奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
暗がりの中で、いきなり、ポワッと、室内が明るくなった。
見ると、祭壇側に数十人の護衛を引き連れ、貴族らしい派手な格好をした白髪の男が、立っていたのだ。
どうやら、護衛が持っていたロウソクに火を灯したおかげで、壁側に置かれているロウソクの灯りで、室内がかなり明るくなっていた。
そして、仁王立ちしているように見えないでもない男が、入り口側にいるセシル達を見つけ、その口がゆっくりと曲げられる。
ふっ、はははっ、はははっ――と、高らかな笑いが響き渡り、数十人の私営の騎士達に護られて、祭壇の上に立っているフリイス公爵が、煌々とした目を向けて、完全にセシル達を見下していた。
「見たかっ! これで、もう逃げ場所はないな。今まで、散々、逃げ回りおって。うっとおしい鼠がっ」
ふっ、はははははっと、完全に勝ち誇ったような高笑いが、また響き渡る。
「もしかしなくても、あの中央にいるのが、公爵ですか?」
「そうです」
「老獪、という割には、ものすごいバカな男にしか見えませんが」
その形容に、ギルバートも笑いかけたように、口をすぼめる。
ギルバートがあの老獪と宮廷で会う時には、フリイス公爵は、いつも瞳を細めたような顔をして、それで、にやにやと、笑ってもいない、嫌らしい冷笑だけを口に浮かべているような男だった。
何かにつけて、国王陛下の政策を邪魔し、王太子殿下が作った王国騎士団を見下し、嫌味を言っているような、それでも、隙を見せないような男のように見えた。
だが、セシルの言葉ではないが、今の公爵を見る限りでは、“バカな男” 以外の何者にも見えない。
ここしばらくの失態振り、エリングボー伯爵の陰謀計画が滅茶苦茶になった時点で、自分に差し迫る王太子殿下の脅威。
“公爵”と言う、貴族社会で誰よりも一番高位である立場なのに、今は、全く自分の思い通りに事が進まない。事が運ばない。
癇癪を投げ飛ばし、大荒れに荒れていたらしいから、すでに、負け戦で、正気は失っているのだろう。
この機を逃せば、自分には破滅の道しか残されていない――とでも、やっと気が付いたのか。
「どうやら、あなたの読みが当たったようですね」
「そのようですわね。あの手の男って、普段は、威張り散らすだけ威張り散らし、失態も挫折も知らないような、天下無敵の存在だと思い込みがちなんですのよね」
「ああ、なるほど。それなら、全ての計画がオジャンで、悪報ばかりで、何一つ挽回の兆しが見えない。自分の首が絞められているのを、ヒシヒシと、身を以て感じていることでしょう」
「この程度のお灸を据えるだけでは、全然、足りませんけれど」
「そうですか。今回は、あなたに多大なご迷惑をおかけしてしまいましたので、公爵を捕縛した際には、あなたの剣で、公爵を殴りつけていいですよ」
「いいんですか?」
「ええ、どうぞ」
そして、そんな呑気な会話をあっさりとしている、ギルバートとセシルだ。
セシルを背に庇いながら、ギルバートが祭壇にいるフリイス公爵に向かって、鋭く睨め付ける。
「フリイス公爵、これは、一体、どういう所在か!?」
ふんっと、フリイス公爵がギルバートを見て、鼻で笑い飛ばした。
「これは副団長。どうもこうも、我が領地に忍び込んだ鼠退治をしていたら、まさか、副団長まで混ざって来るとは。ここは、王宮ではない。貴様が死のうが、誰一人、知る者はいない。我が領地に忍び込んだ鼠は、一掃してくれるわっ」
「ほう。この私に刃を向けるか」
「当然だ。貴様を始末しておけば、目障りな王国騎士団の柱が欠けることになる。王太子殿下とて、自分の弟を盾に取られて、動けまい」
「これ、王子殿下を愚弄した不敬罪、偽証罪、脅迫罪、暗殺未遂、王族へのまたの反逆罪。おまけに、傷害罪までも入るのですか?」
ギルバートの後ろで、実況中継ではないが、セシルが親切に説明をしてくれる。
緊張も何もあったものではなくて、ギルバートも、おかしくて笑いそうになってしまう。
「そうですか……。偽証罪は?」
「私達は、別に、領地に忍び込んでおりませんわ。ちゃんと、通行料を払って、正当に領地に入りましたもの」
「ああ、なるほど」
そんな理屈があったのか。
「それにしても、あなたは、このような場面でも、落ち着いていらっしゃるのですね」
「いえいえ。副団長様ほどではありませんわ」
そのセリフは、そっくりそのまま、セシルに返したいセリフだ。
「私がこの場に調査に来ていることを、王宮が知らないとでも?」
「それがどうしたっ! 貴様を捕まえれば、王太子殿下など、動けはしまい」
それを高らかに言い切ったフリイス公爵が、また叫び返す。
「殺せっ! 皆殺しにしろ。女と王子だけは殺すなよ。牢屋に監禁して、痛めつけてやる。この儂に逆らったらどうなるか、思い知らせてやる」
はんっと、声を張り上げた公爵の前で、最前列にいる十人程の郎党達が、剣を抜き放つ。
剣だけではなく、斧を担いでいる男もいて、全員、セシル達を値踏みするように、汚い眼差しを向けて、ギラギラと物色していた。
ギルバート達全員が、剣を抜いていた。
はあぁ……と、なぜか突然、セシルが嫌そうな溜息を吐き出すので、ギルバートが驚いて、聞き返していた。
「どうなさったのです?」
「あの男、虫唾が走るので、今すぐ刺し殺したい気分ですわ」
「そうですか。同感です」
問題ではなかったようで、ギルバートもホッとする。
「なんだか、下衆ばっかり……」
「そうですね。ご令嬢には、見苦しいものばかりお見せしてしまいまして、申し訳ありません」
「副団長様のせいではありませんので。それよりも、扉が閉鎖されてしまいましたから、援軍が中に飛び込んでくるまで、少し時間がかかってしまうかもしれませんね」
「仕方がありません」
「持ちますか?」
それ以外の方法はないのだから、本当に仕方がない。
「ご令嬢は、絶対に、手をお出しにならずに、お願いします。そうでなければ、少しの間、静かにしていてもらいますので」
そんな風に脅さなくてもいいのに。
「――わかりました」
全員が腰を低く身構えた瞬間――
突然、壁側の窓ガラスが勢いよく破壊され、何かが、素早く空を横切って行ったのだ。
シュッ――
ジュッ、ガツッ――!
勢いをつけて、縄が空を横切っていき、向こう側の壁に突き刺さっていた。
それと一緒に、割れた窓を更に破壊して――誰かが飛び込んできたのだ。
縄の上に木の棒のようなものを渡して、その縄を伝って、誰かが滑り落ちて来た。
ドンッ――
その一人が着地すると、もう一本の縄から滑り落ちて来た一人が着地する。
次々に着地していく黒い塊が、郎党達とセシル達の間に割り込んできたのだ。
「おおっ、着地するまで、縄が持ったぜ」
「やったっ!」
「これ、失敗してたら、大恥ものだよね」
などと軽口を叩き合っている黒い塊を見て、ギルバートの瞳が、微かに見開かれていた。
「――5人?!」
それで、真っ黒なマントを被り、真っ黒なフードを下ろし、真っ黒な覆面で顔半分を覆っている五人が、ちょっとだけ後ろを振り返る。
「マスター、ご無事ですか」
「ええ、問題ありません」
「一応、時間稼ぎの為に、参上しました」
「ありがとう。丁度良いタイミングでしたよ」
その言葉を聞いて嬉しそうな顔をした子供達が、全員、マントの下から、武器を抜き放った。
二人は剣で、一人は剣を持ちながらも、なにか、鎖のついた鉄の丸い球を持っていて、それに火をつけていく。
見ると、祭壇側に数十人の護衛を引き連れ、貴族らしい派手な格好をした白髪の男が、立っていたのだ。
どうやら、護衛が持っていたロウソクに火を灯したおかげで、壁側に置かれているロウソクの灯りで、室内がかなり明るくなっていた。
そして、仁王立ちしているように見えないでもない男が、入り口側にいるセシル達を見つけ、その口がゆっくりと曲げられる。
ふっ、はははっ、はははっ――と、高らかな笑いが響き渡り、数十人の私営の騎士達に護られて、祭壇の上に立っているフリイス公爵が、煌々とした目を向けて、完全にセシル達を見下していた。
「見たかっ! これで、もう逃げ場所はないな。今まで、散々、逃げ回りおって。うっとおしい鼠がっ」
ふっ、はははははっと、完全に勝ち誇ったような高笑いが、また響き渡る。
「もしかしなくても、あの中央にいるのが、公爵ですか?」
「そうです」
「老獪、という割には、ものすごいバカな男にしか見えませんが」
その形容に、ギルバートも笑いかけたように、口をすぼめる。
ギルバートがあの老獪と宮廷で会う時には、フリイス公爵は、いつも瞳を細めたような顔をして、それで、にやにやと、笑ってもいない、嫌らしい冷笑だけを口に浮かべているような男だった。
何かにつけて、国王陛下の政策を邪魔し、王太子殿下が作った王国騎士団を見下し、嫌味を言っているような、それでも、隙を見せないような男のように見えた。
だが、セシルの言葉ではないが、今の公爵を見る限りでは、“バカな男” 以外の何者にも見えない。
ここしばらくの失態振り、エリングボー伯爵の陰謀計画が滅茶苦茶になった時点で、自分に差し迫る王太子殿下の脅威。
“公爵”と言う、貴族社会で誰よりも一番高位である立場なのに、今は、全く自分の思い通りに事が進まない。事が運ばない。
癇癪を投げ飛ばし、大荒れに荒れていたらしいから、すでに、負け戦で、正気は失っているのだろう。
この機を逃せば、自分には破滅の道しか残されていない――とでも、やっと気が付いたのか。
「どうやら、あなたの読みが当たったようですね」
「そのようですわね。あの手の男って、普段は、威張り散らすだけ威張り散らし、失態も挫折も知らないような、天下無敵の存在だと思い込みがちなんですのよね」
「ああ、なるほど。それなら、全ての計画がオジャンで、悪報ばかりで、何一つ挽回の兆しが見えない。自分の首が絞められているのを、ヒシヒシと、身を以て感じていることでしょう」
「この程度のお灸を据えるだけでは、全然、足りませんけれど」
「そうですか。今回は、あなたに多大なご迷惑をおかけしてしまいましたので、公爵を捕縛した際には、あなたの剣で、公爵を殴りつけていいですよ」
「いいんですか?」
「ええ、どうぞ」
そして、そんな呑気な会話をあっさりとしている、ギルバートとセシルだ。
セシルを背に庇いながら、ギルバートが祭壇にいるフリイス公爵に向かって、鋭く睨め付ける。
「フリイス公爵、これは、一体、どういう所在か!?」
ふんっと、フリイス公爵がギルバートを見て、鼻で笑い飛ばした。
「これは副団長。どうもこうも、我が領地に忍び込んだ鼠退治をしていたら、まさか、副団長まで混ざって来るとは。ここは、王宮ではない。貴様が死のうが、誰一人、知る者はいない。我が領地に忍び込んだ鼠は、一掃してくれるわっ」
「ほう。この私に刃を向けるか」
「当然だ。貴様を始末しておけば、目障りな王国騎士団の柱が欠けることになる。王太子殿下とて、自分の弟を盾に取られて、動けまい」
「これ、王子殿下を愚弄した不敬罪、偽証罪、脅迫罪、暗殺未遂、王族へのまたの反逆罪。おまけに、傷害罪までも入るのですか?」
ギルバートの後ろで、実況中継ではないが、セシルが親切に説明をしてくれる。
緊張も何もあったものではなくて、ギルバートも、おかしくて笑いそうになってしまう。
「そうですか……。偽証罪は?」
「私達は、別に、領地に忍び込んでおりませんわ。ちゃんと、通行料を払って、正当に領地に入りましたもの」
「ああ、なるほど」
そんな理屈があったのか。
「それにしても、あなたは、このような場面でも、落ち着いていらっしゃるのですね」
「いえいえ。副団長様ほどではありませんわ」
そのセリフは、そっくりそのまま、セシルに返したいセリフだ。
「私がこの場に調査に来ていることを、王宮が知らないとでも?」
「それがどうしたっ! 貴様を捕まえれば、王太子殿下など、動けはしまい」
それを高らかに言い切ったフリイス公爵が、また叫び返す。
「殺せっ! 皆殺しにしろ。女と王子だけは殺すなよ。牢屋に監禁して、痛めつけてやる。この儂に逆らったらどうなるか、思い知らせてやる」
はんっと、声を張り上げた公爵の前で、最前列にいる十人程の郎党達が、剣を抜き放つ。
剣だけではなく、斧を担いでいる男もいて、全員、セシル達を値踏みするように、汚い眼差しを向けて、ギラギラと物色していた。
ギルバート達全員が、剣を抜いていた。
はあぁ……と、なぜか突然、セシルが嫌そうな溜息を吐き出すので、ギルバートが驚いて、聞き返していた。
「どうなさったのです?」
「あの男、虫唾が走るので、今すぐ刺し殺したい気分ですわ」
「そうですか。同感です」
問題ではなかったようで、ギルバートもホッとする。
「なんだか、下衆ばっかり……」
「そうですね。ご令嬢には、見苦しいものばかりお見せしてしまいまして、申し訳ありません」
「副団長様のせいではありませんので。それよりも、扉が閉鎖されてしまいましたから、援軍が中に飛び込んでくるまで、少し時間がかかってしまうかもしれませんね」
「仕方がありません」
「持ちますか?」
それ以外の方法はないのだから、本当に仕方がない。
「ご令嬢は、絶対に、手をお出しにならずに、お願いします。そうでなければ、少しの間、静かにしていてもらいますので」
そんな風に脅さなくてもいいのに。
「――わかりました」
全員が腰を低く身構えた瞬間――
突然、壁側の窓ガラスが勢いよく破壊され、何かが、素早く空を横切って行ったのだ。
シュッ――
ジュッ、ガツッ――!
勢いをつけて、縄が空を横切っていき、向こう側の壁に突き刺さっていた。
それと一緒に、割れた窓を更に破壊して――誰かが飛び込んできたのだ。
縄の上に木の棒のようなものを渡して、その縄を伝って、誰かが滑り落ちて来た。
ドンッ――
その一人が着地すると、もう一本の縄から滑り落ちて来た一人が着地する。
次々に着地していく黒い塊が、郎党達とセシル達の間に割り込んできたのだ。
「おおっ、着地するまで、縄が持ったぜ」
「やったっ!」
「これ、失敗してたら、大恥ものだよね」
などと軽口を叩き合っている黒い塊を見て、ギルバートの瞳が、微かに見開かれていた。
「――5人?!」
それで、真っ黒なマントを被り、真っ黒なフードを下ろし、真っ黒な覆面で顔半分を覆っている五人が、ちょっとだけ後ろを振り返る。
「マスター、ご無事ですか」
「ええ、問題ありません」
「一応、時間稼ぎの為に、参上しました」
「ありがとう。丁度良いタイミングでしたよ」
その言葉を聞いて嬉しそうな顔をした子供達が、全員、マントの下から、武器を抜き放った。
二人は剣で、一人は剣を持ちながらも、なにか、鎖のついた鉄の丸い球を持っていて、それに火をつけていく。