奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *


 昨夜、夜も更けて、王宮に戻って来たセシル達は、また、あてがわれた客室に戻っていた。

 ギルバート達は、今回の捕り物での事後報告などがあるようで、その後も忙しく働いていたようだが、セシルには、もう一切、関係ないことだ。

 翌朝、朝食の時間を過ぎてすぐに、セシルは王太子殿下を呼び出して、それで、王太子殿下の私室に呼ばれていた。

「では、今回の報酬として、人員費1,260アルジェンティ。傭兵の一日の標準報酬額を、10アルジェンティと考えて、9人で14日分。追加の傭兵の支払いで、60アルジェンティ。情報提供料が、200アルジェンティ。宿泊費用140アルジェンティ、食費700アイリス、武器調達諸々の雑貨費用は、それぞれ、この明細書に記載されています」

 トンと、テーブルの上に書類を置いたセシルの指が、テーブルを叩く。

 なんだか、これ――以前にも見た光景だ。

 無意識に、アルデーラの眉間が、微かにだけ寄せられている。

「合計、3,423アルジェンティと10アイリス。10アイリスは小銭になりますので、3,423アルジェンティ、または、342アオラムと3アルジェンティで、手を打ちましょう。どうぞ」

 普段と全く変わらないスピードで、スラスラ、ペラペラと、ナンバーが羅列され、それで、スッと、指だけで明細書をテーブルの上で滑らせたセシルから、アルデーラの前に書類が出された。

 その書類を手に取ったアルデーラの顔がしかめられる。

 “出費明細書”との題目が提示する通りに、その書類には、ビッシリと、セシルが口頭した通り、今回で使われた出費額と、その明細が記されていたのだ。

 おまけに、日付毎の出費が、ビッシリと、羅列されているのだ。

 しっかり金だけ払い、それで、プラマイゼロだ、とでも突きつけられているかのようである。

 金銭だけの関係で、それが清算されれば、これから、一切、関わり合いのない赤の他人だと、完全に、アトレシア大王国など相手にしていない。

 さっさと縁を切って、お互いに忘れましょう、と鼻で笑い飛ばされていると思っても、絶対に間違いではなかった。

 きっぱり、すっぱり、清算です。これに尽きますね。

 この時代の基準で行くと、傭兵の標準報酬額は、年間で、約3,600アルジェンティ程である。

 1アルジェンティは30アイリスで、要は、昔の日本で言えば、アイリスが青銅貨、アルジェンティが銀貨、アオラムが純金貨と考えれば良いだろう。

 だから、今回の陰謀事件で使用された費用は、かなり高額な部類にも入るかもしれない。二週間ほどで、傭兵一人分の年間の報酬、または、給金に近い額を出費したことになる。

 だが、セシルの精鋭部隊が、あの事件後、あまりに敏速に行動していたおかげで、貴重な情報を入手できたし、そして、その指揮を取っているセシルがいたから、アトレシア大王国は、セシルの精鋭部隊達を使うことができたのだ。

 事件後、アトレシア大王国の王宮で拘束された日数まで、ちゃっかり、出費としていれているセシルに文句を言うべきなのか、アルデーラだって、更なる頭痛がしてきそうだった。

「300アオラム、423アルジェンティ。そして、10アイリス」
「いいでしょう」

 それで、契約終了の報酬は、決まったようだった。

 アルデーラのすぐ後ろで控えている第一騎士団の団長と、ギルバートの二人だって、あまりに事務的に、あたかも傭兵の仕事を終えたかのような処理に、気味悪そうな目を向けている。

 貴族の令嬢であるはずなのに、一体、なんなんだ、この令嬢は……と。

「では、サインを」

 目の前に羽ペンを出され、アルデーラが更に顔をしかめる。
 嫌そうな顔を隠さず、アルデーラが乱暴に書類にサインをしていく。

「もう一枚にも」

 二つの書類を渡されて、サッと、目を通したアルデーラだって、その二つの書類が写しであるのを理解していた。

 二つ分の同じ書類をサインさせるなど、一体、どこまで慎重なのだろうか。
 どうせ、一枚はアルデーラのコピーで、そして、もう一枚は、セシルのコピーで持ち帰るのだろう。

 さっさとサインし終わり、アルデーラは、無言で、机の上の一枚の書類を、セシルの方に押し付けた。

 セシルは何も言わず、その書類を取り上げる。

「では、支払いが済み次第、私達は王国を出ますので。後を()けてくるようでしたら、国境を越えてどうなるかは、保証できませんが」

 国境を越えたら、ノーウッド王国である。

 自国に戻ったその先で、もし、アルデーラがセシル達を尾行させるのに、手の者を送り付けたのなら――その身の安全は保障しないぞ、などと脅してくるなど、本当に腹の立つ令嬢だ。

 要は、これ以上セシルに関わって来るなと、()()アルデーラに言いつけていることに違いないのだ!

 それからすぐに、アルデーラの命で、要求された全額が用意され、それを(きちんと) 確認したセシルだった。

「では」

 それだけである。
 礼をするでもなし、挨拶をするでもなし。

 ただ、その一言だけである!

 そして、護衛の騎士達を連れ、セシルは、アルデーラの私室からさっさと立ち去っていた。

 残されたのは、微かに苛立ちを見せているアルデーラと、唖然としている第一騎士団の団長と、ギルバートだけだった。

「――――なんだか……、嵐のようなご令嬢、でしたね……」

 どう反応してよいのか戸惑っているギルバートが、控えめに、そんなことを呟いていた。

 だが、アルデーラは眉間を揺らしただけで、ノーコメント。

 第一騎士団の団長は、更に疲れたように、長い溜息(ためいき)を吐き出していたのだった。

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