奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「プランというのは、ただのプランですから、変更することもありますし、できない状況がでてくることもあります。または、優先順位が変わることもあります。ですから、そういった状況に適応しやすくする為、プランをこのように貼り付けておくんです。プランが変われば、ただ移動すれば、済みますでしょう?」

「なるほど……」

 説明を聞けば聞くほど――なんとも能率的な、全く無駄のない方法だろうか。

「この領地では、十ヵ年計画、これは、所謂(いわゆる)、領地開発における目標的なプランです。それから五ヵ年計画で、ある程度の実質的な計画を詰め、年間計画では、その年に同意した計画と、ロードマップが作られます」

「ロードマップ?」

「ええ、そうです。要は、仕事の準繰りや順番、優先順位など決め、年間でいつ始めるか、どのくらいの予定なのかというものを、全部、並べて道筋を作っていく方法です」

「はあ……」

 きっとよく理解していないだろう反応を見て、セシルが後ろに戻っていく。

「これが、十ヵ年計画の作戦企画です」

 よいしょっと、重そうな大きなボードをセシルが引っ張り出そうとするので、ギルバートがすぐに立ち上がっていた。

「お手伝いします」

 ギルバートとクリストフが走ってきて、親切に、セシルの代わりに、大きなホワイトボード()()()を引っ張り出した。

「これが、今の十ヵ年計画企画ボードです」
「あの……これは……?!」

 そして、さっきから使用されている、他のホワイトボードに負けないほどのメモ帳らしき()()が貼り付けられていたが、先程の報告会とは、これまた、全く違った種類のボードだった。

「これは、具体的な内容などを省き、計画を進める側、決定権を持つ人が集まる、そうですねえ……上層部会議などに役立つ、ストラテジック・プランニングの方法の一つでして」

 この方法も、前世(または現世) で、セシルが頻繁に使用していた方法だ。

 このプランニングの方法をマスターすると、かなり広範囲で、多種多様な問題解決のプランニングができ、プロジェクトの促進にもなり、随分、役に立ったものだ。

「一番端の右側に、すること、したいこと、直接、仕事をしなければならないことを上げていきます。ですが、たくさんある計画や仕事の中で、どのように優先順位を付けますか? 例えば、「交易路の修復が必要」 と、「果樹園の肥料棚の整備と修復」 などがありましたら、どちらを選びますか?」

「それは――重きを、置く方ですか?」
「では、その重きは、どのように定義なさりますか?」
「――ああ、なるほど。あなたのおっしゃっている意味が、解りました」

「どちらも必要で、役に立って、色々理由はあるでしょう。ですから、この仕事を完成した場合、なにが変わるか、ということを、次の欄で決めます」

「何が変わる?」

「たとえば、交易路の修復をすれば、荷台の移動が早くなる。安定する。そう言った結果が上がりますよね? 同じように、果樹園の肥料棚の整備をすれば、来年の種上(たねうえ)をしやすくなる。実がなりやすくなる。育てやすくなるなど、そういう結果を期待します」

 セシルの前で、ギルバートもクリストフも、(予想以上に) 真面目に、そして、真剣にセシルの話を聞いている。

 隣国の王国騎士団であり、とても偉い立場にいる騎士なのに、こんな小さな領地の話に、二人ともすごく真剣だ。

「今の領地の状態や、次の年の計画から、荷台の移動が早くならなくても、まあ、今の段階でも、一応、問題はありません。早くなれば、それはそれに越したことはありませんが、最優先事項というものでもありません。ですから、その優先順位が、最後になりますよね」

「なるほど」

「安定して――今の所、荷台や、荷馬車から、荷が転げ落ちる事件は出ておりません。ですので、それは、現状から言えば、大した問題でもない結果となります」

 だが、果樹園での生産量が落ちると、これは、領民の食糧問題だけではなく、今では、レストランや他の食事処(しょくじどころ)の生産場所となっているので、被害もでれば、そのインパクトも、大きくなってしまう。

「これは、見逃せませんね」
「なるほど、そうやって考えると、優先順位が、随分、変わってきますね」

「ええ、ですから、この方法で、やりたいこと、しなければならないことを上げていきますが、まず何が変わるのか、という結果を想定します」

 それから、その結果が出てくると、誰に役立つのか、違うのか、そういうことも判ってくるようになる。

「それが次の欄です。左からは、二番目の欄になりますね。一番左端が、ゴールです」
「ゴール?」

「ええ、そうです。年間計画で、その年の目標を上げたりするでしょう? 目標なしに改革を進めても、意味がありませんから。資源・資材、人材、おまけに、時間や資本金を無駄にはできません」

「必ず目標がなければ、計画立ては、できないのですか?」

「いいえ。絶対に必須要項、というわけではありません。ただ、目標がなければ、プランの目的は必ず明確に、です」
「なるほど。そうでしたか」

「このボードでは、年間計画での今年の目標がこうだ、と(かか)げているのが、一番左端なんです」

 たくさんの計画、新しい案、仕事などが上がってくるものだが、最終的に、同意された年間の目標を達することができなければ、それは、優先順位に入れる必要ないのだ。

「だからと言って、今まで出て来たプランや案を、(ないがし)ろにするのではありません。それは、次の機会に、次に必要となった時の参考となりますから、きちんと取っておきます」

「なるほど……」

 うーむと、セシルの説明を聞きながら、ギルバートも真剣に唸っている。

「これ、今、私が隠している部分を抜かして――こちらの右側の部分だけに、焦点を合わせてください」

 そう言って、セシルがボードの真ん前に立ち、体で後ろの付箋(ふせん)を隠してしまった。

「右側、二列目、“誰に”の部分です。もし、今年の計画が、観光客を重要とする、という方向でしたら、どれになりますか?」

「それは――上から、1、2――5番目ですか」

「そうです。では、そのまま五番目、“誰が”の部分から、グループでまとめられている、“何が変わる”の部分では?」

 ギルバートは少し屈むようにして、貼られている付箋(ふせん)の内容を読み上げる。

「「もっとお金を落としていく」、「噂が広がる」、「客の数が増える」、「客層が増える」 など、ですか?」

「そうです。お金を落としてもらえるのは、嬉しいことですし、商売(しょうばい)繁盛(はんじょう)にも繋がりますが、人数が少なくては、大した儲けにもなりません。経費だけ(かさ)み、マイナスになってしまっては、困りますから」

 そこで、ギルバートが見下ろしている場所で、赤色の丸が塗られているような付箋(ふせん)を、セシルが指さした。

「ですから、今年は、観光客の数を増やすことに専念します。そうなると、増やす為には何ができるか、どんな案があるか、そういったことが、もう少し、詳細に計画を立てられるようになります」

「なるほどっ!」

 説明されればされるほど、「なぜ?」 という理論立てが、明確に見えてくる。

「面白い方法ですね。初めて聞きました」
「そうでしょうねえ」

 ふふ、と意味深な微笑が、セシルの口元に上がるだけだ。

「すごいですね……。私は、このような、随分、効率的な方法を初めて知りました」
「時間は、無駄にはできません。誰でも、毎日が忙しいのですから」

「確かに」
「すごいですね……」

 ふふ、とセシルがおかしそうに笑む。

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