、いい気になっていたことでしょう」

 だが、セシルの先制攻撃で、計画が滅茶苦茶に台無しにされてしまっただけではなく、連れて来た郎党が全滅させられて、逆に捕縛されてしまった。

「今夜の集合場所で、私を手渡す手筈だったのですから、その機会を、そのまま利用させてもらいましょう」
「囮、ですか? それは危険です」

「いえ、もう、囮になる必要はなくなりました。別に、私が顔を出さなくても、私を提供するように見せかければ、いいだけですので」

 それで、セシルの眼差しが、後ろの椅子に座っている二人に向けられた。

「いいぜ。別料金なら」
「いいでしょう」
「怪しまれないでしょうか?」

 この傭兵二人を使い、集合場所で、セシルを手渡す振りをするのはいい案だ。だが、雇った郎党の顔が違い、怪しまれる可能性もある。

「顔が変わろうが、下っ端の下っ端まで覚えているような奴は、いないだろ。言い訳はなんとでもなる」

 ケティルの付け足しに、セシルも簡単に同意する。

「そうですね。その点は、あまり心配していません。それから、もうすぐ、もう一人がここに戻ってきます。その一人が混ざったら、行動開始しましょう。移動には、馬が必要になるのですが?」

「わかりました。用意させましょう」

「もしかしたら、私の身柄と交換に、口封じに投じてくるかもしれませんね。こちらも予防策として、かなりの数を投入すべきでしょう。ですが、全員での移動は、目立ち過ぎます」

「わかりました。全員、私服に着替えさせ、今から集合場所に数を散らして、飛ばしましょう。それと並行して、先行隊を派遣し、周辺の確認も済ませておくように、指示を出しておきます」

「お願いします」

 それで、セシルが、自分の護衛と子供達を見やる。

「抵抗する者は、手加減無用で気絶させなさい。逃げ出す者も、同じです。誰一人、取り逃がさないように」
「わかりました」

「待てよ」

 ケティルが、そこで割って入って来た。

「このボウズは使える」

 それで、一番小さな子供が覆面の下でも、かなりの膨れっ面をする。

「俺が小さいから?」
「そうだ」

 簡単に同意され、益々、嫌そうに子供が顔をしかめていく。

「ですが、逆に言えば、一番危険な任務で、そして、たぶん、集合場所での親玉を捕獲する、一番のチャンスとも言えますね。どうしますか、κ(カッパ)?」

 セシルの指摘に、子供の方も少し考えてみる。

「わかりました」
「ですが、無茶をしてはいけませんよ」
「わかっています」

「では、κ(カッパ)にお願いしましょう。その補佐は、η(イータ)ι(イオタ)に」
「わかりました」

 そこで、今夜の作戦は決まったようである。

「では、準備をお願いします」
「わかりました」

 ギルバートがただクリストフに視線を送ると、クリストフが無言で頷き、サッとその場から立ち去っていた。

 クリストフがいなくなり、ケティルが、ただ、ジーっと、セシルを凝視している。

「あんた、何モンだ?」
「それは、ここで話し合うような話題でもありません」

 あっさりと返され、相手にもされていないようだが、ケティルが、まだ慎重にセシルを凝視している。

「騎士団を足でコキ使う女なんて、聞いたことがないぜ」

 ギルバートは、ただ、無言の視線をケティルに向けるだけだ。

「別に、大騒ぎしよう、って言ってんじゃないぜ。ただな、偉そうな騎士サマを足でコキ使うような女なんて、見たこともないぜ」
「今だけですよ」

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