奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* Д.в 報告会? *
ギルバートとクリストフの視察は、順調だった。
今日、三日目の視察を終えて、今日も――驚かされることばかり、新しい情報が詰め込まれて、頭がパンクしそうである。
初日はもっとその度合いが強くて、
「まあ初日だから、仕方がないだろう」
などとは考えてみたものだったが、二日目も、まったく、驚く度合いも速度も変わらず、今日の三日目も、また同じ結果で一日を終えていた。
ここの視察が始まって以来、ギルバートもクリストフも、質問ばかりしているような状態ではないだろうか。
さすがに、短期集中型のコースというだけあって、朝早くから夕方まで、びっちりと視察内容が詰め込まれている。
三日も視察したのに、小さな町だと考えていた二人の前で、まだまだ視察場所は尽きることがない。
まず初めに驚いたことは、伯爵領であっても、人口がそれほど多くもない町程度の大きさの土地なのに、周囲が山々で囲まれた場を生かして、その広大な土地だけは、かなりの広さだったのだ。
だから、視察中、移動の時は、大抵、騎馬で移動していることが多かった。
次に驚いたことは、行く先々の視察場所で、案内を任されていた人員や領民が、その案内役に手慣れている様子だった、ということである。
常に笑顔で、親切で、丁寧に自分たちの仕事場を説明して、仕事内容を説明してくれる。課外授業に力を入れているのも、頷ける話だ。
そして、行く先々で見かける子供達。
ただ、通りすがりの子供達――というのでなく、果樹園での仕事をしている子供だったり、ハーブ園での仕事をしている子供だったり、大工見習いだったり、技術見習いだったり、見習い騎士だって子供が大半以上なのが――一番の驚きだったのだろうか。
どこを見渡しても――ギルバートやクリストフの視界の端には、いつも、子供達がいたのだ。
――――なにか、子供が多いような領地なのだな……。
なにか納得のいかない不思議だったが、右を見ても、左を見ても、ギルバート達の視界の端には、必ずと言っていいほど、子供達がいたのだった。
そんなこんなで、三日間の(かなり強行軍の) 視察を終えたギルバートとクリストフは、セシルから、今夜は夕食を一緒にどうかと、誘われていた。
もちろん、勝手に押しかけて来たギルバート達に、ここまでの好意と親切をみせてくれたセシルの誘いを断るはずもなく、今夜は、きちんと騎士団の制服に着替え、食事の席に参加した二人である。
初日以外は、視察巡りの為、ギルバートとクリストフは、私服で移動していたのだ。
セシルからも、気軽になさってくださいね、と提案され、それで、騎士団の制服でうろつくのもなんで、昨日、おとついの二日間は、私服だったのだ。
「お疲れではありませんか?」
「いえ、そのようなことはございません」
朝の挨拶をする以外に、ほとんど顔を合わせる機会のないセシルが、今夜は、一緒に夕食に参加している。
でも、大広間のダイニングテーブルではなく、こじんまりとした私室に、テーブルが設置されていて、八人程が座れそうなテーブルを囲んで、ギルバート達は食事をしていた。
セシル曰く、
「私、どうも、あの手の無駄に長くて大きなテーブルで食事をするのは、好きではありませんの。パーティーならともかく、ゲストの顔も見えない、話すのにも離れすぎている、あの無駄な空間が嫌でして」
「はあ……」
さすが、王国の騎士団の騎士サマである。摩訶不思議なことを口にする令嬢を前に、態度を変えず、そして、余計なことを質問もしなければ、口も挟まない。
それで、今夜は一緒に食事をとっているセシルの前に置かれた品は、ギルバート達の用意された食事とは少し違っていた。クリーム系のポタージュが用意されていたようで、セシルはゆっくりとそれを口に運んでいる。
「視察は、どうですか?」
「とても丁寧に教えていただいています。毎日――学ぶことがたくさんありまして」
「そうですか。質問はございまして?」
「質問――も、毎日、している気がしています」
し過ぎている気もしないではないが……。
「質問をすることは、いいことです。解らないまま、個人の納得で理解した振りをするより、自分の納得いくまで質問をして、理解を深めていくことこそ、『学ぶ』 という過程なのでしょうから」
セシルは、出会った頃のようなピリピリと気負った雰囲気がなく、自領にいるからか、落ち着いた、とても静かな佇まいや雰囲気を醸し出し、それと一緒に、落ち着いた、耳に優しい声音で言葉がゆっくりと紡がれる。
「そして、『学ぶ』 という機会は、この地では、早々、どこにでもあるものではありません。生きていくうちに、『学ぶ』 ことは、きっとたくさんあります。ですから、『学ぶ』 ことを止めてしまった時は、もう、それは生きていくことを止めてしまう行為のように、思えてなりません」
「そう、かもしれませんね」
「そして、『学ぶ』 ことで知識を高め、選択肢を増やしていく。専門学であろうとも、雑学でもあろうとも、それはどちらも同じだと思いまして」
「ご令嬢も、なにかを学ばれていらっしゃるのですか?」
「ええ、もちろん。毎日、いつでも、どこでも、学んでいます」
そうなると、日常があまりにありきたりで、毎日の同じ繰り返し――ではないようだ。
「『学ぶ』 ことを止めてしまったら、それは私には生きていることではありません。私は、この地で、生きていくことを決めたのです。生きて、生き抜いて、生き延びることを、決めたのです。ですから、毎日、目まぐるしいほどに、たくさんのことを学んでいます」
「そう、ですか――」
一体、どんな家庭環境や事情があって――まだ、年若い伯爵令嬢であるセシルが、こんな壮大な決意を掲げて、“人生”という重さを語るのだろうか。
「皆様は、この地の統治を、どう思われますか?」
一拍の間があって、
「驚いています」
あまりに素直な感想をもらい、ふふ、とセシルも笑いを漏らす。
「そうですか。誉め言葉――として、受け取っておくべきでしょうかしら?」
「もちろんです」
「そうですか。ありがとうございます。なんだか、そのような感想をもらえて、少し、ホッとしています」
「なぜですか?」
「私は、元々、伯爵家の後継者でもありませんし、帝王学や政治学を学んだ者でもありません。ですから、毎回、毎回、試行錯誤を繰り返し、手探りで、もがいているような状況ですもの。そんな私に付き合わされる領民達も、大変なことでしょう」
「そのようには見えませんでしたが」
「もう、こういった私には、慣れてきているはずですから」
ふふ、とおかしそうにセシルが笑っている。
「何も知らないのに、偉そうなことを言って、この領地をかき回していますからね。本来なら、きちんとした政策を立て、計画を立て、そうやって事業の開発や、国土の開発を進めていくんだと思いますけれど、なにしろ、この領地は人手もなければ、物資もありませんでしたからね。私の独断と権力で、強行に、領土開発を進めてしまったようなものなのです」
「ですが、この領地の施設は――なんと言いますか、見たこともない、画期的――または、近代的な方法が、たくさん見られるように思えます」
「画期的、ではあるかもしれませんね。でも、それも試行錯誤です」
「そう、ですか」
試行錯誤であっても、その努力は惜しまず、試行錯誤を実践してしまうだけの行動力だって、大したものだと思うのだが。
今日、三日目の視察を終えて、今日も――驚かされることばかり、新しい情報が詰め込まれて、頭がパンクしそうである。
初日はもっとその度合いが強くて、
「まあ初日だから、仕方がないだろう」
などとは考えてみたものだったが、二日目も、まったく、驚く度合いも速度も変わらず、今日の三日目も、また同じ結果で一日を終えていた。
ここの視察が始まって以来、ギルバートもクリストフも、質問ばかりしているような状態ではないだろうか。
さすがに、短期集中型のコースというだけあって、朝早くから夕方まで、びっちりと視察内容が詰め込まれている。
三日も視察したのに、小さな町だと考えていた二人の前で、まだまだ視察場所は尽きることがない。
まず初めに驚いたことは、伯爵領であっても、人口がそれほど多くもない町程度の大きさの土地なのに、周囲が山々で囲まれた場を生かして、その広大な土地だけは、かなりの広さだったのだ。
だから、視察中、移動の時は、大抵、騎馬で移動していることが多かった。
次に驚いたことは、行く先々の視察場所で、案内を任されていた人員や領民が、その案内役に手慣れている様子だった、ということである。
常に笑顔で、親切で、丁寧に自分たちの仕事場を説明して、仕事内容を説明してくれる。課外授業に力を入れているのも、頷ける話だ。
そして、行く先々で見かける子供達。
ただ、通りすがりの子供達――というのでなく、果樹園での仕事をしている子供だったり、ハーブ園での仕事をしている子供だったり、大工見習いだったり、技術見習いだったり、見習い騎士だって子供が大半以上なのが――一番の驚きだったのだろうか。
どこを見渡しても――ギルバートやクリストフの視界の端には、いつも、子供達がいたのだ。
――――なにか、子供が多いような領地なのだな……。
なにか納得のいかない不思議だったが、右を見ても、左を見ても、ギルバート達の視界の端には、必ずと言っていいほど、子供達がいたのだった。
そんなこんなで、三日間の(かなり強行軍の) 視察を終えたギルバートとクリストフは、セシルから、今夜は夕食を一緒にどうかと、誘われていた。
もちろん、勝手に押しかけて来たギルバート達に、ここまでの好意と親切をみせてくれたセシルの誘いを断るはずもなく、今夜は、きちんと騎士団の制服に着替え、食事の席に参加した二人である。
初日以外は、視察巡りの為、ギルバートとクリストフは、私服で移動していたのだ。
セシルからも、気軽になさってくださいね、と提案され、それで、騎士団の制服でうろつくのもなんで、昨日、おとついの二日間は、私服だったのだ。
「お疲れではありませんか?」
「いえ、そのようなことはございません」
朝の挨拶をする以外に、ほとんど顔を合わせる機会のないセシルが、今夜は、一緒に夕食に参加している。
でも、大広間のダイニングテーブルではなく、こじんまりとした私室に、テーブルが設置されていて、八人程が座れそうなテーブルを囲んで、ギルバート達は食事をしていた。
セシル曰く、
「私、どうも、あの手の無駄に長くて大きなテーブルで食事をするのは、好きではありませんの。パーティーならともかく、ゲストの顔も見えない、話すのにも離れすぎている、あの無駄な空間が嫌でして」
「はあ……」
さすが、王国の騎士団の騎士サマである。摩訶不思議なことを口にする令嬢を前に、態度を変えず、そして、余計なことを質問もしなければ、口も挟まない。
それで、今夜は一緒に食事をとっているセシルの前に置かれた品は、ギルバート達の用意された食事とは少し違っていた。クリーム系のポタージュが用意されていたようで、セシルはゆっくりとそれを口に運んでいる。
「視察は、どうですか?」
「とても丁寧に教えていただいています。毎日――学ぶことがたくさんありまして」
「そうですか。質問はございまして?」
「質問――も、毎日、している気がしています」
し過ぎている気もしないではないが……。
「質問をすることは、いいことです。解らないまま、個人の納得で理解した振りをするより、自分の納得いくまで質問をして、理解を深めていくことこそ、『学ぶ』 という過程なのでしょうから」
セシルは、出会った頃のようなピリピリと気負った雰囲気がなく、自領にいるからか、落ち着いた、とても静かな佇まいや雰囲気を醸し出し、それと一緒に、落ち着いた、耳に優しい声音で言葉がゆっくりと紡がれる。
「そして、『学ぶ』 という機会は、この地では、早々、どこにでもあるものではありません。生きていくうちに、『学ぶ』 ことは、きっとたくさんあります。ですから、『学ぶ』 ことを止めてしまった時は、もう、それは生きていくことを止めてしまう行為のように、思えてなりません」
「そう、かもしれませんね」
「そして、『学ぶ』 ことで知識を高め、選択肢を増やしていく。専門学であろうとも、雑学でもあろうとも、それはどちらも同じだと思いまして」
「ご令嬢も、なにかを学ばれていらっしゃるのですか?」
「ええ、もちろん。毎日、いつでも、どこでも、学んでいます」
そうなると、日常があまりにありきたりで、毎日の同じ繰り返し――ではないようだ。
「『学ぶ』 ことを止めてしまったら、それは私には生きていることではありません。私は、この地で、生きていくことを決めたのです。生きて、生き抜いて、生き延びることを、決めたのです。ですから、毎日、目まぐるしいほどに、たくさんのことを学んでいます」
「そう、ですか――」
一体、どんな家庭環境や事情があって――まだ、年若い伯爵令嬢であるセシルが、こんな壮大な決意を掲げて、“人生”という重さを語るのだろうか。
「皆様は、この地の統治を、どう思われますか?」
一拍の間があって、
「驚いています」
あまりに素直な感想をもらい、ふふ、とセシルも笑いを漏らす。
「そうですか。誉め言葉――として、受け取っておくべきでしょうかしら?」
「もちろんです」
「そうですか。ありがとうございます。なんだか、そのような感想をもらえて、少し、ホッとしています」
「なぜですか?」
「私は、元々、伯爵家の後継者でもありませんし、帝王学や政治学を学んだ者でもありません。ですから、毎回、毎回、試行錯誤を繰り返し、手探りで、もがいているような状況ですもの。そんな私に付き合わされる領民達も、大変なことでしょう」
「そのようには見えませんでしたが」
「もう、こういった私には、慣れてきているはずですから」
ふふ、とおかしそうにセシルが笑っている。
「何も知らないのに、偉そうなことを言って、この領地をかき回していますからね。本来なら、きちんとした政策を立て、計画を立て、そうやって事業の開発や、国土の開発を進めていくんだと思いますけれど、なにしろ、この領地は人手もなければ、物資もありませんでしたからね。私の独断と権力で、強行に、領土開発を進めてしまったようなものなのです」
「ですが、この領地の施設は――なんと言いますか、見たこともない、画期的――または、近代的な方法が、たくさん見られるように思えます」
「画期的、ではあるかもしれませんね。でも、それも試行錯誤です」
「そう、ですか」
試行錯誤であっても、その努力は惜しまず、試行錯誤を実践してしまうだけの行動力だって、大したものだと思うのだが。