奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 その笑顔を絶やさないセシルが、二人に顔を向ける。

「今日は、訓練をしていただけるのですが、本当によろしいのですか?」
「ええ、もちろんです」

 むしろ、すでに五日間以上もいるのに、初めに約束した騎士達の訓練を、全く済ませていないギルバートだ。

 まさか、ギルバート達の視察を優先してくれたのではあるまいし……。

 それで、今日と明日の二日、午前中と午後は、二時間ずつ、領地の騎士達の訓練をする予定が立っていたのだ。

 八日近くも世話になるのに、たった二日の訓練など、割に合わないのではないか、とギルバートは思っている。

「こちらの騎士達も、多忙なのでは?」

「騎士達は、豊穣祭前日は、護衛に回され、時間が取れないのですが、今日、明日の間なら、まだ時間は調整できまして。むしろ、騎士達は、豊穣祭当日の方が、多忙なんです。ほぼ全員、警備と護衛の仕事に回されますから」

「なるほど」

 王国だって、催しやイベント、社交界やらとの集まりがある度、騎士団は駆り出され、王宮の警護を強化したり、来賓の護衛をしたりと忙しくなるから、ギルバートもその状況は不思議ではない。

「では、よろしくお願いしますね」
「わかりました。昨夜、到着した残りの二人は、申し訳ありませんが、午前中は休ませているものでして……」

「どうか、お気になさらないでください。きっと、馬の足を速めて、戻っていらっしゃったのでしょう? お疲れでしょうから、今日一日は、休息なさってくださいね。むしろ、疲労状態で訓練など参加してしまったのなら、怪我をしてしまう可能性がありますもの」

 それは、ギルバートも同じ意見だった。

 だから、昨夜、かなり遅くなって、領地に到着した残りの部下二人は、まず、午前中は、しっかり休ませることにしたのだ。

「ありがとうございます」
「では、打ち合わせも終わりましたから――皆様、よろしくお願いしますね」

 本当に、猫の手も借りたい時には、身内だろうと、ゲストだろうと、全く容赦のないセシルである。


* * *


 領地の騎士団長を務めている、ラソム・ソルバーグは、まだまだ働き盛りである壮年期の男性だった。

 領地の騎士団の黒い制服を身に着け、襟や袖にあるストライプが、他の騎士達とは違っていた。

「今日は、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」

 邸側に迎えに来たラソムを前に、ギルバートも簡単な挨拶を済ます。

 騎士団の訓練場は、屋敷の裏側に設置されているらしく、馬で移動し、三人は訓練所にやって来た。

「一度の訓練には、一応、平均として、30~40人の騎士が参加できるように、組んであります。その時々で、もう少し、人数が増えるかもしれませんが」
「わかりました」

「マスターからお話を伺っているかもしれませんが、領地の騎士は、正騎士と、騎士見習いがいます。騎士見習いは、“見習い騎士”ではありませんので」

 なんだか、言葉遊びを聞いているような感じだ。

 だが、ギルバートも、“見習い騎士”と聞いたら、大抵、まだ、騎士となる教育を受けている、“見習い”というような立場を想像する。

「その違いは、なんでしょうか?」
「領地で“見習い”となる者は、成人していない者の立場を言います。所謂(いわゆる)、成人する前の子供ですね。ですが、12歳以上に限られています。それ以下は、“見習い”にはなりません」

 それでも、12歳だって、あまりに若い過ぎる年齢だ。

 まだまだ子供であり、成人する年が16歳だろうと、さすがに、若い年齢になってしまう。

「その職業にもよりますが、騎士団では、成人に近い年齢の“見習い”は、ほぼ、正騎士と同じ仕事を課され、それをこなさなければなりません」
「なるほど」

 そうなると、今日・明日の訓練には、成人した正騎士と一緒に、まだ成人していない子供の騎士見習いも、一緒になって混ざって来る、ということだ。

「問題ですか?」
「いえ。大丈夫です」

 ギルバートも、まだ、成人していない子供の訓練をした経験はないが、だからと言って、訓練内容が全て変わるわけでもない。

「ご令嬢より、訓練には手を抜かなくて良い、とのことですが、もし、あなたの目から見て、騎士見習いの体に負担がかかるようでしたら、すぐに、私を止めて下さい」

 子供の騎士だから――などと、ギルバートは差別することもなく、バカにすることもなく、子供がいようとも、真剣に、今日・明日の訓練を終わらせようと考えているようだった。

 ラソムも、王国騎士団の騎士から訓練を受けられる機会は、領地の騎士達にとっても、またとない機会だと思っている。

 ただ、貴族で――王子殿下でもある高位貴族が、どれだけ本気で、たかが一領地の私営騎士達に訓練をするのかは、(正直な話) ラソムも考えに及ばなかったのだ。

 セシルからは、


「たぶん、大丈夫でしょう。またとない機会ですもの。彼らのお言葉に甘えましょう?」


 セシルは、左程、問題にしている様子もなく、あっさりとしたものだった。

 だから、セシルが心配していないのなら、ラソムにも文句はない。

 この様子だと、たぶん――セシルは、子供だろうと何だろうと、ギルバートが本気で訓練をしてくれることを、初めから判っていたようである。
 セシルは、そう言った読みは、絶対に、間違えたことはない。

 開けた場所にやって行くと、そこには、すでに、訓練に参加しにきた騎士達が集合して、整列していた。

 ラソムの言う通り、大人の騎士達に混ざり、まだ幼さが残る子供達もいる。

 ギルバート達の視察中でも、いつでも、どこでも、たくさんの子供の騎士達が、目に入って来た。騎士見習い、だ。

 小さな町であろうとも、子供の騎士が大半だなんて、そんな騎士団は聞いたことがない。

 セシルの領地は、あまりに色々な政策を試みて、それを実地しているようだったが、それでも――子供の集団でできている騎士団というのも、ギルバートには初めての経験だった。

「今日は、隣国、アトレシア大王国の騎士団の方が、この領地の騎士達に訓練をしてくださることになった。マスターからは、手を抜かなくて良い、と指示を出されているようだから、君達も、しっかりと訓練に励むように」

 それは激励――には程遠い、脅しじゃないのだろうか……。

 「手抜きせずに、しっかり励めよ!」 と。

 起立して整列している騎士達が、げっ……と、内心で顔をしかめそうになっていたのは、言う間でもない。

「では、後は、よろしくお願いします」
「わかりました」

 ギルバートが一歩前に出て、整列している騎士達を見渡していく。

「今日、明日、君達の訓練をまかされることになった。時間も限られているので、今回の訓練は、実地訓練に重きを置きたいと考えている。王国の騎士団では、実地訓練の他にも、戦術などの違った訓練があるのだが、今回の訓練では、それを省くことにした」

 アトレシア大王国の騎士団では、戦に備えて、戦術や戦法を学ぶ訓練がある。その他にも、基礎的な体術の訓練もあり、それから、士官候補生の訓練などもある。

 今回は、朝・昼、二時間ずつという時間が限られているから、基礎的な身体訓練に集中した方が、領地の騎士達にも役に立つだろう、とのギルバートの考えだった。

「私は、ここに揃っている騎士達のことを知らないので、まず初めに、簡単な確認をしたいと思う。それから、それぞれに、訓練内容を指示していくつもりだ。訓練が始まり、自分の体が無理そうだと判断した場合、訓練の一時停止をしても良い。その場合は、手を上げて、その場で休むように」

 初っ端から――訓練中に訓練をやめていい、と説明されるなんて……。

 もしかして、初めから、一時停止をしないといけないような、ものすごい厳しい(激しい?) 訓練になると、言われているのだろうか?

 訓練もまだ始まっていないのに、なんだか、初っ端から――今日の訓練を心配すべきなのか……、少々、不安になってきてしまうではないか。

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