奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「――“しょくちゅう毒”とは、腹を下すことのように、話されていましたが?」

 ギルバートの隣で、つい、セシルの説明を一緒になって聞いていたクリストフが、こそっと、ギルバートに話しかけてきた。

「確かに、そのようだと、話されていた。そういう病名なのだろうか?」

 セシルの説明はとても的確で、要点が明確で、おまけに、なぜ注意点が必要なのか、その理由と説明が詳細で、聞いているだけなのに、


「ああ、なるほど」


と、つい聞き入ってしまう話し方なのだ。

「衛生管理をしっかりとしなければ、また、“しょくちゅう毒”という症状が、出るようですねえ」
「そのようだ」

 セシルに付き添ってきたギルバート達だったが、なんだか、知らぬ場で、今日は――食品・衛生管理の為になる話を、(タダで) 聞かせてもらった感じだ。

 ギルバート達は、セシルに付き添って、勉強しに来たわけではなかったのだが、なるほど、と納得しながら、(ついつい) セシルの説明を、全部、聞いてしまっていたギルバート達だった。

 全部の注意点の説明が終わり、セシルは、並んでいる領民に向かって質問を始める。

 こう言った状況では、どう対応しますか?
 では、混雑して、行列ができている時に、こんなアクシデントが起き、どう対応しますか?
 食材が足りなくなり、追加分を取りに戻る時には、どうしますか?

 それぞれの質問が的を得ていて、質問を投げられた領民達だって、真剣にその答えを返答し合っている。

「では、今日の注意点を、常にしっかりと頭に入れ、混雑した時でも、パニックに陥らないよう、冷静を心がけてください。豊穣祭前日にも、もう一度、注意点の再確認をします。その時は、全員から、注意点を上げてもらいます」

「わかりました」

 なんだか、領民達の間からも緊張感が漂い、顔が引き締まっている。

「では、手伝い係りや子供達にも、今日、復習した注意点を、しっかりと説明しておいて下さいね。何度も繰り返しますが、食品を扱うお店では、ほんの些細なミステイクで、壊滅的なダメージを与えることもあります。領地の、豊穣祭の評判も、そのたった一つのミステイクで、多大な影響がでてきますから」

「わかりました」

 それで、締めが終わったようだった。

 頭を下げる領民達を残し、セシルが馬を引いて、その広場を去って行く。
 そのまま、やって来た裏通りで馬に乗り上げ、また、走り出した。

 そして、今度はずっと奥の、反対側の領境(りょうざかい)にやって来たようだった。

 その場でも、騎士達が領門で検問をしていたり、他の作業員のような領民達が、(くい)を打ったりと、大忙しである。

 セシルがやって来ると、作業をしていた領民達が頭を下げ、セシルの元に集まって来た。

 そこでは、今度は、作業中の注意点が繰り返され、作業の進行具合、怪我防止の注意点、それから、(くい)や柵を打ち込んでいる側と、普通の領門での検問作業の区分けを指示し、次から次へと、なにか――ポンポン、ポンポンと、セシルの指示で新たな課題が終わっていく。

 無駄がなくて、考え込んでいる様子もないのに、次から次へと、ポンポン、ポンポンと、指示を出すセシルは、そのテンポが止まらない。

 だからと言って、早口でもない。
 きちんと、説明が聞きやすいトーンで、説明内容もあまりに明確だ。

 その場での確認は、一時間ほど。

 また馬に乗って、次の場所に。
 そこでは、三十分程の確認を。

 今度は、通行門をくぐって、裏通りを軽快に走り去りながら、どこかの建物の前までやって来ていた。
 建物のすぐ前に、二人の騎士がセシルを待っていた。

「マスター」

 セシルがやって来ると、若い二人の騎士が一礼をする。

「夕食をお持ち致しました」
「あら、それは、わざわざありがとう」

 その建物の前には、馬を繋ぐ為の柵ができていて、セシルは自分の馬を繋いでいく。

 セシルがギルバート達を振り返り、
「もう、そろそろ夕食の時間になってしまいましたので、ここで、一息つきたいと思います」
「そうですか。わかりました」

「こちらに夕食を用意してあります。お行儀悪くてすみませんが、皆様も、立ったまま、食べてくださいね。テーブルを出すことができませんので。申し訳ありません」
「いえ――」

 野外での訓練では、外で食事をすることがある。煮炊きもする。
 だが、立ったまま食事を取るのは、初めての経験だ。

 控えている騎士のバスケットを覗き込み、セシルがおしぼりの束を取り上げた。丸く包まっているタオルが、全員の前に手渡される。

 またも、手を拭くタオルだ。
 まだほんわかとしたぬくもりが残っているが、たぶん、移動中で、少しタオルの温度が下がってしまったのだろう。

 手慣れた風に、セシルが手早く「おしぼり」 で手を拭いて、バスケットに戻していた。

 それで、セシルが隣にいる騎士のバスケットを覗き込み、中からなにかを取り上げた。どうやら、サンドイッチのようである。

 立ったままで(お行儀悪く)、セシルは気軽に、パクリ、とサンドイッチを口に含む。

 そして、視界の端で、(じーっと) セシルの動きを捕らえている王国騎士団の騎士達は、唖然として、完全に言葉なし。

 セシルは伯爵令嬢ではなかったのか?!
 貴族の令嬢が外で、それも、立ったまま、手づかみで食事を済ます所など、見たことがない!

 簡単に一口を食べ終えて、セシルは、また、バスケットの中にある大きな筒のようなものを取り出していた。

「イシュトール、蓋を開けてくれない?」
「わかりました」

 護衛の騎士に手伝ってもらい蓋を開けた筒の――どうやら中身は、飲み物だったようで、コップに注ぎこむ。

 セシルは、それも簡単に飲み干していた。

「あら? リンゴジュースにしてくれたのね。おいしいわ」
「そうですか。それは良かったです」

「私は会議に参加してきますので、二人は、皆さんの食事のサーブの手伝いをしてあげてね? きっと、遠慮なさってしまうでしょうから」
「付き添いはどうしますか?」

「すぐそこですから、いりません」
「わかりました」

「では、皆様、少しの間、失礼いたします。外で待たせてしまいまして、申し訳ありません。会議は三十分程ですので、近場のベンチにでも座って、休んでいてください」

「いえ、どうか、我々のことはお構いなく」
「わかりました」

 それで、セシルは、目の前にある建物の中に消えてしまった。

「オシボリは、バスケットの中にお願いします。こちらに食事がありますので、どうぞ」

 セシルの護衛をしていた騎士の二人が勧めてくるので、さすがに、無視するわけにもいかない。

 ギルバート達全員が、「おしぼり」 のタオルをバスケットに戻し、立ったまま、前に差し出されたバスケットの中を覗き込む。

 サンドイッチがたくさん並べられていて、ギルバートは、端から一つのサンドイッチを取り上げる。
 残りの三人も、ギルバートにならって、サンドイッチを手に取った。

 毒見は――今日は、必要ないだろう。

 モグモグと、立ったまま、(お行儀悪く) 食事を取るのは初めてだ。

 サンドイッチは摩訶不思議なものでもなく、卵が入っているものだった。塩味がきいて、中々、おいしいものである。

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