奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「その上、手で顔をこするような癖がある場合、その雑菌やバイ菌がついた手で顔をこすり、顔にまで菌を撒き散らしていることになります。外にいる時などは、特に、目で見えない菌が、手にたくさんついています。ですから、外出から帰って来た時は、一番初めに手を洗うことが重要なのですが、毎回、手洗い場にはいけませんわよね。それで、領地ではおしぼりに変え、手を拭くよう、そのように習慣づけしたのです」

「はあ……」

「この領地の食事処(しょくじどころ)やレストランでは、今は、全員強制で、おしぼりを出すように規制されています。食事処などでは、特に、食品の扱い、衛生管理が必要となってきますものね。大量感染、などという最悪の事態になりましたら、医師もいないこの領地では、大変な事態になってしまいかねませんわ」

「なる、ほど……」

 そして、あまりに医学的な話に変わって――すでに自分の理解を簡単に超えている説明を聞いて、それでも、ギルバートは(ものすごく) 驚いていた。

 領主であるセシル自らが率先して、領民達に、衛生管理を徹底させる為に、その知識を教え込んでいたからだ。

 そういった知識を持っていること自体、稀なのであろうが、その知識を惜しみなく、領民全員に行使させているなんて。

 医師がいない土地は、多い。領地も、多い。
 さすがに、医師ともなると、大学のような専門学を習得しなければならない重要な職業だ。

 だから、その数だって限られているし、医師になったら――大抵、王宮や上級貴族のお抱えとなり、重宝されることが常だ。
 平民が、簡単に診察してもらえるような治療費でもない。

 だから、そういった問題点を抱えても、現状では、あまり解決策はないことが多い。

 それなのに、セシルは、積極的にその問題点を解決しようと試みて、できることを探し、できることを領民達にさせているのだ。

 “オシボリ”は、タオルの量が増えてしまっても、それでも、清潔な手を保つことができるのなら、医師に比べて遥かに安いものだ。

 口をつけずにお水を飲むのなら、病気の感染が少なくなるらしい。それは、タダでできる衛生管理だ。

 そういうことを――積極的に、惜しみなく、問題点を悩み続けて無視しないでいるセシルに、ギルバートは素直に驚いていたのだ。

 感心していたのだ。

「このような暖かい日差しの下で体を動かすと、人が考えている以上に、体は汗をかいています」

 ただ、目に見えないだけで、かなり、体内の水分が蒸発しているものなのだ。
 だから、定期的な水分補給が、とても重要になって来る。

「体内の水分が欠乏すると、疲労しやすくなり、疲労の回復にも、時間がかかってしまいますから。人間の体は、ほぼ水分でできています。ですから、水分が欠乏すると、体にも影響がでてきますのよ」

「そう、なのですか?」

「ええ、そうですわね。できれば、30分や一時間毎に、せめて、コップ一杯分くらいの水分補給は必要なのです。自分自身で喉が渇いていないと感じていても、実際には、体内の水分は、欠けていることが多いのです」

 ギルバートは外で訓練をしていて、一時間は外で動いていたことになる。それでも、そこまで喉が渇いているなとは、まだ感じていないのだが。

「それに、水分が欠乏していたり、不足していると、喉が渇いたなぁ、と考えたり感じていることがシグナルとして脳に送られ、それが継続されると、反対に、空腹の神経が刺激されます。それで、実際は、空腹でお腹が空いていないのに、水分不足でお腹が空いている、と勘違いしてしまうこともあります。それで、暴食してしまうなど」

「はあ……。それは、存じませんでした……」
「大抵の方は、そうでしょうね。水を飲めば水太りする、という人もいます」

「水、太り? ――あの……、それは………」
「プクプクと、太ってしまうという現象です」
「はあ……」

「ですが、実際は、水太りではありませんの。体内の水分が欠乏している為、水分を摂取する度に、体が水分を蓄積してしまう傾向にあるだけなのです。数日、一週間、きちんと、定期的に水分補給し、定期的に――その……トイレに向かえば、自然と、体の調整が治ってきますわ」

「なる、ほど……」

 また――ものすごい知識を詰め込まれて、情報過多だ。

 今――ものすごい知識を学んだのかもしれないが、ほとんど、意味が解からないような医学的な知識が多く、ギルバートも――困惑気味だ。

「この領地の水は、山から流れてくる川から使用しているものです。ですが、自然界にある水でも、一体、どこで、何が、または、誰が汚しているかも判りません。ですから、この領地では、飲み水は、全て、沸騰させて消毒させたものを飲ませています」

「――全部、ですか? それは、ものすごい量では?」

「そうですわね。ですから、その必要から、朝一番に水を沸かし、沸騰させて消毒する仕事ができましたわ」
「はあ……」

 そんな仕事があるなど、聞いたこともない。

「もう少し――治水管理ができれば良いのですけれど……」

 まだまだ、そこまで到達するには、知識も、技術も、物資も足りなさ過ぎるのだ。医学だって、全然、発達していない。

 それで、セシルの領地では、飲み水用に、大量の水を、朝から沸騰させる仕事がある。それを、きちんと領地内で分配していくのだ。

「あなたの――」

 ギルバートの呟きで、セシルが不思議そうに首を倒した。

「なんでしょう?」
「あなたの――領地は、なにか、こう――凄すぎて……、理解が追い付いていきません……」

「そうですか? まだまだ発展途上で、やることはたくさんありますのよ。人材だけではなく、人員も足りず、おまけに、知識も技術も道具も、その全てが全て、足りなさ過ぎですものね」
「えぇ、そうでしょうか……?」

 これって、もしかして――現状に文句を言っている、セシルの光景だったのだろうか……。

 気のせいではなくて――きっと、絶対に、こんな小さな町で、普通の領地の一つであるはずのコトレアの領地は――アトレシア大王国の王都なんかよりも、遥に、生活基準も、水準も、高いはずだ。

 それを、今、ギルバートだって、はっきりと気付いてしまったほどだ。

「ええ、そうですわ。ですから、今は――仕方なく、できることをしていますけれど、原始的な方法が多いですわねぇ……」

 いや、絶対に、そんなことはないはずだ……。

 今日もまた、ギルバート――だけではなくて、クリストフも、視察もしていないのに、驚かされてばかりだ。

 驚かないでいられる日など、あるのだろうか……?

 こんな――不安な質問が出てくるなんて、本当に、生まれて初めてではないだろうか……。

 コトレア領、あまりに――侮り難し……。


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