奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「あの……」

 いつもなら、指示を出されなければ、人前で口を挟んでくることのないクリストフも、どうやら、困惑しているせいか、質問を出してくるようだった。

「なんでございましょう?」
「先程――課外授業、という言葉を耳にしましたが……それは――?」

「この領地では、五歳以上の子供は、全員、小学に通う制度になっております。今のところ、十二歳までを小学の対象としまして、その授業の過程で、課外授業――授業ではできない、他の科目などを学ぶ機会を与えております」

「小、学……?!」

「はい。この領地では、以前より領地にいた領民以外全員、読み書き、そして初歩的な計算ができるように、全員が教育を受けております」

「「えっ――!?」」

 ギルバートとクリストフの驚きが重なっていた。

「領民全員――とは、貴族ではないのに――?」

「はい。マスターが推奨なさる根本的な教えとして、読み書き、そして、初歩的な計算は、基本的な生活水準を上げるには必要最低限の必須であると、全領民の教育に余念はございません」

 つい、ギルバートもクリストフも、唖然とした顔を二人で見合わせてしまった。

 アトレシア大王国では、読み書きなど、そういった教育は、貴族内では当然で、基本的なことだ。
 家庭教師を雇い、そういったことを学習する。

 だが、平民は、教会などのボランティアで教えを乞う場はあっても、それが必須ではない。だから、字の読み書きができない平民など、たくさんいる。

「お二人にも、この視察を通して、また、豊穣祭で、この領地が存在する意味を、領民が存在する意味を、ご理解していただけることだと存じます」

 意味深に示唆するような口調だったが、にこやかな執事の笑顔は変わらない。

 要は、自分の目で確かめろ――と言うのだろう。

「――では、この――短期集中型コースで、お願いします」

「かしこまりました。この短期集中型コースは、朝8時からの出発となり、夕方5時に終了する予定となっております。三日間の視察となりますので、かなりのスケジュールが詰まってしまいますが、よろしいでしょうか?」

「ええ、問題ありません」

「かしこまりました。視察中の食事やスナックは、全てコースに含まれておりますので、10時にモーニングティー、12時にランチ、2時半にアフタヌーンティーが用意されます」
「はあ……、ありがとうございます」

 なんだか、視察をさせてもらっているのはギルバート達の方なのに、食事まで全て用意され、おまけに、午前中と午後には、スナックタイムまで準備してくれるらしい。

「では、明日から三日間視察となりますので、朝食は7時に、その後、支度を終えましたら、邸前に、どうか、集合なさってください。領地から案内人をお付けいたしますので」
「わかりました」

「三日間の視察を終えましたら、次の日は、自由な視察をなさることもできますし、休憩を取られることもできますし、その日は、皆様のご都合次第で、アレンジができますので、できれば、前日までに、私までお知らせくださいませ」

「自由な視察ですか? それは、何でしょう?」

「三日間の視察場所で、もう一度、訪ねたい施設や場所がございましたら、もう一度、視察の調整が可能でございます。時間をかけて見学をするなど、体験コースで時間が足りなかった場合なども、もう一度、体験することも可能でございます。または、お望みの視察先がございましたら、こちらでアレンジさせていただきます」

「いいのですか?」
「はい。これからお渡しいたします“短期集中型コース”のプラン表の裏には、アレンジのできる視察先が記載されております。その中でありましたら、お好きな視察先を選ぶことも可能でございます。――失礼致します」

 それを言った執事が、傍に置いてあったワゴンの上から、紙のファイルを取り上げ、書類を抜き取っていく。

「こちらが、明日からの視察プラン表でございます。もし、お時間がございましたら、ご確認なさってください。明日の案内人が、一日の予定を、その都度、説明いたしますので、プラン表をお持ちになられなくても、心配はございません」

 ギルバートとクリストフの二人の前に、二枚の書類が並べられた。

 二枚目の書類は、さっきのコース概要とは少々違っていて、テーブルの表に時間と場所、そして、その視察先での視察内容が記載されている。

 さっきのコース概要欄といい、この視察プラン表といい、すでに――こんな完全に用意された視察など経験したことがないだけに、二人は言葉も出ない。

「今日は、まだお時間がございますので、明日の視察に向けて、領地の説明を、少々、させていただきまして、その後、宿場町での観光を楽しんでいただきます」

「――――観光、ですか?」

「はい。皆様もお通りになられたと思われますが、近場の宿場町は、コトレア領の一部でございまして、観光地としても宣伝しておりますので、数時間、お時間を潰す程度には、お楽しみいただけると思います」

「――――観光、地……」

 そして、思いもよらない言葉が出てきて、ギルバートとクリストフが、またも二人で顔を見合わせる。

 領地の視察の次は、観光……。

 そういった言葉は聞いたことがあるが、まさか、こんな他国にやってきて、自分達がその状況に出くわすなど、露にも思わなかった二人だ。

「宿場町へは、邸から(ほろ)馬車が出てございますので、それで、宿場(しゅくば)町と(やしき)の行き来が可能でございます。夜の7時までは、30分(ごと)に幌馬車が出ますので、出入り口でお待ちいただければ、次の(ほろ)馬車がやってきますので」

「はあ……、そうですか……」
「夜7時を過ぎましたら、幌馬車は1時間ごと、毎時間の始まる時間となっております」

 そんな移動方法があるなど、聞いたこともない。

「今夜の夕食は、どうか、宿場町でお楽しみください。この頃では、食事処も増え、露店も出店されておりますので、お好きな食事を楽しむことができます」

「はあ……、わかりました……」
「では、これより、簡単に、領地のご説明をいたします」

 視察も始まっていないというのに、すでに――なぜかは知らないが、あまりに未知の経験をしている気分に陥ってしまいそうな二人である。

「この領地は、二十年前ほどに、ヘルバート伯爵家に譲渡され、コトレア領と名づけられました。当時は、領地というほどの大きさもなく、人口が百人ほどの農村でございました。ノーウッド王国の南方では、冬でも気温が落ち着いていて、乾燥している場所や地域が多くございまして、農業が主要の町や村が、多く存在いたします」

 執事はとても慣れている様子で、スラスラ、スラスラと、落ち着いた口調で説明をしていく。

「また、小さな規模で、酪農をしている地域もございます。八年前、ヘルバート伯爵家のご令嬢であるセシル様が、「領主名代」 としてコトレア領にやって来られ、その後の領地の統治は、ヘルバート伯爵リチャードソン様より、セシル様に移行してございます」

「えっ……?! ……と――ちょっと、待ってください」
「なんでございましょう?」

「ヘルバート伯爵令嬢が、領主名代、ですか?!」
「はい」

 やはり、今のは、ギルバートの聞き間違いではなかったらしい。だが、聞き間違いではないのなら――あまりに信じられない話である。

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