奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「ああ、これでやっと、これも必要なくなったわね」
それを口にして、セシルは自分の髪の毛に手を伸ばしていた。
そして、邪魔くさそうに――その髪の毛を引っ張り上げたのだ。
その髪の毛が、あっさりとセシルの頭から抜けて――そして、しっかりと、セシルの頭に巻かれている布が目に入って来る。
セシルは、その布も邪魔くさそうに、クルクルと外していた。
ふぁさ――暑苦しい鬘を取って、巻き布も省いて、セシルは髪の毛をほぐすように、頭を左右に振る。
そして、銀髪の長い髪の毛が、ふぁさ、ふぁさ、と肩に降りていた。
長い前髪に隠れて全く見えなかった顔から、シリルと同じような深い藍の瞳が姿を出す。
大きな丸い瞳をかたどる銀色の睫毛から落ちる影が優しく、小さな顔にかかる銀髪がきらきらと揺れ、口紅をつけていなくても、微かにだけ濡れたような唇がほんのりと紅く色づいている。
鬘を取り、その変装を解いたセシルは――息を呑むほど儚げな様相の、麗しの美少女だったのだ。
儚げな様相が美しく、それなのに、強い意志を現した深い藍の瞳が強く、とても対照的だった。
「鬘も変装も、本当に、邪魔でしたわ」
「姉上、お疲れさまでした。本当に朗報です。おめでとうございます」
「ありがとう、シリル。私も……、今は一安心しています」
「ええ、そうでしょう」
まだ嬉しそうな笑みを浮かべたまま、シリルが、セシルの後ろで静かに控えている付き人のフィロに視線を向けた。
「フィロもお疲れ様」
「ありがとうございます、ヤングマスター」
「卒業式も大変だっただろう?」
「そんなことはありません」
「じゃあ、姉上はどうだった? 大変なことになっていなかった?」
「まあ、シリルったら。そんなに心配することはありませんよ」
「そうかもしれませんが……」
このセシルなら――きっと失敗せずに、婚約解消を勝ち取ってくるだろう、とはシリルも信じていた。
それでも、大事な、大事な姉の心配をせずにはいられないのだ。
「大事にはいたりませんでした。むしろ――」
それを言いかけたフィロが、なにか悪巧みを画策しているような――意地悪そうな顔をみせ、少し瞳を細めていく。
「むしろ、なんだい、フィロ?」
「マスターは、相手に、一切、反撃に転じる余地も与えず、スッパリと、キッパリと、見事! ――というまでの完璧さで、コテンパンに、あのバカ侯爵家の息子を斬り落としました。もう二度と浮上できないように、徹底して打ちのめしましたからね」
「おぉ……!」 と、その話を聞いて、シリルの瞳が輝いていく。
「もう、フィロは大袈裟ですね」
「いいえ、大袈裟ではありません」
「フィロ、その話を聞かせてよ。委細漏らさず、全部、詳細にだよ」
「もちろんです、ヤングマスター」
「じゃあ、トムソーヤとアーシュリンにも聞かせてあげよう。二人とも、とても心配していたからね。それに、アーシュリンなんて、今朝から心配のし過ぎで、部屋中をウロウロし過ぎで、オルガに何度も叱られていたくらいだから」
「あらあら。そんなに心配する必要はないのにね」
「皆、心配していたのです」
「ですが、今日で終わりましたわ。正式に、公式に、私は婚約解消されましたから」
「ええ、そうですね。本当におめでとうございます」
そして、セシルを囲んで、シリル達が屋敷の中に足を進める。
「旦那様、今夜はセシルさんの卒業祝い(兼、婚約解消祝い!) をすべきですわ。盛大に」
「ああ、そうだね。今すぐその準備をさせよう」
セシル達が仲良く部屋に戻っていく後ろ姿を微笑まし気に見送りながら、まだ喜びが隠せないレイナの提案に、夫のリチャードソンも、いそいそと屋敷の奥に戻りだした。
その足並みが、軽やかに(スキップしているかのように)進んでいたのは、言うまでもない。
「セシル」
ノックと共に私室の扉が開いて、父のリチャードソンが顔を出した。
部屋の中央で立っていたセシルの姿を認めて、足を進めながら、リチャードソンが眩しそうに、嬉しそうに、瞳を細め、その顔がとろけていく。
「ああ……、セシル、とてもきれいだね」
「ありがとうございます、お父様」
今夜はセシルの卒業記念と、“婚約解消”記念を祝って、家族だけなのだが、盛大なお祝いの晩餐会を開くらしい。
急なお祝い事なのに、屋敷の使用人たちは(調理場のシェフも含め)、今夜の晩餐会の準備を大張り切りでしている。
それで、軽く湯浴みを済まし、晩餐会の準備に、セシルも正装のドレスに着替えていた。
今まで、鬘と変装が常だったセシルは、あの――少々、野暮ったい、色気も何もない、おまけに飾り気も何もない、地味な紺色のドレスばかりを着ていた。
セシルは、王国内でも稀に見ぬほどの麗しで儚げな美少女である(屋敷の使用人が張り切って断言している)。
ドレスを着て、宝飾やアクセサリーなどを身に着けたのなら、きっと、溜息がでそうなほどの可憐で、美しい女性に見えること間違いなし!(――このエクスクラメーションマークは、屋敷の使用人 プラス セシルの身内全員からお墨付き) というほどの、美しい令嬢なのだ。
だが、存在感もほとんどなく、いや、全くなく、目立たぬよう、誰にも知られぬよう、鬘と変装で窮屈な生活を強いられてきたセシルは、滅多なことでは、正装などのドレスを着こまない。
デビュタントの時だって、侍女達があまりに残念がるほどの――あまりにシンプルで、美しくもなんともないドレスを着ていただけだった。
それで、今夜は、正式な婚約解消が決まった記念すべき夜なので、侍女達だって大張り切りで、今までほとんど役にも立たなかった、使用もされなかったドレッシングルームで、セシルのドレス選びを(満喫) したのだった。
セシルは、この時代流行っているフリルのたくさんついたドレスや、コルセットを締め(つけ)て腰を細く見せるようなドレスも、クリノリンを仕込んで大きく広がったドレスも――実はあまり好きではない。
個人的には興味もない。
それを口にして、セシルは自分の髪の毛に手を伸ばしていた。
そして、邪魔くさそうに――その髪の毛を引っ張り上げたのだ。
その髪の毛が、あっさりとセシルの頭から抜けて――そして、しっかりと、セシルの頭に巻かれている布が目に入って来る。
セシルは、その布も邪魔くさそうに、クルクルと外していた。
ふぁさ――暑苦しい鬘を取って、巻き布も省いて、セシルは髪の毛をほぐすように、頭を左右に振る。
そして、銀髪の長い髪の毛が、ふぁさ、ふぁさ、と肩に降りていた。
長い前髪に隠れて全く見えなかった顔から、シリルと同じような深い藍の瞳が姿を出す。
大きな丸い瞳をかたどる銀色の睫毛から落ちる影が優しく、小さな顔にかかる銀髪がきらきらと揺れ、口紅をつけていなくても、微かにだけ濡れたような唇がほんのりと紅く色づいている。
鬘を取り、その変装を解いたセシルは――息を呑むほど儚げな様相の、麗しの美少女だったのだ。
儚げな様相が美しく、それなのに、強い意志を現した深い藍の瞳が強く、とても対照的だった。
「鬘も変装も、本当に、邪魔でしたわ」
「姉上、お疲れさまでした。本当に朗報です。おめでとうございます」
「ありがとう、シリル。私も……、今は一安心しています」
「ええ、そうでしょう」
まだ嬉しそうな笑みを浮かべたまま、シリルが、セシルの後ろで静かに控えている付き人のフィロに視線を向けた。
「フィロもお疲れ様」
「ありがとうございます、ヤングマスター」
「卒業式も大変だっただろう?」
「そんなことはありません」
「じゃあ、姉上はどうだった? 大変なことになっていなかった?」
「まあ、シリルったら。そんなに心配することはありませんよ」
「そうかもしれませんが……」
このセシルなら――きっと失敗せずに、婚約解消を勝ち取ってくるだろう、とはシリルも信じていた。
それでも、大事な、大事な姉の心配をせずにはいられないのだ。
「大事にはいたりませんでした。むしろ――」
それを言いかけたフィロが、なにか悪巧みを画策しているような――意地悪そうな顔をみせ、少し瞳を細めていく。
「むしろ、なんだい、フィロ?」
「マスターは、相手に、一切、反撃に転じる余地も与えず、スッパリと、キッパリと、見事! ――というまでの完璧さで、コテンパンに、あのバカ侯爵家の息子を斬り落としました。もう二度と浮上できないように、徹底して打ちのめしましたからね」
「おぉ……!」 と、その話を聞いて、シリルの瞳が輝いていく。
「もう、フィロは大袈裟ですね」
「いいえ、大袈裟ではありません」
「フィロ、その話を聞かせてよ。委細漏らさず、全部、詳細にだよ」
「もちろんです、ヤングマスター」
「じゃあ、トムソーヤとアーシュリンにも聞かせてあげよう。二人とも、とても心配していたからね。それに、アーシュリンなんて、今朝から心配のし過ぎで、部屋中をウロウロし過ぎで、オルガに何度も叱られていたくらいだから」
「あらあら。そんなに心配する必要はないのにね」
「皆、心配していたのです」
「ですが、今日で終わりましたわ。正式に、公式に、私は婚約解消されましたから」
「ええ、そうですね。本当におめでとうございます」
そして、セシルを囲んで、シリル達が屋敷の中に足を進める。
「旦那様、今夜はセシルさんの卒業祝い(兼、婚約解消祝い!) をすべきですわ。盛大に」
「ああ、そうだね。今すぐその準備をさせよう」
セシル達が仲良く部屋に戻っていく後ろ姿を微笑まし気に見送りながら、まだ喜びが隠せないレイナの提案に、夫のリチャードソンも、いそいそと屋敷の奥に戻りだした。
その足並みが、軽やかに(スキップしているかのように)進んでいたのは、言うまでもない。
「セシル」
ノックと共に私室の扉が開いて、父のリチャードソンが顔を出した。
部屋の中央で立っていたセシルの姿を認めて、足を進めながら、リチャードソンが眩しそうに、嬉しそうに、瞳を細め、その顔がとろけていく。
「ああ……、セシル、とてもきれいだね」
「ありがとうございます、お父様」
今夜はセシルの卒業記念と、“婚約解消”記念を祝って、家族だけなのだが、盛大なお祝いの晩餐会を開くらしい。
急なお祝い事なのに、屋敷の使用人たちは(調理場のシェフも含め)、今夜の晩餐会の準備を大張り切りでしている。
それで、軽く湯浴みを済まし、晩餐会の準備に、セシルも正装のドレスに着替えていた。
今まで、鬘と変装が常だったセシルは、あの――少々、野暮ったい、色気も何もない、おまけに飾り気も何もない、地味な紺色のドレスばかりを着ていた。
セシルは、王国内でも稀に見ぬほどの麗しで儚げな美少女である(屋敷の使用人が張り切って断言している)。
ドレスを着て、宝飾やアクセサリーなどを身に着けたのなら、きっと、溜息がでそうなほどの可憐で、美しい女性に見えること間違いなし!(――このエクスクラメーションマークは、屋敷の使用人 プラス セシルの身内全員からお墨付き) というほどの、美しい令嬢なのだ。
だが、存在感もほとんどなく、いや、全くなく、目立たぬよう、誰にも知られぬよう、鬘と変装で窮屈な生活を強いられてきたセシルは、滅多なことでは、正装などのドレスを着こまない。
デビュタントの時だって、侍女達があまりに残念がるほどの――あまりにシンプルで、美しくもなんともないドレスを着ていただけだった。
それで、今夜は、正式な婚約解消が決まった記念すべき夜なので、侍女達だって大張り切りで、今までほとんど役にも立たなかった、使用もされなかったドレッシングルームで、セシルのドレス選びを(満喫) したのだった。
セシルは、この時代流行っているフリルのたくさんついたドレスや、コルセットを締め(つけ)て腰を細く見せるようなドレスも、クリノリンを仕込んで大きく広がったドレスも――実はあまり好きではない。
個人的には興味もない。