奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 おまけに、色のついた――よくよく見ると、色の違うリボンのようで、それが、一直線に何本も敷かれ、その枠ごとに小さな紙が、たくさん貼られているのだ。

 リボンで囲まれた枠の上には、どうやら日にちがかかれていて、豊穣祭までの日程が、枠毎に作られているかのようだった。

「では、今日の仕事の確認をします。まず、後夜祭会場係り。今日は――ベンチ板の取り出し、日干しになっていますが」

「終了しました。問題はありません」
「わかりました」

 それで、セシルが持っていた筆のようなもので、その紙の端に、ポンと、筆でマークをつける。

 紙に書かれているので、インクなどの黒が多いが、セシルの持っている筆は、どうやら色付きで、緑色のマークが紙の端に入れられていた。

「会場内の掃除は?」
「いえ、まだ始めていません。明日、一番でします」
「わかりました」

 そして、その紙はピンを外して、リボンの端の方に寄せられる。それは、明日の日付に近いリボン側だった。

「キャンプファイアーの(たきぎ)は?」
「全部、揃っているようです」

「数は足りていますか?」
「大丈夫です」

「では、明日は、ベンチの修正、設置。それから、朝は掃除も入っていますね。ゴミ箱の設置。壇上の設置? ――も入っていますけれど?」

「いえ、大丈夫です。今年は、男の子が多いですからね。少し早く、準備ができまして」
「そうですか。では、安全面に十分気を付けて、頑張ってください」
「はい」

「次は、後夜祭の食事係り。今日は、干し肉の分配ですね」
「干し肉が、まだ、到着していませんので、明日にはできると思います。明日には、荷馬車が到着すると聞いています」

「もし、明日の昼までに、荷が到着しなかった場合は、知らせてください」

 それで、セシルが赤いペンキで紙をマークし、それもリボンの枠側に寄せる。

「食器の取り出し、洗浄、日干しは?」
「全部、終えています。問題ありません」

「メイン通りの掃除は?」
「結構、物が出ていまして、今日はできませんでした。明日も――少々、無理があります」

「なぜですか?」
「壇上用の資材と器具が出されているので、会場側の方が、詰まっていまして」

 ふむ、とそれを聞いたセシルは新しい紙の束のようなものを取り上げ、サラサラと、何かを書き込んでいく。

「会場係り、明日は、資材や器具の移動をお願いします。掃除の前に、全て、移動を終えておいてください。会場側の一本裏道に、積んでおけばよいでしょう。これからメイン通りは、できる限り、スペースを使用しないように」

「わかりました」

 それで、新しい紙を、次のリボンの枠に貼り付ける。

「次は――」

 それで、同じような作業が、何行もある――豊穣祭の準備の仕事に色がつけられたり、マークされたり、新たな紙が付け足されたり、ものすごい――的確で、スピードで、簡潔さで、次々と、セシルも、そこに集まっている領民達も、無駄が一切ないほどの順番で、確認を済ませていく。

 すでに、ギルバートとクリストフは、唖然として、その場で硬直したままだ。

「皆さん、今日もご苦労様でした。豊穣祭まで、五日をきりました。頑張って、乗り切っていきましょう」
「はい」

 それで、今夜の報告会は、お開きだったようだった。




 全員が会議室を後にし、その場は、静かな沈黙だけが降りていた。

「お疲れではありませんか?」

 ギルバートは、自分の視界の前にいるセシルの顔を見上げるが、何を言おうとしたのか、聞こうとしたのか――自分でも判らない……。

 その様子のギルバートを静かに見ているセシルが、ほんの微かに首を倒してみせた。

「ご質問は?」
「――たぶん、あると思いますが……なにを、質問すべきなのか……」

「この報告方法ですか?」
「はい……」

「これは、“デイリー・スタンドアップ”という方法を取っています。一週間分の予定と仕事を、週が始まる前に計画を立て、その仕事を、この紙一つ一つに書き込んでいきます」

「はあ……」

 全く聞き慣れない単語に、方法に、ギルバートの困惑も激しい。

「一日の報告会では、質問することは3つ。「今日何をしたか?」、「明日何をするか?」、「問題点はないか?」、それだけです。ですから、一人一人の報告は、そうですねえ……二分程でしょうか」

「それ、だけ、なのですか……?」

「ええ、そうです。それ以上の時間がかかる場合は、報告会の後で、話し合いをする形にしています。それぞれの役割や部署が違いますから、他の部署の報告が長くなっては、役割の違う者達の時間を無駄に潰してしまいますからね」

「――なる、ほど……」
「この方法は簡単ですし、毎日やることが同じですから、誰でも、報告会の議長を務めることができます」
「あっ……一番初めの、順番を決めていたやつですか?」

「そうです。最初は、私が議長役をしていましたが、全員、この“スタンドアップ”方法に慣れてきましたので、今では、適当に順番を決めて、その時々で、違う者が議長役をしています。その方が、少しスリルがあって面白いでしょう?」

 いや……会議にスリルを求められても……。

 そんな会議に混ざったことさえないギルバート達だ。

「毎回、同じ人がやっていたら、やっている方も、聞いている方も、その癖がついて、自分はあまり貢献しなくてもいい、という考えが生まれてきてしまいますからね」

「――そう、ですか……。――あの……、次の――それに、その大きなボードは、一体……?」
「ああ、これですか? これはホワイトボードもどき、です」

()()()、ですか……?」

「ええ、そうです。本当はホワイトボードがあったらとても便利なのですが、それは、今の段階では、少々、無理でして、ボードに布を張り付けてもらって、一枚の紙をメモ帳用の付箋(ふせん)として、ピンで留めることにしたんです。それで、ホワイトボード()()()、なんです」

「はあ……」

 メモ帳?
 ふせん?
 ホワイドボード? ――って一体、なんのこと?

 更に、理解不能に陥っているギルバートとクリストフだ。

 その二人にはおかまいなしに、セシルは次の説明を続けていく。

「豊穣祭の準備のプランは、一週間ごとでは間に合いませんので、一応、一カ月前からのプラン立てがありまして、今、使用しているボードは、豊穣祭前二週間前の詰めのプランなのです」

「――そのプランは、一体、誰が……?」

「全員で作成します。毎年の行事ですので、今では、ある程度、自分達の割り当て、仕事分担、仕事の組み分けなども理解していますから、一カ月前になりますと、まず、代表者全員で、プラン立てをします」

 そこで、少しだけボードの方に向かって、セシルが手を上げるようにした。

「ここに貼ってある仕事は、全部、全員が思いついたり、思い出した仕事ですので、それを一目で見られるように、これは、一応、特大のホワイトボードを作ってもらったんです。小さなボードを合わせていても、見づらいでしょう?」

「ええ……、まあ……、そのように、思いますが……」

「日付毎、部署ごとに縦と横の列と欄が決まり、その日付で、予定している仕事を入れていくんです」

 できた仕事には、緑のマークを。
 できなかった仕事には、赤いマークをつけ、次の日でできるように。

 できない理由がある場合は、端の“問題コーナー”の方に移動し、常時、その経過をきちんと追えるようにしている。

「問題を処置しないまま放置しておくと、そのうち、大問題になってしまいますからね」
「はあ……」

「この部屋には、他にもたくさんのボードがありますでしょう?」
「はい、かなりの数ですよね」

「ええ、その時の用途により、書類に書き残すより、プラン立ては、ホワイトボードが一番やりやすく、全員の目に触れやすいので、最終のプラン立てが決まり、予算やその他の詳細を記す時は、ホワイドボードから、書類に書き写すようにしています」

 デイリー・スタンドアップも、ホワイトボードを使用してのプランニングも、セシルが前世(または現世) で経験していたことだ。

 それで、あまり考えもせず、思い出す必要もなく、そう言った方法を、この領地でも簡単に導入しているセシルだ。

 使えるものは、何でも使う。

 役に立つのなら、迷わず、何でも導入する。

 異世界転生で生き延びるのなら、これ、()()ですよね。

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