奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「それから、お二人は、しばらく王宮に戻らない方がいいと思いますの。そうでなければ、計画がバレかねませんわ」
「そうですね」

 王都内でも、一応、こっそりと騎士達に指示を出してはいるが、一度、王宮に戻ってしまったら、その場で、ギルバート達には、必ず、監視がついてしまうはずである。

 そうなったら、セシル達に連絡を取ることも難しくなる。セシル達に合流することも難しくなってしまう。

「公爵領でも、策としては、私達の方に公爵をおびき寄せなければ、意味がありません。その場所は、私の手の者に探させておきましょう。そこに公爵をおびき寄せたとしても、騎士団到着まで、十人程度ですわね。それで、どのくらい時間稼ぎができるか、問題ですわ」

 ギルバートも、真剣に考えを巡らせている。

「おびき出す場所、そして、決行する日時が決まっているのなら、無理ではないのですが――」

「では、暗くなってからの方が、忍び込みやすいでしょうから、決行日が決まれば、日が暮れてからの時間に、的を絞るようにしましょう」

 そのように、簡単に事が運べば良いものだが……。

 だが、今までのセシルの行動を見ていても、全てのことを予測しているのか、計算しているのか、着々と、端的な計画を立てて、その計画を成功させている。

 常に、先の先を呼んだ鋭い洞察力が――並のものではなかった。

「お二人の着替えなども、運んできてもらった方がいいでしょうね」
「わかりました」

「今回は、私が手を貸していることになりますが、ここの国では、どういった基準で、罪人を捕縛するのですか?」

「その状況にもよりますが、今回の場合は、王国側のゲストとして呼ばれているご令嬢に、危害を加えた現行犯で、それだけで重罪ですね。王国側のゲスト、ひいては、王族の意向に反する行為ですから」

「それから、王太子殿下失脚の陰謀計画も、でしょう?」
「ええ、そうですね。それは、王族への反逆罪です」

「大罪ですわね」
「そうです」

 あまりに当然のことだと、口には出されないギルバートの声音は、冷淡なものだった。

「大罪に大罪を重ね、そこに、騎士団の副団長様が混ざった場合は?」
「ああ、なるほど」

 セシルの意図を悟って、ギルバートが、ものすごい薄い冷笑を浮かべた。

 それも、ゾワゾワと悪寒がするほどに不敵で、感情など微塵も感じられないほどの冷酷な冷笑を。

「あなたもご存知の通り、私も王族の一員でしてね。その私に刃を向けるなど、許されることではありません。拘束、監禁、脅迫――まあ、色々仕掛けて来たとしても、その全て現行犯で、お家断絶、一族郎党共々、重罪で、まあ、一生、日の光を見ることはないでしょう」

 そして、あまりに冷酷で冷徹に、そんな結末をサラッと言い切るギルバートの無表情の顔には、躊躇(ためら)いさえ浮かんでいない。

「そうですか。では、更なる大罪を犯してもらいましょう」

 あまりにあっさりと、無邪気に、セシルが狙われたことに対する報復だけでなく、王子殿下であるギルバートまで囮として巻き込んで、本気で、フリイス公爵家を叩き潰すことを計画しているなど、本当に恐ろしい令嬢だ。

「あなただけは、敵には回したくありませんね」
「あら? それは誉め言葉として、受け取っておきますわ」


* * *


「それなら、簡単ですね。公爵家の敷地内に、廃屋(はいおく)と化した協会があります。そこは、うってつけの場所でしょう」

 セシル達は傭兵の溜まり場となっているお店で、あのまま泊まり込むこととなっていた。

 元々、セシル達の護衛にと、子供達やリアーガ達が宿を取っていたので、今は二部屋ある。

 セシルは女性であり、貴族のご令嬢であるから、一つの部屋を譲ってくれた。
 もう一つは、仕方なく、貴族であり、騎士サマでもある、ギルバートとクリストフに譲られた。

 部屋はそれ以外には空いていなく、昨夜は、子供達はセシルの部屋のドアの前で、毛布を被り、ごろ寝だ。
 イシュトールとユーリカも、部屋の中で(仕方なく) ドアに寄りかかり、ごろ寝だ。

 子供達は、昔から、地面で寝たり、床で寝たりすることには慣れていたので、まあ、今回は仕方なくでも、一応、睡眠は取れている。

 夕食時に、連絡役としてリエフが戻って来たが、セシル達がやって来ていると判り、そのまますぐにまた、セシルの指示を持って、公爵領に戻ってくれるという。

 行ったり来たりで忙しいリエフには、もちろん、報酬外として、セシルが山程の晩御飯をご馳走している。

 翌朝、全員が目を覚まし、朝食を食べ終えた時に、リエフと共に、フィロが戻って来たのだ。

 リエフは朝食を済ませると、さっさと店を後にし、外で門番をしてくれるそうだ。

「協会ですか? 廃屋(はいおく)になった?」

「ええ、そうです。と言っても、たぶん、元々は、公爵家の屋敷の敷地にはなかったんでしょうけど、屋敷の敷地を拡大した時に、近隣の土地を没収したんじゃないでしょうか。それで、取り残された協会が残っています」

「屋敷からの距離はどのくらいです?」
「かなりあると思います。はっきり言って、そこら辺は、以前の家屋の破損部分などが散らばっていて、ゴミ溜めに近いですから」

「そうですか。敷地拡大をした割には、端々まで、手が行き届いていないようですね」

「そうですね。屋敷は、ものすごくデカくて、ギラギラとした装飾品ばかりが飾ってありますが、だからと言って、敷地内全体が、きちんと手入れされているわけではありません」

「なぜですか?」
「資金が回らなかったのでしょう。金遣いが、かなり荒いですからね」

 先程から、セシルとこの少年の会話を黙って聞いているギルバートだったが、つい、顔をしかめずにはいられない。

 少年の話すことは――かなり、屋敷の中に食い込んで、公爵家の事情を探らなければ、中々、入手不可能な情報のはずだ。

 それなのに、あたかも、そんな内密な情報をそこらで拾ってきました、なんていう、あまりに気軽なノリだ。

 少年が、背中に背負っていた大きな四角いバッグのようなものを下ろし、ゴソゴソと中を探り、(すす)けた書類のようなものをセシルの前に差し出した。

 セシルが書類を取り上げると、書類の端々が焦げて、ボロボロと崩れ落ちそうになっていた。

「これは――あらあら」

 感心しているのか、それとも、少々、呆れているのか、セシルがそんな表情をみせる。

「お手柄でしたね、θ(シータ)
「ありがとうございます」

「ですが……あまり危険な真似は、してはいけませんよ。危なかったでしょう?」
「いいえ。丁度、火事のボヤ騒ぎがありまして、その間に忍び込めましたので」

 それを聞いて、セシルが更に困ったような顔をしてみせる。

 質問したげなギルバートの視線を受け取り、セシルが手に持っていた書類を、ギルバートに渡した。

「何ですか? ――これはっ!?」

 書類に目を落したギルバートの瞳が、飛び上がっていた。

 バッと、そのきつい問うような眼差しを少年に向ける。

「これを、どのようにして手に入れたのだ?」

 だが、少年はあまりに冷たい目をして、ギルバートに返事をする気はない。

 ギルバートの手の中の書類は、フリウス公爵と――あのエリングボー伯爵の密談の手紙だったのだ。

 夜会での王太子殿下の失脚話を、随分、あからさまに、その上、卑下にした内容で、手紙に書き込まれていたのだ。

 決して見つかりはしないと、高を括っていたのだろう。

 これは、もう、あの夜会での陰謀を暴く計画書、と言っても過言ではなかった。

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