奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「な、なんだっ、貴様らは――?! 邪魔をしおって。こちらもまとめて、殺せっ。殺せっ」
「うるせージジイだな」
「なんだよ、あいつ」

 子供達からは、すぐに侮蔑交じりの文句が上がる。

「無礼なっ。殺せっ! 殺せっ」
「うるせーよ。テメーの方こそ、逃げ道なんかないんだからな」

「出入口は、全部、塞いでいるんだぜ」
「逃げられないのは、テメーの方だぜ」

「うるさい、この(ねずみ)がっ!」
「腐ってんのは、テメーだろーが」

 ついつい、昔の汚い言葉遣いに戻ってしまっている子供達だったが、この切羽詰まった状況でも、全く怯えた様子はなかった。

「マスター、こいつですか?」
「そうです。私を牢屋に監禁して、痛めつけるそうです」
「なんですって!?」

 それで、一瞬だけ全員がセシルを振り返り、またすぐに、敵意むき出しで、フリイス公爵に向き直る。

「あいつ、死罪決定」
「当然」
「滅多滅多にしていいですか?」

 セシルは、ギルバートの後ろから、少しだけ顔を出すようにして、
「ええ、どうぞ。すっぱり清算しましょう。跡形もなく、ねえ?」
「わかりましたっ」

 子供達の顔が、嬉々として、(ほころ)んでいく。

 今回は、何の制限もなく、子供達の好き(勝手) にしていい、とのお許しまで出ているのだ。

 もう、これは、大暴れして滅茶苦茶にしろ、と言われてるも同然(いえ……、そこまでとは言っていませんよ)。

 それから、嬉々とした顔をしている子供達が、(あまりに) 不敵な笑みを、口元に浮かべる。

 世にも悪そうな意地悪な目を爛々(らんらん)と輝かせ、すでに、悪巧(わるだく)みが頭の中で形成しは始めている様子なのは、全く疑いようもない。

「手加減は、無用?」
「そうですね」

勧善懲悪(かんぜんちょうあく)、ですか?」
「ええ、そうですね」

「ああぁっ、残念っ! もっと仕掛けを作ってくれば良かったっ!」

 そして、ケルトとハンスの二人は、この場で、ものすごく残念がっている。

 緊張感もなにもなくて、本当に、頼りになる子供達ですけれど、ねえ……。

 セシルの独白を知ってか知らずか、子供達は、すでに、全員、戦闘態勢完了である。

α(アルファ)が扉を蹴破(けやぶ)ってくるまでは仕方がないけど、その後は、雑魚(ざこ)なんか相手にする必要ないよ。狙うは、あの男一人」
「「了解っ」」

「絶対に、取り逃がすんじゃないよ」
「「もちろん」」

 クルリと、子供達が、いきなりギルバート達を振り返った。
 全身黒ずくめで、黒い覆面で隠れた顔からは、その目だけしか見えない。

「あんたらさ、俺達の邪魔しないでくれる?」
「そう。だから、そこらの雑魚(ざこ)よろしく」

 ギルバート達は、王国騎士団の騎士だ。

 その騎士に向かって、この言い様!

 信じられない尊大な子供達だ。

 一瞬、ギルバートもクリストフも、憤慨するよりも、唖然として、あまりに信じられない発言をする子供達を凝視した。

 一人の子供が剣を(さや)に収め直し、突然、壁側に走って行ったのだ。

 突然、割り込んで来た子供達に驚き、郎党達だって、慎重に子供達の動向を見やっている。

 その子供が壁を強く叩き打つと、その壁が外れ、中から大きな筒を取り出していた。

「チリペッパー噴射っ!」

 即席ではあるが、木で作った噴射型水鉄砲だ。
 その中には、水で溶かしたチリペッパーが山ほど。

 真っ赤な(かなり気味悪い血の色の)液体が噴射され、それをモロ受けてしまった前側の郎党達の顔が、真っ赤に染まった。

「なっ、なんだこれっ――!」
「ふざけんなっ……!」

 すぐにいきり立った男達だったが、グイッと、乱暴に顔や目をこすった――反動で、ものすごい叫び声を上げて、顔を覆ってしまったのだ。

 それは、そうでしょう。

 ()みるでしょう、それ。

 もう、ヒリヒリ、ヒリヒリ、涙がちょちょぎれるほどに、おまけに、ジンジンと目が開けられないほどに。

 水噴射は一度きりなので、ポイっと、それを横に投げ捨てたハンスは、次の武器を手に取る。
 大きな布に包まれた何かを、ブンブンと、勢いよく振り回し、郎党達の方に投げつける。

「マキビシ攻撃っ!」

 いや、まきびしとなるのは(ひし)の実だ。だが、この近辺では、(ひし)の実はなっていない。

 幸運なことに、(ひし)の実の代わりとなる、アザミは咲いていたのだ。
 だから、今回は、トゲトゲがあり、刺がきつく、硬いアザミで代用である。

 そして、「まきびし」 などという概念は、もちろん、この世界には存在しない。全て、セシルが教えた前世の知識(悪知恵) である。

「うぉっ――いたっ……!」
「――いてっ……ぁあっ――!!」

 攻撃力は低いが、それでも、直接、顔や頭にトゲトゲが当たり、郎党共の陣営が痛さに顔を歪め、総崩れである。

「よしっ。(たる)転がしっ!」

 ケルトが素早く壁側に駆けていき、なぜか、壁に垂れている縄を、ナイフでブチ切った。

 ブツッ、ブツ、ブツッ!

 それと同時に、天井から、ゴロゴロ、ゴロゴロ、ゴロゴロ――と、なんだか、あまりに怪しげな轟音が響いて、次の瞬間に、大きな酒樽が、天井に近い木枠から転がり落ちて来たのだ!

 酒樽一杯に詰め込んだ水の重さのまま、酒樽が床に落下し、その真下にいた郎党達に直撃する。

 酒樽も、数はない。四個が限界だった。

 なにしろ、重くて、重くて、運ぶのに一苦労したのだ。

 それで、その下敷きになった郎党共が――多分、即死だったのだろう……。

「全員、構え」

 フィロが叫ぶと同時に、五人全員が、ボーガンを取り上げた。

「一斉攻撃っ」

 シュッ――
 シュッ――

 五人のボーガンから一斉に矢が放たれ、まだ立っている郎党目掛けて、直撃である。

 直撃はしたが、致命傷ではない者もいた。
 それでも、十人ほどいた郎党達は、全滅に近い。

 そして、戦闘――というよりも、なにか、あまりにハチャメチャな状況になってしまったその場で、イシュトールとユーリカも、少々、微苦笑が禁じ得ない。

「いやあ、今日は張り切っていること……」
「本当に……」

 なにしろ、今回は、セシルから、好きにしていい、などと制限なしのお許しがでたものだから、大暴れしまくっている子供達を止められる者など、この場には、誰一人としていない。

 その緊張感もなにもない、あまりにハチャメチャな光景を見て、ギルバートとクリストフも、二人揃って、本能的に悟ったことがある。

 今、あの子供達には、近寄るべからず……。

ε(イプシロン)、あっちのしつこい男を片づけて来て。子供達の邪魔になるでしょうから……」

 もうすでに、子供達に注意することを諦めているセシルが、(少々ゲンナリとして) そう指示を出す。

「わかりました」

 ユーリカがすぐに動いて、ケルトとジャンの二人がかりで相手にしていた太った男の場所に駆けていく。

 ケルトとジャンが、一瞬、後ろに飛びのいた隙を突いて、ユーリカが男を斬り上げていた。

「――ぐっが……あっ……!」
「私がこの男の相手をするから、君達は行っていいよ」
「「ありがとうございますっ」」

 ジャンとケルトの二人が、すぐにその場を飛びのいていた。

「……くそっ……!」

 男は横腹を斬られ、それでも、鎧代わりに皮当てがあり、傷口はそれほど深くない。
 怒りの形相露わに、顔を紅潮させた太った男が、ユーリカを睨みつける。

「……きさまっ!」
「知るか」

 ユーリカの方だって、こんな男の言い分を聞いてやる(いわ)れはない。

 男が大振りに剣を振り上げた隙に、次の一撃を与える。

 ガツッ――
 ガガっ――

 咄嗟に庇った剣がぶつかり合い、太った男の剣が、ユーリカに向かって振り落とされる。

 ガシャンっ――!!
 グシャ、グワッガラガラ――!!

 突然、背後の入り口付近で轟音(ごうおん)が鳴り響き、ギルバート達が警戒して、パっと、入り口側を振り返った。

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