奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 そんなこんなで、夕食時間が近づいてきたので、勧められた“ラ・パスタ”というレストランに連れてきてもらった二人は、


「えっ……、もしかして、ものすごい場違いなんじゃ……?!」


とすでに、最初の一歩だけで、お店に入ることを躊躇(ためら)われたのだった。

 店内の内装はお洒落で――可愛らしいとも言えて、大の大人、それも、男二人が揃って入るようなお店には見えなかったのだ。

 だが、二人は快く迎えられ、テーブルの席に案内されて、それから、「パスタ」 という料理についても説明がされた。

 メニュー表を渡され、二人も――知らない料理ばかりなので、一から全部、メニューを読み切ったほどである。

 二人の注文を終え、食事を待っている間、店の店員か従業員から、“パスタについて”の薄い本のような説明書をもらい、お洒落にたくさんの説明が載った本を読む羽目になってしまった。


 「パスタとは?」
 「パスタのできるまで」
 「どんな味付け?」
 「どうやって食べるの?」
 「パスタの種類」


などなどと、本当に、読者にアピールされるようなお洒落な説明書つきで、絵柄もついていて、所々には、カラフルな色もつけられていた。

 それはもう……何とコメントしてよいのか、すでに自分の理解の息を超えている現象に遭遇し、経験している為、二人の暗黙の了解で、なんのコメントも出されなかった。

 ギルバートはクリーム系のパスタを注文し、クリストフは「ラヴィオリ」 らしき料理を注文していた。

 ギルバートは説明書通りに、フォークをクルクル(?)――させてみながら、やっと、一口は口に持っていけるようになっていた。

 先程の店員か従業員が食事を運んできた時に、ギルバート達の前で、小さな器に入った、ギルバートが頼んだのと同じ料理を見せ、フォークで丸める方法を見せてくれた。

 見ている時は簡単だと思ったが、実際にやってみると、コツがまだ掴めないものだ。

「うーむ……、私の方はトマトのベースで――そうですね、食感も悪くないです」

 そんなコメントなのか批評を出しながら、モグモグと、口を動かすクリストフ。

「そうか……」
「ギルバート様のは、どうですか?」

「味は――おいしいと思う。特別、違った味付けでもない」
「そうですか。でも、そのフォークを()()()()は、難儀ですねえ」

「そうなんだが……、さっき見せてもらった時は、簡単に見えたから、慣れれば、大した問題ではないのだろう」

 それで、まだ、真剣にフォークと向き合っているギルバートだ。

「それにしても、この領地は、一体、なんなんですかね?」
「確かに」

「この店内を見回しても、お洒落で、小綺麗で、清潔感(ただよ)食事処(しょくじどころ)ですしね」

 可愛らしい……は、入れなかったらしい。

「確かに」
「こういった食事処(しょくじどころ)――レストラン、ですか? 貴族の通う店ならまだしも、別に、貴族専用の場所でもなく、誰でもお店に入れるなんて、有り得ない話ですがねえ」

「まあ、貴族制が強いからだろう?」
「貴族のいない国など、あるんですか?」

 今の時代――それは、ほぼ皆無に等しい。

「観光、視察、課外授業、領地巡りのコース、観光情報館、お土産――。もう、挙げればキリがないですねえ」
「確かに……。――ああ、3~4度目で、上手くいった」

「そうなんですか? 料理を食べるのに苦労するなど、どうかと思いますがねえ」
「それは、私が初めてだからだろう? きっと慣れている者なら、苦労しないはずだろうから」

「そうですけどねえ――」

と話をしながらも、モグモグ、モグモグと、食べる手を休めることはしないクリストフである。

「しっかり食べているじゃないか」
「もちろんです。出された食事は無駄にはしません。いつ仕事が入って、次の食事にありつけるか判りませんからね」

 王宮の騎士達は、ある意味、仕事が入ればすぐに護衛ができるよう、警備態勢を整えなければならない。

 見回りでも任されたら、食事の時間だってバラバラ――以前に、時間が大幅にずれて、食事にありつけないことは頻繁だ。

「さっき気になったのですが、案内役の騎士達が胸にぶら下げていたのは、何なんでしょうね?」

 上手くパスタが食べられるようになったギルバートは、コツを掴んで、次のフォークに巻きついたパスタを見て、機嫌がいい。

 クリストフの質問に、ギルバートも、騎士達の様相を思い出してみる。

 二人の前にやってきた領地の騎士達は、領地の騎士団の制服を着ていて、その胸の前に、なにか、バッグのようなものがぶら下がっていた。

 でも、宿場町(しゅくばまち)を歩きながら、通り過ぎる警備の騎士達――だろうか――も、ああいった、胸からバッグをぶら下げているような姿がよく目に入った。

 色も違っているようだったから、騎士団の制服の一部とは違うらしい。

「明日からの視察が楽しみなのか、心配すべきなのか、なんとも言えませんねえ」
「確かに。まさか、視察を許してもらえるとは、思いもよらなかったから、私とて――つい、ご令嬢の言葉に甘えてしまったのだ」

「えぇえ、わかっていますよ。さすがに、警戒もされず、おまけに、大手を広げて、さあどうぞ、なんて勧められましたら、私とて、その話にすぐに乗ってしまうでしょうから。なにしろ、()噂のご令嬢なんですからねえ」

 セシルの出自は知られていても、「正体不明」、「あまりに謎過ぎるご令嬢」 などと、王国側では、特に、王宮では警戒されている、正にその張本人だ。

 調査もできず、深入りもできなかっただけに、その機会が与えられたのなら、それを利用しない手はない。

「おまけに、あの容姿まで嘘だったなんて、ふざけ過ぎているでしょう?」
「用意周到なだけだろう」

「そうとも言いますがね。まあ、今夜は、私は、デザートもオーダーします」
「え? ――もう食べ終えたのか?!」

「遅いですね、ギルバート様」
「初めてだから、時間がかかるんだ。それで、デザート?」

「ええ、そうです。メニューに書いてあったじゃないですか」
「ああ、確かに」

「せっかくあるメニューですから、試すのが一番でしょう」
「まあ、好きにすればいいさ」

「あれ? ギルバート様は、頼まないんですか?」
「今は、それほど必要としていない」

「この領地の方針で行けば、“必要”は、必要ないと思いますが。観光を()()()()来てください、と送り出されましたし」

「楽しむ、か……。そんな――発想は、したことがなかったかもしれない」
「かもしれないではなく、ないと思いますが。楽しんでいる暇があったら、訓練しろ。精を出せ、でしょう?」

「その責任があるのだから、仕方がない」

「ええ、そうです。だから、今はその“必要”がないので、私はデザートを注文しますよ。そして、ギルバート様も、注文すべきです」

「私も?」
「ええ、それで、どちらがおいしかったか、後で比べることができますから」

「そんなものか……?」
「ええ、十分に、視察の目的を果たしているでしょう?」

「はあ、そうか……」

 さすがに付き合いが長いだけに、ギルバートも、それ以上、深くは追及しない。

「視察のプラン表は、確認しておかなくても良いとの話ですが、私は確認しておきます」
「いや、それは私もだろう」

 お互い、仕事柄、目的の分からない行動、計画性のない動きなどは、ついつい、警戒してしまう。そうなったら、自由な視察どころの話ではない。

 特にクリストフの方は、ギルバートの(影の) 護衛という役目もある。あらかじめ、行動範囲がどの程度になるのかは、把握しておく必要があるのだ。

「王宮へ報告を終えて、連れ戻されますかね?」

「それはないだろう。王宮からの言伝(ことづて)を持ち帰ってきた場合でも、すでに、豊穣祭数日前ギリギリだ。そこから、わざわざ王国に帰ってこいと命令されても、ほとんど意味がない。王太子殿下なら、そんな無駄なことはなさらないさ」

「そうですね。では、レイフ殿下は?」

 ギルバートの口元が、おかしそうに上がった。

 なぜかは知らないが、ギルバートのコトレア行きを聞いたレイフが、一番に残念がっていたのだ。

 なぜ自分も領地に行けないのか、と。

 なぜも、なにも、ギルバートの任務は、王太子殿下からの招待状を届けるだけなのだ。
 わざわざ、第二王子殿下で、おまけに、現宰相補佐をしているレイフが、領地にやって来る必要など全くない。

 なのに、最後まで、兄であるレイフまでも、領地行きを強く押していたのだった。

「なにか、興味の引かれることでもあったのだろうなあ」
「そうでしょうねえ、あのお方ですから。でも、連れて来なくて大正解ですよ。この――領地、どう考えたって、おかしいでしょう?」

「いや――まあ……。知らない、発想は、多くあるかもしれない」

「いやいや、あり過ぎでしょう。そんなのを見たら、あのレイフ殿下ですからねえ。絶対、この領地に留まって、自分が納得なさるまで、帰ってきませんよ、きっと」
「それは――いや、あるかもしれない」

 我が兄ながら――興味の引くことには、一切、手抜きをしないで、探り出す傾向が強いのは、ギルバートも身を以て知っている。

「あれ? もしかして、我々の視察って、レイフ殿下にまで、報告しなくてはならないんですかね?」
「それは――」

 きっと、あるだろう。なぜ王太子殿下にだけ説明して、自分にはないのだ、と……。

「まあ――それは、帰ってから、心配すればいいさ」

 ()()()、ではなく、()()……、というところが、レイフのしつこさを物語っていたような。

 
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