奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「――あなたにそのように勧誘され、今、この領地にいる人材達は、素直に承諾したのですか?」

「いいえ。最初は、ほとんど乗り気ではありませんでしたわね。でも、“売り”のポイントくらいは、私でも、出まかせが言えますのよ」

 出まかせで、自分の一生を賭けれるような豪胆な人間がいるのなら、ギルバートもお目にかかってみたいものだ。

 それも、未知の世界に、冒険に、危険に不安に――そんなことを吹き飛ばして、今の生活を捨てられるような、そんな希少価値に近いであろう豪胆な者が、一人だけではない。

 見る限り、ものすごい数の人間がそうだというのなら、本当に驚きを通り越して、信じられない現象だ。

 セシルの口車に乗せられた――かのような口調をしているが、そんなもの、乗せられたという事実が発覚した時点で、騙されたと思った人間は、さっさとセシルを捨て、領地を見捨てて、立ち去っていることだろう。

 どう見ても、あの人材達が、立ち去って行ったようには、全く見えない。
 むしろ、喜んで、この領地の一員となっているではないか。

 まさか――セシルは先見の明があって、そう言った人材を自ら選び抜いてきたわけではないだろうが、こんな短期間で、これだけの繁栄を遂げるだけの力を、人材を、そして、その能力を見極めたセシルの――計り知れない能力が末恐ろしいものである。

 ギルバートもその事実に気づいてしまって、一瞬、背筋が、ヒヤリと、凍り付いてしまった感じだった。

「確か――初めの講義で教わったこの領地の歴史では、――当初は、農村地帯で、ほとんど何もなかった、というようなことを伺いましたが?」

「ええ、そうですね」
「今は――ものすごい繁栄を遂げていますよね」

「やっと、ここまで登ってきました。それまでは、ただの小さな町ですわ」
「それでも――」

 百人足らずのほんとうに小さな農村地帯なのに、今では、人口も倍以上に跳ね上がり、一般的な町にもなった。
 路もでき、店が立ち並び、領地内だって――あまりに多種多様な施設が建設されている。

「まだまだですわ。まだ、やることはたくさんありますの」
「そう、ですか……。――その度に、新たな人材を?」

「もちろんです。この領地では、常に、人員不足、人材不足に悩まされていますからね。それに、良い人材と言うのは、簡単に手に入る者ではありませんもの」

 セシル自身だって、()()、その問題点を、一番に理解している本人なのだ。

 そうなると――入手が難しい、または、不可能な人材達なのに、なぜかは知らないが、そう言った人間が選ばれて、彼らが、全員、好んでセシルの領地に住み着いていることになる。

 信じられない話だ………。

「――外部からの人材は、どのくらいなのでしょう?」
「あら? ほとんどですわよ。ご存知の通り、この地は、本当に小さな農村でしたから」

 そうだろう。百人程度の、農村とも呼べない――むしろ、ただ、畑仕事をしている、農家の集まり程度である。

 部落集団だけでは、急激な人口増加など、ほぼ、不可能である。

「見た所――領地内の犯罪率は、あまり多いようには、見えませんでした」

「それは、徹底しておりますので。なにしろ、この領地には、司法制が行き届いておりません。ですから、領主の裁断一つで、犯罪者は、即刻、領地の追放を言い渡されます。追放された者は、もう二度と、この地に足を踏み入れることは、許されておりません」

「追放された者がいるのですか?」
「ええ、いますわ」

 人が増えれば、それだけ犯罪も増えてくるし、多種多様の人種が混ざり合えば、意見の不一致も出てくるものだ。

 貧富の差があれば、よこしまな考えで、意地汚い犯罪を犯す者も出てくる。

 それが現実である。

 お手々を繋いで仲良くね、などという、甘い平和な世界ではないのだ。

 王国内でも、貴族の治める法律はあるものだし、新たに作られ施行されることもあるが、領地内の小さな領民の犯罪法律など、まだまだ、統率されていないし、存在しない時がほとんどである。

 だから、領地を治める領主に、治外法権的な権力と権威が与えられ、領民を裁くのは、領主の仕事でもある。

 セシルが治めているこの領地は、まだまだ小さな町で、人口だって、それほど多いものではない。

 だが、領地内の秩序を保つ為には、小さな犯罪でも、後々に大きな問題となって、領地や領民を危機に貶めてしまう可能性だって出てきてしまう。

 だから、そこら辺は、(こんな小さな町にしては) かなり厳しい領令が敷かれていた。

「有能な人材を集めることは、容易ではありませんでしょう?」
「そうですわね、本当に……」

 それは、しみじーみと、セシルも同意する。

「そうやって勧誘され、呼び集められた人材達の家族、などは? 一緒に、この領地へ来ているのですか?」

「ええ、そうですわ。家族なのに、別の土地で暮らすのも不便ですし、離れたままでは、お互いに寂しいでしょう?」

「そうですね。問題など、ございませんでしたか?」
「さあ、そのような話は、聞いておりませんわ」

 新天地に移住してきた家族や身内までも、問題もなく、不安もなく、過ごせているのだろうか?

 とんでもなく――次元の違い過ぎる話を聞いているような気がしてならないのは、ギルバートの気のせいなのだろうか……。

「情報過多で……、今は、少々、理解に苦しんでおります……」
「まあ、そうでしたか」

 面白そうに、セシルの口元に微笑が浮かんでいる。

(まつりごと)の話など、つまらない話でありましょうに、お二人は、真剣に、真面目に、お聞きなさるんですのね」
「とても興味深い話だと、学ばせていただいております」

「ふふ、そうですか。でも、あまり詰め込み過ぎると、疲れてしまいますでしょう? ――あら? そう言えば、明日は、どうなさるんですか?」

「午前中は、グリーンハウスを、もう一度、見学させていただこうかと思いまして。こちらで取り組んでいる、“二期作”という実例は、とても興味深いものです。冬の間の食糧問題が、少しでも解決できることは、大きな力になります。気候に左右されない点も、同じです」

「ええ、食糧確保は、この地では必須ですからね」

「それで、グリーンハウスの見学をさせていただこうかと考えております。午後は、工房村の方へ。視察の間では、説明だけしか聞けませんでしたから、今回は、工房村で、体験コースを試してみようかと」

「そうですか。お二人とも、楽しんできてくださいね」
「本当に、寛大なお心遣いに、感謝いたします」

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