奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *


 会議室、という場所に案内されて、その部屋に足を踏み入れて、まず一番初めに――驚いたことは、その広い室内一面、紙で覆いつくされていたのだ。

 紙が壁に貼られているのではない。
 それでも、パっと、視界に飛び込んできたのは、見渡す限り、紙や書類の数々だった。

「どうぞ、お好きな場所でお掛けして、お待ちください」

 執事にそう促されても、目の前に広がる種々多様な紙や書類の数に圧倒され、ギルバートもクリストフも、グルグルと、立ち止まったまま、室内を見渡してしまった。

「これは、一体……!?」
「すごい、量の、書類……ですか?」

 見渡す限り、紙、紙、紙、が広い会議室を埋め尽くしていた。

 四方の壁側には、壁に貼り付けられたのか、ピンのようなもので留められた書類やら、地図やら、他にも全く理解できないような書類が、どこそこに、隙間もなく埋められている。

 簡易梯子(はしご)のような台があるから、きっとそれに上って、上の方の壁にも、紙を張り付けているのだろう。

 中に進んで行くと、目の前には、三脚やイーゼルに置かれた大きな板のボードにも、たくさんの紙が貼りつけられている。それが一つや二つどころではなく、見渡す限り、会議室のあちこちに置かれているのだ。

 それとは別に、ギルバートの背丈は軽くありそうな高い板のボードまでもあって、そこにも、種々多様なサイズの紙が貼られていた。

「――これ、何ですかね?!」
「いや――よく、判らないが……」

 チラッと、中に書かれている内容を読んでみたが、それが何を意味しているのか、示唆しているのかは、ギルバートにもさっぱりだ。

 室内の隅には、ソファーが置かれていたり、背もたれのない一人用のカウチが並べられていたり、小さなテーブルの周りに丸椅子が置かれたりと、統一された会議室ではないのは確かだった。

 そして、中央には、大きな円卓の周りに、椅子が並んでいる。

 ドアが開き、ギルバートとクリストフが、扉側に視線を向けた。

 会議室に見慣れぬ男性が二人いて、ドアの前に立っていた男性数人と女性が、一瞬、驚いたように瞳を大きくした。

「え……っと――あの、失礼、いたします……」

 一気に緊張した様子で、全員が頭を下げていく。

「どうか、我々のことは、気にしないでください」

 今は、まだアトレシア大王国の騎士団の制服を着ている二人は、すぐに、他国から邸にやってきた誰かだろうと、判断されるはずだ。

 おまけに、騎士団など、大抵、どの国でも、貴族並みの扱いである。なにしろ、貴族の子息達が、大抵、騎士になっていることが多いのだから。

 ギルバートに言われ、どうしようか迷っている全員が、おずおずと顔をあげていく。

「我々のことは、気にしないください」

 部屋の中央で立っていたら、いかにも、ギルバート達が邪魔をしているようなので、視線だけでクリストフに合図を送る。

 微かにだけ、クリストフも頷いた。

「我々のことは、気にしないでください」

 クリストフを連れ、ギルバートは隅に置かれているソファーに進んで行った。そこで待っていれば、会議室に入ってくる領民も、ギルバート達に遠慮ばかりはしなくて済むだろう。

 ギルバートがソファーに腰を下ろしたのを確認して、全員が、ゆっくりと円卓の方に進んで行く。

「皆さん、気にしないでください。今夜は、視察の為に、ゲストがいるだけですよ」

 後ろからセシルがやってきて、その場の全員が、ほっと、安堵している様子が伺える。――実は、気まずい間が終わって、ギルバート達も安堵していたのだった。

 セシルの後にも、まだ何人かが連なっているようで、全員が円卓の席に向かった。

「今夜は、隣国アトレシア大王国から視察の為、領地にやって来ているゲストがいますが、報告会はいつも通りですので、あまり緊張しすぎないように」

 集まった領民は十数人ほどいて、男性と女性の両方が混じっている。

「さて、今夜のチェア(議長役) は、誰にしてもらいましょうか?」

 セシルの前に置いてある丸い筒のようなものを、セシルはカラカラと振った。それで、ひっくり返すと、中から小さな丸いものがでてきたが、ギルバート達には、よく見えない。

「私じゃないですね」

 その筒が、隣に座っている男性に渡される。男性も同じようなことをしていき、それが、グルリと、円卓にいる全員に回された。

「では……、今夜は僕が……」

 それほど年もいっていなさそうな青年の手には、端っこに色のついた棒が握られていた。

「じゃあ、ボード出すの、手伝うよ」
「ありがとう」

 二人の男性が立ち上がり、壁際に寄せられていた大きなボードのようなものを、引っ張り出してきた。

 ボードには車輪がついていて、カーペットの上を、大きなボードがゴロゴロと進んでくる。

 ソファー側から、その光景を見ているギルバート達の視界の前には、大きなボードにたくさん貼られた()の山。

 縦側に線のようなものが入っていて、一つ一つの区枠の上には、


「TODO(すること)」
「DOING(進行中)」
「DONE(完了)」
「PARKED(一時停止)」
「ISSUES(問題点)」


などと、くっきりとマークされている。

「では、今日の報告会を始めます」

 先程の青年がボードの横に立つようにして、円卓に座っている全員を見渡していく。

「じゃあ、一番端から始めますね。ウェイさん、どうぞ」
「うちは……、今日は、豊穣祭の準備で忙しく、ほとんどアップデートがありません」

「そうですか。確か――冬籠(ふゆごも)り用の食糧庫の確認は、出ていたと思いましたが?」
「ああ、それは、明日する予定です」

「わかりました」

 小さな紙の上に、青年が日付けを書き込んでいるようだった。

「明日は、食糧庫の確認だけで、後は、豊穣祭の準備になってしまうと思います」
「わかりました。なにか問題は?」
「ありません」

 それで、その男性の報告は、終わってしまっていた。

 次に、隣に座っている男性に移っていく。

 それもアッと言う間に終わってしまった。女性も終わり、グルリと、円卓の全員が終えてしまっていた。

 今夜の定例の報告会は、二十分足らずで、簡単に、簡潔に、無駄もなく終わってしまった。

 だが、その報告会の方法だって、ギルバート達は見たこともない知らない方法だ。

「じゃあ、残りは、豊穣祭の準備の報告を済ませてしまいましょう」
「はい」

 セシルは簡単に椅子から立ち上がり、たくさんのボードが並んでいる方に進んで行く。

「あっ、お手伝いします」

 三人の男性も立ち上がり、セシルが――引っ張り出そうとしている、かなり大きなボードを、両端から手伝うようにした。

 ゴロゴロと、このボードにも足には車輪がついているようで、カーペットの上を、全員がボードと足を支えながら、進んでくる。

 だが、その大きなボードを、ソファーから観察しているギルバートとクリストフは――またも、呆然としたように口を開けていた。

 ギルバートの背丈は軽くいきそうなボードを、二つも引っ張り出してきて、横幅だって、軽くベッドほどの長い大きなボードには、さっき以上の紙きれなのか、書類なのか、それらがぎっしりと敷き詰められていたのだ。

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