奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 ひとまず、目先の問題は片付いたので、ギルバートが少しだけ後ろを振り返る。

「私は、豊穣祭まで、ここで滞在させてもらうことになった。王太子殿下には、私から、直接、(ふみ)をだし、事情の説明をしておくつもりだ」
「わかりました」

「ただ――私一人だけが豊穣祭を満喫するのは不公平だろうから、体力が続くようであれば、そのまま引き返し戻ってきてもよい」
「よろしいのですかっ?!」

 二人の騎士が驚いて、目を輝かせる。

「構わない。他国の豊穣祭に参加させてもらえる機会など、滅多にあるものではないだろう?」
「はい」

 二人は、あまりに素直に頷いていた。なにしろ、王国の騎士団に属しているし、普段は王宮の警備や護衛を仕事としているだけに、滅多なことでは、王都から離れることだってできはしない。

 まして、それが隣国であろうと、他国に立ち寄って、そこの祭りに参加できる機会など――ほぼ皆無に近い。

「早馬で飛ばせば、行きと帰りで五日――または六日。豊穣祭の前日には、戻ってこられるだろう」

 思ってもみない休暇が舞い降りて、二人の騎士達も、密かにうれしそうだ。

「でしたら、通行書を発行した方がいいですね。豊穣祭前は、なにかと人の移動が激しい為、領地内では、通行書のない領地外の者の滞在を、禁止していますの」

「ご迷惑でなければ、お願いしても、よろしいでしょうか?」
「ええ、問題ありません」

 それで、王国から戻って来る二人の騎士も、問題なく、領地に入れてもらえるだろう。

「視察に関しては、執事のオスマンドに任せることとしましょう。今日から――うーんと……、五日ですね。豊穣祭前日辺りでは、祭りの準備で領民も忙しく、時間を割く余裕がないと思いますので、残りの数日は、少々、お相手をするのは難しいかもしれませんが――どうでしょう?」

「ありがとうございます。ご令嬢や、他の方々の迷惑にならない程度で、滞在させていただければ、それで十分です」

「いいえ、私達も、他国からの客人を迎えることは、滅多にありませんから、邸の者達も、領民も、きっと喜ぶことでしょう」

 ふふと、なんだか意味深な微笑を浮かべるセシルに、ギルバートも不思議そうである。

「皆様の視察は、元より計画されていたものではないので、その時間の調整を考えますと――タダではないのですが?」
「私のできる範囲でなら」

 そんな、タダでもらった好意を受け取るだけのギルバートではない。セシルの意図を察して、ギルバートも、その取引には反対しない。

 なにしろ、思ってもみない好意をもらったのだから。

「では、領地内の騎士の訓練を、お願いできますか?」
「それだけですか?」

 拍子抜けするほど、簡単なお願いだった。

()()()()、ではありませんよ。正規の王国騎士団の騎士の方から、訓練を受けることができるなど、早々、滅多にある機会ではありません。ですから、()()()()、ではありませんわ」

 その程度の仕事など、お手の物だ。常日頃からギルバートがしていることではないか。

「わかりました。訓練を引き受けさせていただきます」
「ありがとうございます。手は抜かなくても、結構ですのよ」

「よろしいのですか?」
「ええ、もちろん」

 にこやかに返事を返すセシルに、にこやかに相槌を返すギルバート。

 だが、そのギルバートのすぐ後ろにいたクリストフが、


「いやいや、そんな簡単に約束しちゃダメでしょ――」


と、少々、顔を引きつらせていたのは言うまでもない。

 セシルは知らないだろうが、このギルバートには、第三騎士団でも、有名なあだ名があるのだ。

 “鬼の副団長”。

 ギルバートがあまりに厳しい訓練を強いるものだから、第三騎士団で有名になっているあだ名――異名である。


* * *


 セシルは仕事が詰まっているらしく、失礼しますね、と執務室を後にしてしまったが、そのセシルと入れ替わりに、執事が部屋に入って来た。

 二人の前で、丁寧にお辞儀を済ませ、
「私は、この邸の執事を務めております、オスマンド・ベックと申します。皆様、お会いできて、とても光栄にございます。マスターより、皆様の視察を準備するようにと、言付かっております。視察のご案内の前に、何点か、ご質問させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

「ええ、構いません」
「ありがとうございます。皆様のお荷物を、お部屋に運ばせてもよろしいでしょうか?」

「部屋を用意してくれるのですか?」
「はい」

「では、お願いします」
「かしこまりました。この邸では、侍従の数が限られておりまして、皆様の世話役となるのは侍女でございますが、よろしいでしょうか?」

「問題ありません」

「かしこまりました。お食事は、どのようになさいますか? 広間、または、くつろげるダイニングでお食事なさることも可能でございますし、お部屋に食事をお運びすることもできます。マスターは、邸を離れていることが多くございますので、皆様との食事を共にすることが難しいかもしれないと、言伝を預かっております。申し訳ございません」

「いえ、我々の方が押しかけてきてしまったので、気にしないでください。食事はどこでも構わないので、用意された場所に行きます」
「かしこまりました。お食事での、特別な指示がございますか?」

「いえ、ありません」
「かしこまりました。そのように、手配させていただきます」

 これだと、完全に、ギルバート達は(やしき)来賓(らいひん)扱いだ。

 突然、やって来たギルバート達で、視察だって、セシルの好意でさせてもらっているのに、なんだか――こんなにもてなされて、気を遣わせてしまった……。

「では、これから、視察のご説明をさせていただきます。ご質問がございましたら、どうぞ、お気軽に、いつでもお聞きください」
「わかりました」

 執事のオスマンドは、隣にあるワゴンの上に乗っている書類のようなものを、二人が座っている前のテーブルの上に並べるようにした。

「領地内の視察には、いくつかのコースを用意してございます」
「コース、でしょうか――?」

「はい。1日体験コース。まったり・のんびり領地巡りコース。実践型体験コース。短期集中型コース。その概要は、こちらに記載しておりますので、どうかご確認ください」

 テーブルの上に並べられた書類には、挿絵もついて、コース概要がズラリと書き込まれている。

 あまりに手慣れた様子で、おまけに、パンフレットもどきの書類までできているなんて、領地内の視察というのは、そんなに頻繁にやるものなのだろうか。

 その疑問を口に出そうかどうか迷ったギルバートは、いつでも質問してください、という最初の説明を思い出し、思い切って質問してみることにした。

 質問して恥でも、もう二度と会わないかもしれない縁だろうから、多少の恥をかいても、問題にはならないだろう。

「あの――お聞きしたいことがあるのですが?」
「はい、なんでございましょう?」

「こちらの――コース概要など、随分、手慣れていらっしゃるように見えるのですが――」

「はい。近年、この領地では、課外授業として、実地訓練、体験入学、社会見学といった、実践的に学べる試みを行っております。早くから、大人のしている仕事を観察し、仕事内容を理解し、そういった見分(けんぶん)を広め、自らの選択を増やしていくことを目的に、領地内の視察にも力を入れております」

「はあ、そうですか……」

「そして、領民には、自分達の仕事だけに携わるのではなく、領地でなにが起こっているのか、他の仕事はどういったものなのか、狭い視野に捕らわれず、そういった客観的な視点を広げることを目的に、大人用の視察コースも増加いたしました。領地では、未だに、人員不足が課題とされておりますので、その課題を克服すべく、少数でも、多々の仕事がこなせるようにとの、試みでもございます」

「はあ、そうですか……」

 今まで聞いたこともないような発想である。

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