奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「なぜ、これをお二人にお見せしたか、判りますか?」
「いいえ」

「役に立つからですよ。領地とか、他国とかは、関係ありません。ただ、役に立つ方法ですので、知識だけでも覚えておくと、たとえうろ覚えでも、もし必要になった時に、「ああ、昔、あんなことを教わったなあ」 と、思い出して、もしかしたら、同じような取り組みを、やってみるかもしれないでしょう?」

「――――――――」

 ギルバートは、そこで――柄にもなく、感動してしまっていたのだった。

 ギルバートやクリストフは、はっきり言って、セシルからしてみれば、呼んでもいない他国の使者で、面倒なだけの隣国の王国の者だ。

 セシルなら、これ以上の関りを持ちたくないだろうし、お互いの接点など、無いにも等しい。

 それなのに、今のセシルは――ただ、役に立つから、という理由だけで、わざわざと、ギルバート達に報告会まで参加させてくれ、時間を割いて、領地で(おこな)っているプラン表の説明までしてくれたのだ。

 それは、セシルが言った言葉だ。

 この地では『学ぶ』 という機会は、早々、あるものではない。だから、『学ぶ』 ことで知識を高め、選択肢を増やしていく――と。

 その()()を、セシルは頼まれてもいないのに、無償で、今、ギルバート達に与えてくれたのだ。
 それも、あまりに自然に。全く普段と変わらない様子で。

「――――ありがとう、ございます。本当に、ご令嬢には、そのような機会を与えて下さって、心よりお礼を申し上げます」

「『学ぶ』 ことは、幸せな時間です。誰にでも、いつでも与えられるものではありませんから。そして、知識こそ、本当の意味で、自分の「宝物」 なのです。たとえ、それがどのような知識であっても、色々な形で、自分の力になってくれるものです」

「はい、本当に」

 だから、セシルは、ギルバート達に視察の許可を出してくれたのだ!

 初めから、ゲストとして呼ばれてもいないギルバート達でも、セシルの領地にやって来て、もしかしたら、学ぶことがあるかもしれない。

 だから、その()()を、セシルが与えてくれたのだ。

 ギルバート達など、そのセシルの好意に対して、何も返せるものなどないのに、なんて――寛大で、そうやって、誰にでも平等にできることを、できる機会を、与えられる女性なのだろうか。

「ご質問はありまして?」
「まだ、少しございますが――遅くなってしまいましたし……」

「私の仕事は、今夜はこれで終わりました。世間話程度でしたら、丁度、仕事の切り替えになってよいと思いませんか? そうでないと、眠っている間にも、仕事のことを考えて、叱られてしまいそうです」

 はは、とギルバートが少し笑って、

「お疲れではございませんか?」
「では、お茶と、少しだけ砂糖にしましょう」

「砂糖?」
「甘いものを食べると、一時的に元気が回復するものです」

「そうなのですか?」
「ええ、そうです。どうぞ、ソファーでよろしかったかしら?」

「はい、お願いします」

 それで、セシルの更なる好意に甘えて、ギルバートは、もう少しだけ、セシルの話を聞かせてもらうことにしたのだ。




「領地の歴史では、この土地は、とても小さな農村だった、とお聞きしましたが?」
「ええ、そうですわ」

 お茶の用意もしてもらい、テーブルの上には小さなクッキーと、一口サイズのケーキのようなものが出されていた。

 ソファーでくつろいだ三人は、紅茶をすすっている。

「今夜、報告会に集まったメンバーは、元からいた領民――ではないですよね」

「違いますわ。元からいた領民は、まだほとんどが農園、果樹園、ハーブ園、奥の小さな酪農部などで仕事をしていますから。そう言った経験者が多いですしね」

「では、他所から来た者達ですか?」
「ええ、そうです」

 名前は知らなくとも、話を聞く限り、ギルバートが紹介された案内役やら、敷地内の管理人やら、そういった領民は、ほとんどが、きちんと教育を受けたような印象がすぐに目についた――ただの平民ではなかった。

 おまけに、「銀行」 などと、ギルバートには全く見聞きしない国庫管理方法を設立して、そこの「頭取」 という男性だって、外見の様相からしても、物腰や話し方などを見ても、絶対に、農村にいる領民達の一人などと、分類できるはずもない。

 彼らには、今まで身に着いた知性と富などが、自然と(かも)し出されている雰囲気で、そういった印象があったのだ。

「彼らは、元々は、この領地の民ではありません。私が買収した人材達です」
「買収、ですか?」

 セシルの口元だけがほんのりと上がり、微笑が浮かぶ。

「ええ、そうです。「町興しなど、一世一代のチャンスを掴み取り、自分の能力を試して、そして、掴み取ってみないか?」 と、買収したんです」

「それは――すごい、ですね」
「すごい? なぜですか? 私が、性懲(しょうこ)りもなく、買収しまくるからですか?」

「いいえ、そのようなことではありません」

 セシルは、ギルバートの言葉の意味を、あまり理解していないようだった。

 ギルバートが驚いている事実は――セシルが買収した行動なんかからではない。むしろ、買収された側の人材達の方である。

 一世一代のチャンス――と言われてしまえば、そうかもしれない。

 町興しなど、一から何でも始めなければならない場所など、早々、あるものではない。
 村や町など、大抵、昔からの習慣などが根付き、そう言った、部落制度や集落制度が成り立っているものなのだ。

 だから、これから領地の開発や発展をする、と言われたからと言って、簡単に――今ある自分の生活を捨ててまでして、この領地にやって来るなど、口で言うほど簡単なことではないはずだ。

 勇気もいることだろうし、一生の賭けでもあるだろうし、成功しなかった場合の不安とてあるだろうし、気軽にできる決断ではないはずだ。

 まして、セシルが自ら()()(きっと勧誘なのだが) してきたほどの人材なら、ただの平民達であるはずがない。

 ギルバートが会った全員が、しっかりとした教育を受けている様子から判断しても、貴族――もしくは、裕福層の商人や、学問一家の出自である可能性が一番高い。

 そうなると、きっと、この領地にやってくる前は、安定した職位や生活があり、食には困らないような裕福な階層にいたはずである。

 そんな生活を簡単に手放して、全く未知の、成功するかも判らないような不安定な未来に賭けて、この領地に移住してきたであろう人材達に、ギルバートは驚いていたのだ。

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