奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
そこで、ちょっと歴史の雑談なんて?
~*~ セシルの歴史教室:パスタ ~*~
セシルの領地で、パスタがでてきました。Pasta、いいですねえ。
パスタは、世界中のどの国でも食べられている食事の一つですね。それぞれの国で、国ごとの違ったパスタの味付けや、料理などもあり、その数は知れず。
パスタと言えば、イタリア料理。
そう思いますよね?
パスタは誰が発明して、どこからやって来たんでしょう?
それが、中々、簡単には定義できないんですね。
なにしろ、パスタに使用されている材料は、小麦、卵など、もう、何千年前から存在していた材料だけに、似たような料理なども、存在していました。
偏に、“パスタ”と定義付けられないんですね。
歴史の資料などでも、よく、13世紀の終わり頃、マルコポーロが中国に行った際に、中国のヌードルを持ち帰り紹介したことから、パスタの歴史が始まった、と言われています。
これは、あまり正確な記述ではありません。
マルコポーロが中国に赴くずっと以前より、イタリアにはパスタが存在していたからです。
イタリアにパスタが紹介される1000年以上前から、中国では、ヌードルを作っていたか知れませんが、イタリアのパスタの起源が中国だ、と断言するのも、ちょっと間違っていますね。
イタリアのパスタは、アラブ人がもたらしものだ、と唱える説もあります。
アラブ人が使用する保存方法が、パスタの乾燥方法と似ている点からも、そう言われているそうです。
アラブ式のパスタは、ギリシアにも到達しています。
古代ギリシア語の“ribbon”は、“itrion(イトリオン)”です。専門家の中には、この言語が、アラビア語の“ヌードル”という意味の“itriyya(イトリア)”ではないかと、考えている人もいるそうですよ。
ラザニアは、一番早くにパスタとして知られています。その期限は、古代ローマ(または、古代ギリシア帝国)に繋がっています。
ラザニアは、古代ギリシアでは“laganon(ラガノン)”、または、古代ローマで“laganum(ラガノム)”と言われていました、その当時のラザニアは、現代で知られているラザニアとは、全く異なっています。
現在のラザニアは、トマトベースで煮込んだミンチ肉に、ホワイトソースやチーズソースを加え、おいしいですよねえ。
ですが、ヨーロッパでは、16世紀になるまで、トマトはありませんでした。
それで、原版のラザニアと言うと、4~5世紀頃の発見されたレシピには、成熟した雌豚のバラ肉、レーズンワイン、フィグペッカー(figpecker)の胸肉を、パンケーキで挟んだレシピがあります。
14世紀頃のイタリアのレシピでは、現代のラザニアに近いレシピになっています。
粉チーズに、スパイスを混ぜたものでした。
イタリア人はパスタを重宝しました。おいしいからという理由だけではなく、イタリアの気候が、パスタ作りに最適だったんですね。
イタリアではデュラム小麦の生産ができたのです。
デュラム小麦で作る生地(semolina(セモリナ))は、グルテン量が多く含まれる為、生地が伸びやすく、多種多様な形を作ることが容易だったんです。
デュラム小麦で作るパスタは、アジアのヌードルとは違うものだと分類されます。
歴史的に、伝統的に、アジアのヌードルは、米粉から作られるものが多かったからです。
ですから、中国や他のアジア圏では早くからヌードルの歴史がありましたが、そのヌードルは、“パスタ”とは言わないんです。
細い麺で言えば、スパゲッティが代表的ですよね。他にも色々ありますが、スパゲッティが、一番、名前が知られているものではないでしょうかね。
Spaghetti は、Spago から来ています。意味は “string(ストリング、紐)”や、 “twine(トゥワイン、麻紐)”です。
2010年に世界記録で出された、一番大きなスパゲッティが盛られた量は、なんと13,000pounds (約5,896.7㎏)!
これ、わざわざ、スイミングプールにスパゲッティを入れて、世界記録にしたんですよ。暇人のすることは、スケールが違う。
昔はフォークなどありませんでしたから、当然、パスタは手で食べられていました。
スパゲッティだって、そうですよ。
イタリアの昔の本屋や歴史書にも、長いスパゲッティを上まで摘まみ上げて、そこから口に入れている絵が、たくさん残されています。
これ、トマトがヨーロッパに紹介され、トマトソースができてから、パスタを食べるのは、大変な状態になっていたでしょうね。
幸いなことに、それからフォークの発明がされ、クルクル回してパスタを食べる、という習慣ができました(ほっ……)。
14~15世紀頃になると、乾燥パスタが人気になってきます。保存がききますし、長い航海に出る時には、乾燥パスタが最適だったんですね。
トマトの導入が16世紀頃で、17世紀にはトマトソースが使用されていたようですが、最初の記録されているレシピ本に、トマトソースが載ったのは、18世紀です。
ローマのシェフ、Francesco Leonardi が出したレシピ本です。
17世紀には、パスタマシーンの原版ものが発明されます。1740年には、ヴェネチアで、最初のパスタ工場が、ライセンスを発行されました。
イタリアでは、パスタの消費はもちろん多いですが、アメリカだって、スパゲッティの消費量が、かなり高いんですよ。
アメリカの一般食となったのが、アメリカに移住していたイタリア人が作り始めた、ミートボールスパゲッティ。お肉と一緒に食べられる主食として、定番のメニューになりました。
そんなこんなで、ちょっと歴史雑談でした。
~*~~*~~*~~*~~*~~*~~*~
~*~ セシルの歴史教室:パスタ ~*~
セシルの領地で、パスタがでてきました。Pasta、いいですねえ。
パスタは、世界中のどの国でも食べられている食事の一つですね。それぞれの国で、国ごとの違ったパスタの味付けや、料理などもあり、その数は知れず。
パスタと言えば、イタリア料理。
そう思いますよね?
パスタは誰が発明して、どこからやって来たんでしょう?
それが、中々、簡単には定義できないんですね。
なにしろ、パスタに使用されている材料は、小麦、卵など、もう、何千年前から存在していた材料だけに、似たような料理なども、存在していました。
偏に、“パスタ”と定義付けられないんですね。
歴史の資料などでも、よく、13世紀の終わり頃、マルコポーロが中国に行った際に、中国のヌードルを持ち帰り紹介したことから、パスタの歴史が始まった、と言われています。
これは、あまり正確な記述ではありません。
マルコポーロが中国に赴くずっと以前より、イタリアにはパスタが存在していたからです。
イタリアにパスタが紹介される1000年以上前から、中国では、ヌードルを作っていたか知れませんが、イタリアのパスタの起源が中国だ、と断言するのも、ちょっと間違っていますね。
イタリアのパスタは、アラブ人がもたらしものだ、と唱える説もあります。
アラブ人が使用する保存方法が、パスタの乾燥方法と似ている点からも、そう言われているそうです。
アラブ式のパスタは、ギリシアにも到達しています。
古代ギリシア語の“ribbon”は、“itrion(イトリオン)”です。専門家の中には、この言語が、アラビア語の“ヌードル”という意味の“itriyya(イトリア)”ではないかと、考えている人もいるそうですよ。
ラザニアは、一番早くにパスタとして知られています。その期限は、古代ローマ(または、古代ギリシア帝国)に繋がっています。
ラザニアは、古代ギリシアでは“laganon(ラガノン)”、または、古代ローマで“laganum(ラガノム)”と言われていました、その当時のラザニアは、現代で知られているラザニアとは、全く異なっています。
現在のラザニアは、トマトベースで煮込んだミンチ肉に、ホワイトソースやチーズソースを加え、おいしいですよねえ。
ですが、ヨーロッパでは、16世紀になるまで、トマトはありませんでした。
それで、原版のラザニアと言うと、4~5世紀頃の発見されたレシピには、成熟した雌豚のバラ肉、レーズンワイン、フィグペッカー(figpecker)の胸肉を、パンケーキで挟んだレシピがあります。
14世紀頃のイタリアのレシピでは、現代のラザニアに近いレシピになっています。
粉チーズに、スパイスを混ぜたものでした。
イタリア人はパスタを重宝しました。おいしいからという理由だけではなく、イタリアの気候が、パスタ作りに最適だったんですね。
イタリアではデュラム小麦の生産ができたのです。
デュラム小麦で作る生地(semolina(セモリナ))は、グルテン量が多く含まれる為、生地が伸びやすく、多種多様な形を作ることが容易だったんです。
デュラム小麦で作るパスタは、アジアのヌードルとは違うものだと分類されます。
歴史的に、伝統的に、アジアのヌードルは、米粉から作られるものが多かったからです。
ですから、中国や他のアジア圏では早くからヌードルの歴史がありましたが、そのヌードルは、“パスタ”とは言わないんです。
細い麺で言えば、スパゲッティが代表的ですよね。他にも色々ありますが、スパゲッティが、一番、名前が知られているものではないでしょうかね。
Spaghetti は、Spago から来ています。意味は “string(ストリング、紐)”や、 “twine(トゥワイン、麻紐)”です。
2010年に世界記録で出された、一番大きなスパゲッティが盛られた量は、なんと13,000pounds (約5,896.7㎏)!
これ、わざわざ、スイミングプールにスパゲッティを入れて、世界記録にしたんですよ。暇人のすることは、スケールが違う。
昔はフォークなどありませんでしたから、当然、パスタは手で食べられていました。
スパゲッティだって、そうですよ。
イタリアの昔の本屋や歴史書にも、長いスパゲッティを上まで摘まみ上げて、そこから口に入れている絵が、たくさん残されています。
これ、トマトがヨーロッパに紹介され、トマトソースができてから、パスタを食べるのは、大変な状態になっていたでしょうね。
幸いなことに、それからフォークの発明がされ、クルクル回してパスタを食べる、という習慣ができました(ほっ……)。
14~15世紀頃になると、乾燥パスタが人気になってきます。保存がききますし、長い航海に出る時には、乾燥パスタが最適だったんですね。
トマトの導入が16世紀頃で、17世紀にはトマトソースが使用されていたようですが、最初の記録されているレシピ本に、トマトソースが載ったのは、18世紀です。
ローマのシェフ、Francesco Leonardi が出したレシピ本です。
17世紀には、パスタマシーンの原版ものが発明されます。1740年には、ヴェネチアで、最初のパスタ工場が、ライセンスを発行されました。
イタリアでは、パスタの消費はもちろん多いですが、アメリカだって、スパゲッティの消費量が、かなり高いんですよ。
アメリカの一般食となったのが、アメリカに移住していたイタリア人が作り始めた、ミートボールスパゲッティ。お肉と一緒に食べられる主食として、定番のメニューになりました。
そんなこんなで、ちょっと歴史雑談でした。
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