奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「証拠隠滅でしょうね」
「そうです。夜会から抜け出して公爵家に戻って来た伏兵を、公爵のような男が怒鳴りつけていました。それから、屋敷中で叫び声を張り上げていると思ったら、書斎のような部屋に戻り、それで、書類を燃やしていました」
「それで、火事のボヤ騒ぎですか?」
「そうです」
どうせ……、フィロが攪乱を目的として、ボヤ騒ぎを起こしたに違いないのだが――屋敷を本気で燃やさなかったどうか、セシルも心配になってくる……。
それで、フリウス公爵が燃やそうとしていた書類の火を消して、フィロが、間一髪で、書類を盗んでいたのだ。
それから、屋敷中がパニックしている間、フィロは書斎のような部屋の中を探らせてもらい、随分、あけっぴろげに置いてある帳簿やら、手紙の山やらを探らせてもらったのだ。
帳簿を盗んだらすぐにバレてしまうだろうから、それは盗めなかったが、それでも、執事か誰かがつけているであろう帳簿は、✖✖✖と、どれも✖ばかりがつけられていたのだ。
本棚をあさってみると、過去の帳簿があって、中身だけ盗めば、短期間ならバレないかと、それは千切ってフィロが盗んできている。
どうやら、過去五年、公爵家は巨額な赤字を見せて、資金繰りができていないようなのだ。
今は使用人の一人として潜り込んでいるジャンは、屋敷の使用人達や、庭師、そう言った下級の下人と仲良くなり、公爵家の内情を調査している。
やはり、口を挟まずとも、口を出すことも許されずとも、下働きの下人や使用人など、全員が主の事情や内情に精通しているのだ。
「公爵家の家計は、今は、かなり火の車のようです」
「まあ、そうですか。偉そうで、自分で稼いだこともないような貴族でしたら、浪費癖がついていても、不思議はありませんが」
「なんでも、ここ数年、半年ごとに徴税額が上がり、先程では、三カ月前にもまた徴税された、と聞きます」
「最低ですね」
「そうですね」
そして、その話を聞いているギルバートも、かなり嫌そうに顔をしかめている。
自分の浪費癖を直しもせずに、民に強制的な徴税を押し付け、民から搾り取るなんて、民を殺す気でいるのか、と憤慨が止まらない。
「家計が赤字の割には、随分と、たくさんの郎党を雇っているようですが」
「そいつらは、屋敷にも、何度か出向いていました。どうせ、小金で雇われた程度のヤサグレ共です」
「人数が多かったですけれど」
「そうですか。それは、先に始末しておかなくて、すみませんでした」
「あら? θのせいでなんか、全くありませんよ。全員、こちら側で叩き潰していますので、何の問題もありません」
「そうですか」
そして、それを聞いて、ほんの微かにだけ、嬉しそうに少年が目を細めるような動作をしたのを見て、ギルバートの渋面が更に広がってしまう。
「その廃屋となっている協会は、使えるかもしれませんね。そこに公爵を誘き出し、叩き潰しましょう」
「わかりました」
「準備には、どのくらい必要です?」
それで、セシルが、横で黙って座っている残りの子供達三人に向く。
二人が互いに顔を見合って、
「三日、とかですか?」
「長いですか?」
「いえ。三日なら、こちらで少々騒ぎ立てて、時間を稼いでおきましょう。三日でできますか?」
「大丈夫です」
「では、今日は仕入れで忙しいでしょうから、明日から三日。三日目の夜に、ケリを着けましょう。予定変更がある場合、即座に知らせるように」
「わかりました」
「気を付けて。無茶をしてはいけませんよ」
「はい、わかっています」
子供達はそれだけの指示で、全てを理解しているようだった。
「私達は時間を置いて、公爵領に向かいます。最初の二日は、派手に騒ぎ立てて、時間稼ぎをしてみましょう。最後の三日目は潜伏し、あなた達に合流します」
「わかりました」
「マスター、では、こちらを」
「あら、ありがとう」
そして、新たな書類を手渡されたセシルに、ギルバートが慎重な目つきを向ける。
「それは何でしょう?」
「公爵領の地図ですわ」
「地図? こんな短期間で?」
「ええ、そうですね。優秀な者達ばかりですから」
「はあ……」
「ですが、短期間でしたので、たぶん、省略されている部分もあると思いますが、それでも、十分役立つと思いますわ」
「はあ、そう、ですか……」
優秀、過ぎるのでは……?
あの夜会から、まだ四日しか経っていないのに、陰謀計画書は暴き出す、公爵家の内情にも手を入れて、公爵領の(簡略な) 地図までできあがっているなんて……。
本当に、このセシルと言い、子供達と言い、一体何者なんだ……?!
そして、またも、答えも返っては来やしない疑問ばかり。
「このまま戻ってもらうことになりますが、θには、移動ばかりできついかしら?」
「いえ、問題ありません」
「では、皆、よろしく。決して、危険なことをしてはいけませんよ」
「「わかりました」」
子供達が、全員、お行儀よく返事をした。
それからすぐに、旅支度を済まし、子供達は宿を去っている。
「今夜、公爵領に向けて移動します。三日後の夕刻には、援軍を揃えておいてくださいね」
「わかりました。公爵領では、どこに拠点を置かれますか?」
「今の所、野宿になってしまいますわね」
「そうですか。わかりました」
伝達役の騎士に、その準備も急いでさせなくてはならない。
「それから、明日から二日ほど、時間稼ぎをしますので」
「それはどのようなものですか?」
「派手に公爵家の名を出し、街中で聞き回ります。きっと狙われてしまうでしょうね」
「そうですね。私には――それは反対ではありませんが、ご令嬢には危険が伴い、かなり、動きがきつくなってしまうのでは……?」
元々、セシルが囮として動き回ってくれているから、これだけ迅速に事件が解決していっている。
それは承知していても、さすがに、毎回、その身を危険に晒して派手に動き回ってくれなど、ギルバートも心苦しくて、頼みたくはないのだ。
「私は問題ありません。ですが、皆さんが、毎回、戦う状況になってしまいますが」
「それは、問題ではありません」
まあ、その程度の戦いで、体力切れするようなギルバートやクリストフではない。
「もう2~3人だけ、護衛を増やしておくのも、手かもしれませんね」
「わかりました。我々の周りには2~3人としても、交代で入れ替われるように、周囲にも散らしておきましょう。いざとなれば、その者達に郎党の相手をさせて、少しは、退散できやすくなるでしょうから」
「では、お願いします」
「わかりました」
そして、今回もまた、こんなに簡単に作戦が決まっていた。
それも、全て、セシルが一人で指揮していることだ。ご令嬢なのに。
* * *
はっ……、はっ、はっ……。
少し呼吸が上がり、ほんの微かにだけ開いた口元から、音を出さないようにと、セシルの呼吸が繰り返される。
そして、そのセシルのすぐ前には、ギルバートがセシルに覆いかぶさるようにして、壁側にピッタリと身を寄せて、気配を殺している。
裏道に入り、表通りを走り去っていく気配を追いながら、息を潜め、ギルバートは神経を研ぎ澄しながら、辺りの様子を伺っている。
セシルの背には壁が、前にはギルバートの胸があり、しっかりと挟まれている状態で、身動きはできない。
表通りからは外れた裏道に潜んではいるが、セシルの身を隠すように、気配を隠すように、背の高いギルバートがセシルを胸に抱き寄せて、覆いかぶさっている状態なのだ。
「行ったようですね」
向こうの通りの気配が引いて、郎党達が叫んでいた騒音も、かなり向こうに消えた気配を感じる。
「今日は何人くらいでしたか?」
「10人ほどです」
「昨日は、二十人ほどでしたわ」
「そうですね。ですが、昨日、見た顔も混ざっていました」
「そうなのですか?」
「ええ、そうですね。――となると、この人数が今の限界なのでしょう」
フリイス公爵領にやって来たセシル達は、初日は、街から離れた野外で野宿だ。
そして、明るくなったら街に下り、それから派手に、わざとに、フリウス公爵の聞き込みをする。
それで、午前中には、すでに刺客として郎党が送られてきたが、セシルの護衛とギルバート達二人を入れて、半数は怪我をさせることに成功していた。
そして、全速力で逃げ去るのである。
午後は潜んで、夕方近くも同じことをして、どれだけの刺客が送られてくるのか、雇われているのか、セシル達は確認していた。
野宿を終え、二日目も同じことをしている。
だが、今回は敵側もかなりしつこくて、セシルを含めたギルバートとイシュトール、クリストフ側にユーリカともう二人の騎士達で、二手に分散して、敵の数を減らすことにしたのだ。
「大丈夫ですか?」
敵の気配が消えたので、少し身体をずらしたギルバートが、腕の中のセシルを見下ろす。
少しだけ、セシルの呼吸が上がり、肩がまだ上下していたのだ。
「今日は、かなり走り込みましたから……」
「そうですね」
毎回、全力疾走で敵を撒きながら、敵を蹴散らしていくものだから、マラソンしながら、障害物競走をしているような状態である。
それなのに、一緒になって走り込んでいるギルバートは、息一つ上がっていない。
この王子サマ。実は、ものすごい体力があるんじゃ?
なんて、セシルも疑い始めている。昨日だって、敵を相手に戦って、逃げ去って、また戦い続けていたのに、全然、息が上がっているようには見えなかった。
「この場は私の部下達に任せ、今は、一端、引きましょう」
「わかりました」
これ以上、街中を走り回る必要はなくなった。
これ以上、セシルの体力を削り、身を危険に晒す必要もない。
郎党共の顔は、大体、把握できている。クリストフ達があの半数――いや、数人でも動きを不能にさせられたのなら、明日の戦いでは、郎党達の数は決まってくる。
残りは、報告に出ている、公爵家の屋敷で雇われている私兵を相手にするだけだ。
私兵なら、騎士団の騎士で、相手にさせれば問題はない。
ただ、郎党のようなヤサグレは、卑怯な手で戦闘をする為、今のうちに数を減らし、余計な手間をかけさせないように、という作戦だった。
「こちらも気配は消えました。どうやら、分かれた組の方で、騒ぎを起こしてくれたようですので、敵も、そちらの方に向かったと思われます」
後ろ側で、通りの様子を伺っていたイシュトールも戻って来た。
セシル達と分散した際、クリストフは、ギルバートからきつく指示を受けている。
必ず、セシルを逃がすことを優先させろ、と。
それで、セシル達を追っていたであろう郎党の数が多く、クリストフが騒ぎを起こし、敵を誘き寄せたのだろう。
他国の問題に巻き込まれ、自ら囮になってくれているセシルの身の安全は、絶対に護らなければならない。
それだけの借りも恩も作ってしまったのだから。
それに、ギルバート自身が――貴族の令嬢、いや女性を危険な目に晒すなど、許せる行為ではなかったのだ。
ギルバートはセシルに口を出すことはしなくとも、いざとなれば、セシルを護り、セシルを無事に連れ出せ、と騎士達に命令を出してある。
「そうです。夜会から抜け出して公爵家に戻って来た伏兵を、公爵のような男が怒鳴りつけていました。それから、屋敷中で叫び声を張り上げていると思ったら、書斎のような部屋に戻り、それで、書類を燃やしていました」
「それで、火事のボヤ騒ぎですか?」
「そうです」
どうせ……、フィロが攪乱を目的として、ボヤ騒ぎを起こしたに違いないのだが――屋敷を本気で燃やさなかったどうか、セシルも心配になってくる……。
それで、フリウス公爵が燃やそうとしていた書類の火を消して、フィロが、間一髪で、書類を盗んでいたのだ。
それから、屋敷中がパニックしている間、フィロは書斎のような部屋の中を探らせてもらい、随分、あけっぴろげに置いてある帳簿やら、手紙の山やらを探らせてもらったのだ。
帳簿を盗んだらすぐにバレてしまうだろうから、それは盗めなかったが、それでも、執事か誰かがつけているであろう帳簿は、✖✖✖と、どれも✖ばかりがつけられていたのだ。
本棚をあさってみると、過去の帳簿があって、中身だけ盗めば、短期間ならバレないかと、それは千切ってフィロが盗んできている。
どうやら、過去五年、公爵家は巨額な赤字を見せて、資金繰りができていないようなのだ。
今は使用人の一人として潜り込んでいるジャンは、屋敷の使用人達や、庭師、そう言った下級の下人と仲良くなり、公爵家の内情を調査している。
やはり、口を挟まずとも、口を出すことも許されずとも、下働きの下人や使用人など、全員が主の事情や内情に精通しているのだ。
「公爵家の家計は、今は、かなり火の車のようです」
「まあ、そうですか。偉そうで、自分で稼いだこともないような貴族でしたら、浪費癖がついていても、不思議はありませんが」
「なんでも、ここ数年、半年ごとに徴税額が上がり、先程では、三カ月前にもまた徴税された、と聞きます」
「最低ですね」
「そうですね」
そして、その話を聞いているギルバートも、かなり嫌そうに顔をしかめている。
自分の浪費癖を直しもせずに、民に強制的な徴税を押し付け、民から搾り取るなんて、民を殺す気でいるのか、と憤慨が止まらない。
「家計が赤字の割には、随分と、たくさんの郎党を雇っているようですが」
「そいつらは、屋敷にも、何度か出向いていました。どうせ、小金で雇われた程度のヤサグレ共です」
「人数が多かったですけれど」
「そうですか。それは、先に始末しておかなくて、すみませんでした」
「あら? θのせいでなんか、全くありませんよ。全員、こちら側で叩き潰していますので、何の問題もありません」
「そうですか」
そして、それを聞いて、ほんの微かにだけ、嬉しそうに少年が目を細めるような動作をしたのを見て、ギルバートの渋面が更に広がってしまう。
「その廃屋となっている協会は、使えるかもしれませんね。そこに公爵を誘き出し、叩き潰しましょう」
「わかりました」
「準備には、どのくらい必要です?」
それで、セシルが、横で黙って座っている残りの子供達三人に向く。
二人が互いに顔を見合って、
「三日、とかですか?」
「長いですか?」
「いえ。三日なら、こちらで少々騒ぎ立てて、時間を稼いでおきましょう。三日でできますか?」
「大丈夫です」
「では、今日は仕入れで忙しいでしょうから、明日から三日。三日目の夜に、ケリを着けましょう。予定変更がある場合、即座に知らせるように」
「わかりました」
「気を付けて。無茶をしてはいけませんよ」
「はい、わかっています」
子供達はそれだけの指示で、全てを理解しているようだった。
「私達は時間を置いて、公爵領に向かいます。最初の二日は、派手に騒ぎ立てて、時間稼ぎをしてみましょう。最後の三日目は潜伏し、あなた達に合流します」
「わかりました」
「マスター、では、こちらを」
「あら、ありがとう」
そして、新たな書類を手渡されたセシルに、ギルバートが慎重な目つきを向ける。
「それは何でしょう?」
「公爵領の地図ですわ」
「地図? こんな短期間で?」
「ええ、そうですね。優秀な者達ばかりですから」
「はあ……」
「ですが、短期間でしたので、たぶん、省略されている部分もあると思いますが、それでも、十分役立つと思いますわ」
「はあ、そう、ですか……」
優秀、過ぎるのでは……?
あの夜会から、まだ四日しか経っていないのに、陰謀計画書は暴き出す、公爵家の内情にも手を入れて、公爵領の(簡略な) 地図までできあがっているなんて……。
本当に、このセシルと言い、子供達と言い、一体何者なんだ……?!
そして、またも、答えも返っては来やしない疑問ばかり。
「このまま戻ってもらうことになりますが、θには、移動ばかりできついかしら?」
「いえ、問題ありません」
「では、皆、よろしく。決して、危険なことをしてはいけませんよ」
「「わかりました」」
子供達が、全員、お行儀よく返事をした。
それからすぐに、旅支度を済まし、子供達は宿を去っている。
「今夜、公爵領に向けて移動します。三日後の夕刻には、援軍を揃えておいてくださいね」
「わかりました。公爵領では、どこに拠点を置かれますか?」
「今の所、野宿になってしまいますわね」
「そうですか。わかりました」
伝達役の騎士に、その準備も急いでさせなくてはならない。
「それから、明日から二日ほど、時間稼ぎをしますので」
「それはどのようなものですか?」
「派手に公爵家の名を出し、街中で聞き回ります。きっと狙われてしまうでしょうね」
「そうですね。私には――それは反対ではありませんが、ご令嬢には危険が伴い、かなり、動きがきつくなってしまうのでは……?」
元々、セシルが囮として動き回ってくれているから、これだけ迅速に事件が解決していっている。
それは承知していても、さすがに、毎回、その身を危険に晒して派手に動き回ってくれなど、ギルバートも心苦しくて、頼みたくはないのだ。
「私は問題ありません。ですが、皆さんが、毎回、戦う状況になってしまいますが」
「それは、問題ではありません」
まあ、その程度の戦いで、体力切れするようなギルバートやクリストフではない。
「もう2~3人だけ、護衛を増やしておくのも、手かもしれませんね」
「わかりました。我々の周りには2~3人としても、交代で入れ替われるように、周囲にも散らしておきましょう。いざとなれば、その者達に郎党の相手をさせて、少しは、退散できやすくなるでしょうから」
「では、お願いします」
「わかりました」
そして、今回もまた、こんなに簡単に作戦が決まっていた。
それも、全て、セシルが一人で指揮していることだ。ご令嬢なのに。
* * *
はっ……、はっ、はっ……。
少し呼吸が上がり、ほんの微かにだけ開いた口元から、音を出さないようにと、セシルの呼吸が繰り返される。
そして、そのセシルのすぐ前には、ギルバートがセシルに覆いかぶさるようにして、壁側にピッタリと身を寄せて、気配を殺している。
裏道に入り、表通りを走り去っていく気配を追いながら、息を潜め、ギルバートは神経を研ぎ澄しながら、辺りの様子を伺っている。
セシルの背には壁が、前にはギルバートの胸があり、しっかりと挟まれている状態で、身動きはできない。
表通りからは外れた裏道に潜んではいるが、セシルの身を隠すように、気配を隠すように、背の高いギルバートがセシルを胸に抱き寄せて、覆いかぶさっている状態なのだ。
「行ったようですね」
向こうの通りの気配が引いて、郎党達が叫んでいた騒音も、かなり向こうに消えた気配を感じる。
「今日は何人くらいでしたか?」
「10人ほどです」
「昨日は、二十人ほどでしたわ」
「そうですね。ですが、昨日、見た顔も混ざっていました」
「そうなのですか?」
「ええ、そうですね。――となると、この人数が今の限界なのでしょう」
フリイス公爵領にやって来たセシル達は、初日は、街から離れた野外で野宿だ。
そして、明るくなったら街に下り、それから派手に、わざとに、フリウス公爵の聞き込みをする。
それで、午前中には、すでに刺客として郎党が送られてきたが、セシルの護衛とギルバート達二人を入れて、半数は怪我をさせることに成功していた。
そして、全速力で逃げ去るのである。
午後は潜んで、夕方近くも同じことをして、どれだけの刺客が送られてくるのか、雇われているのか、セシル達は確認していた。
野宿を終え、二日目も同じことをしている。
だが、今回は敵側もかなりしつこくて、セシルを含めたギルバートとイシュトール、クリストフ側にユーリカともう二人の騎士達で、二手に分散して、敵の数を減らすことにしたのだ。
「大丈夫ですか?」
敵の気配が消えたので、少し身体をずらしたギルバートが、腕の中のセシルを見下ろす。
少しだけ、セシルの呼吸が上がり、肩がまだ上下していたのだ。
「今日は、かなり走り込みましたから……」
「そうですね」
毎回、全力疾走で敵を撒きながら、敵を蹴散らしていくものだから、マラソンしながら、障害物競走をしているような状態である。
それなのに、一緒になって走り込んでいるギルバートは、息一つ上がっていない。
この王子サマ。実は、ものすごい体力があるんじゃ?
なんて、セシルも疑い始めている。昨日だって、敵を相手に戦って、逃げ去って、また戦い続けていたのに、全然、息が上がっているようには見えなかった。
「この場は私の部下達に任せ、今は、一端、引きましょう」
「わかりました」
これ以上、街中を走り回る必要はなくなった。
これ以上、セシルの体力を削り、身を危険に晒す必要もない。
郎党共の顔は、大体、把握できている。クリストフ達があの半数――いや、数人でも動きを不能にさせられたのなら、明日の戦いでは、郎党達の数は決まってくる。
残りは、報告に出ている、公爵家の屋敷で雇われている私兵を相手にするだけだ。
私兵なら、騎士団の騎士で、相手にさせれば問題はない。
ただ、郎党のようなヤサグレは、卑怯な手で戦闘をする為、今のうちに数を減らし、余計な手間をかけさせないように、という作戦だった。
「こちらも気配は消えました。どうやら、分かれた組の方で、騒ぎを起こしてくれたようですので、敵も、そちらの方に向かったと思われます」
後ろ側で、通りの様子を伺っていたイシュトールも戻って来た。
セシル達と分散した際、クリストフは、ギルバートからきつく指示を受けている。
必ず、セシルを逃がすことを優先させろ、と。
それで、セシル達を追っていたであろう郎党の数が多く、クリストフが騒ぎを起こし、敵を誘き寄せたのだろう。
他国の問題に巻き込まれ、自ら囮になってくれているセシルの身の安全は、絶対に護らなければならない。
それだけの借りも恩も作ってしまったのだから。
それに、ギルバート自身が――貴族の令嬢、いや女性を危険な目に晒すなど、許せる行為ではなかったのだ。
ギルバートはセシルに口を出すことはしなくとも、いざとなれば、セシルを護り、セシルを無事に連れ出せ、と騎士達に命令を出してある。