奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 通りの気配を伺い、様子を確認して、セシル達三人は裏道から飛び出していた。

 もう夕刻が近づき、当たりも日が暮れ始めている。
 三人は街外れにある野宿の場所に、一気に駆け戻っていた。

 セシルの呼吸はまだ上がっていて、これ以上無理はさせたくはないのだが、今は仕方がない。

「どうやら、()けられていますね」
「何人ですか?」
「一人だけです」

 ふっと、ギルバートが薄く笑い飛ばしていた。

 どうやら、狡賢(ずるがしこ)い輩が一人いて、昨日のセシル達の逃げっぷりから、今日も同じ行動をしているセシル達の動きを、ただ()()していただけなのだろう。

 それで、あわよくば、隠れ家を探し当て、自分一人だけ報奨をもらおう――なんて考えているような、愚鈍だ。

 そうでなければ、今頃、きちんと他の郎党達にも、セシル達の行動を見張るように伝えているはずなのに。

「では、街を出てから、(おび)き出しましょう」
「わかりました」

 郎党一人など、ギルバートの相手にもならない。随分と、ギルバートを舐めてくれたものだ。

 ギルバートの言葉通り、公爵領を抜け出し、人里離れた場所で隠れていたセシル達の前に顔を出した郎党は、ギルバートに、たった一発で簡単にノされてしまった。

 待ち合わせの場所で、待機していた二人の騎士にその郎党の始末を頼み、一応、布が敷かれている場所に、セシルを座らせる。

「私の部下が来るまで、少し休んでいてください」

 さすがに、貴族のご令嬢に、野宿で、地面に布を敷いただけのような場所で寝かせるなど、なんと非道な扱いだろうか……と、ギルバートは、初めから、セシルの野宿には賛成していない。

 だが、セシルは出会った時からそうだったが、こんな切迫して緊張した状態なのに、ただの一度も取り乱したことはない。

 いつも、どこまでも冷静で、驚くほど落ち着いていて、それで――野宿をしても、文句の一つもこぼさない、とても辛抱強いご令嬢だったと、ギルバートもそこで気がついたのだ。

 セシルは、普通の貴族の令嬢という概念も、常識も、全く当てはまらないご令嬢だった。

 たぶん、セシルは普段から動き回ることに慣れていて、歩き回ることも苦ではなくて、自らが行動し、そして、それをできるだけの能力がある――あまりに稀なご令嬢だということは、もう、ギルバートも言葉が出ない。

 だからと言って、セシルが万能で、何にも全く影響が受けない女性だなどとは、ギルバートも考えていない。

 セシルはその外見の通り、かなり細見の女性だと、ギルバートは考えている。

 階段で支えた時だって、ほとんど重さなど感じさせなかった。
 先程だって、腕の中にいるセシルは、ギルバートの腕の中に、スッポリと収まってしまうほどの体躯だった。

 華奢過ぎる、というのではないだろう。それでも、細身で、ギルバート達のように、体力や力があるわけでもないはずだ。

 文句を全く言わないセシルを前に、ここ数日、ギルバートの気のせいかもしれないが、その顔色が少し落ちてきていることに、懸念が隠せないギルバートだ。

 アトレシア大王国にやって来てからというもの、セシルには、無理ばかりを強いてしまっている。
 さすがに、そのセシルに申し訳なくて、ギルバートはセシルの体調が心配でならない。

「では、お言葉に甘えて」

 セシルは抵抗もせず、毛布にくるまり、横になる。

 だが、数分もしないでセシルが静かに寝入ったことを、ギルバートも確認していた。

 昨日、今日で、かなり走らせ、ずっと緊張させたままだったから……。

 セシルの体力も切れ、心身共に疲労していても、全く不思議ではなかった。

「先程、私の気のせいだったのかもしれませんが、ご令嬢の付き人の子供を、見かけたような気がします」
「気のせいではないと思います。多分、様子を見に来ていたのでしょう。今夜、顔を出すかもしれません」
「そうですか」

 昨日は、子供達からの連絡はなかった。だが、あれだけ派手に騒ぎを起こしているので、街中でセシル達を見つけるのは、それほど問題ではないはずだった。

「このように、ご令嬢には多大なご迷惑をおかけし、本当に、申し訳なく思っております……」

 申し訳ない以上に、ギルバートの方が辛そうにセシルを見返している様子を、イシュトールが静かに観察している。

 このギルバートは王国騎士団の副団長で、第三王子殿下でもあるのに、今の所、一度として、セシルに文句を言ったことはないし、口を挟まない。

 セシルの指示を、ただ、静かに受け入れているだけだ。

 王太子殿下との契約がそうであっても、自分自身が王子殿下であるのなら、多少は威張り散らしても不思議はないが、このギルバートは――どうやら、セシルの能力を素直に認め、きちんと敬意を払っているようなのである。

 おまけに、ここ数日で判ったことだが、絶対にセシルを危険に(さら)さない為に、この副団長は、セシルの側から一時も離れたことはない。

 セシルは、


「この国の人間ですから、私のことを警戒しているのでしょう」


などと、そんな結論に達していたが、イシュトールは、そうだとは考えていない。

 随分、真面目で、真摯(しんし)な王子殿下が、セシルの側に付いたようだったのだ。

「マスターは、ご自分のなさることを、いつも、とても良く理解なさっていらっしゃいます。今回の事件のこととて、契約が結ばれているとは言え、ここまで深く関わる必要はありませんでした。ですが、マスターの邪魔をする輩、と判断なされたのでしょう。ですから、このように、ご自分から動かれていらっしゃるのです」

「そう、ですか……。本当に、ご迷惑をおかけしてしまいました……」
「無礼を承知で、一つ、お聞きしたいことがあります」

「何ですか?」
「マスターを利用し、一体、どうなさるおつもりなのですか?」

 その質問に、ギルバートがイシュトールを真っすぐに見返す。

「いえ、今回、一度きりです。契約の通り。我々が――この国では、契約違反も、違法行為も、常だと思われていらっしゃるかもしれませんが、そのようなことは、絶対にさせません。私の名に誓って」

 かなり侮辱した質問だったが、ギルバートは気分を害したでもなく、大真面目に、その返答を返してきた。

「それをお聞きして、安心しました。どうも、王家と言うものは、信用がならないものですから。なにも、あなたの国だけのことを言っているのではありませんので」

 王子に対する非礼、とも言える発言ではある。

 だが、ギルバートは、王子としての権力と立場を見せびらかす為に、騎士となったのではない。

「いえ、侮辱としては受け取っていません。そのような仕打ちを強いてしまったのは、我が国の失態です」

「マスターは、それで責めているわけではありませんが」
「そうなのですか?」

 もう、絶対に、この国の兵士だろうと騎士だろうと、セシルは許してはいないものだと、ギルバートも考えていた。

「マスターは、その程度の些末な問題で、根に持つようなお方ではありません。マスターは、我々など、到底、及ばないほどの広い視野をお持ちで、そして、違いを受け入れることができる、とても心の深いお方なのです」

「そうですか。そのような主に仕えることができて、羨ましいですね」

 それは、ギルバートの皮肉でもお世辞でもなんでもなかった。素直な感想だった。

 それが判って、イシュトールも素直に頷いた。

「はい。我々は、いつもそのことに感謝しております」

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