奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *
午後からの訓練には、午前中に交じっていない騎士達が揃っていた。
日課の仕事や任務の順番で、午前と午後に分けた訓練で、明日もそれは同じだ。
ただ、調整の利く騎士達は、自己参加できることになっているので、セシルの話だと、時間がある騎士は訓練に参加します、と伝えられた。
並んでいる騎士達を見渡して――ギルバートの気のせいではなくて、見慣れた顔が並んでいることに、ギルバートは気が付いた。
見慣れた顔――ではない。
あの時は、常時、全員が覆面をしていたので、目元や、顔の輪郭がなんとなく見えていたものだが、それだけだ。
それでも、見覚えのある顔立ち、体型や体格が――きっと、ギルバートの見間違えではないと伝えていた。
「ああ、やって来ましたねえ」
どうやら、クリストフも気が付いたようだった。
口元だけを微かに上げ、並んでいる騎士達を面白そうに見返している。
この顔は、自分でしっかりとしごきに行きたい時の、クリストフの顔だった。
今回の訓練は、クリストフはギルバートに全部押し付けて(なにしろ“鬼の副団長”サマだから)、
「ただ見学しています」
などと、初めから不参加を言ってきていたのに。
「まさか、午後から参加すると、でも?」
「いえいえ。ギルバート様が、しっかりと訓練なさるのですから、邪魔はしません」
でも、クリストフの視線の先には、ある一か所だけに、焦点が絞られている。
気になって、しょうがないのだろう。
だから、ウズウズと、しごき虫がうずいているはずなのだ。
午前中と同じように、午後からの訓練も、まず、ギルバートの確認から始まっていた。
動かない姿勢のまま、5分。次の5分。
腰を深く落として5分。
そして、外周回りの走り込み。ローテーション。
テンポよく、途切れることなくスムーズに、ギルバートの訓練は進んで行く。
その間、傍で号令を出したり、時計で時間を確認しているクリストフだって、つい、その視線の先がある一点に向いて、確認してしまうのだ。
ほう、まだ生き残ってますか、などなど。
それで、面白そうに、その口端がほんの微かにだけ、つい、上がってしまっているのだ。
午後からの訓練も、ラソムは参加していた。
午前中の訓練を終わり、その後、昼食に向かう前に、ギルバートに何点かの質問点を聞いてみたら、親切にも、時間を割いて、全部、きちんと説明をしてくれた。
それで、基礎運動のアドバイスも受け、随分、為になる訓練となった。
だが、質問を持っていたのはラソムだけではなく、ギルバートの方も、ラソムに質問があったのだ。
領地は子供達が多い。それで、子供の騎士見習いがたくさんいる。
身体的には成人した大人には敵わないが、それでも、早くから、騎士訓練やその修行をする子供には、大人から騎士になる訓練を始めた王国の騎士達よりも、遥かに、その吸収力も、成長も早いだろう。
そう言った、大人と子供の違いなど、ラソムが気付いたかどうか、ギルバートも質問してみたのだ。
今の王国騎士団の政策は、それほど悪いものではない。
18歳になると、騎士団に入る為の騎士養成学校に入学できる。そこで一年、騎士になる為に勉強し、鍛錬し、修行して、一年後に騎士入団試験を受けることができる。
ただ、騎士入団試験に受かり、騎士団に入団しても、それから数年は、ほとんど使い物にならないのが常だ。
徹底した騎士の基礎を教え込み、騎士の仕事や任務を教え込み、それから、騎士団に慣れさせていく。
経験組の騎士達と組ませ、王都の巡回や警備をやらされて、それから、初めて、ある程度動けるような経験を積むと、王宮での警備に当てられる。
貴族などは、初めから剣技を習っているものばかりなので、騎士養成学校にやって来ても、剣技の科目は、ある程度、問題なくこなすことができる。
だが、王国騎士団は、ただ剣を振り回せばよいというだけの仕事ではないから、その他の戦術も習えば、色々な科目を終了していかなければならない。
一年でも、ほとんどが、基礎知識で終わってしまっている。
だから、もし――騎士になる資格である年齢を下げた場合、一体、どんな問題が上がって来るのか、考慮しなければならないのか、気を付けなければならないのか、ギルバートもラソムに聞いてみたかったのだ。
この領地にやって来なければ、たぶん、ギルバートだって、そんなことを考えもしなかっただろう。
別に、成人した大人が騎士になり始めても、問題はない。
今までだって、騎士団は成り立っているし、緊急だろうと、きちんと機動できている。戦力にはなっている。
それでも――今まで考えもしなかった新たな可能性は、出てきたことになる。
これも、セシルが言うように、新たな機会、というものなのだろうか。
少々、セシルに感化されて来てしまったのだろうか。
ギルバートも、自嘲気味に、微苦笑を浮かべてしまう。
ここ、連日、連夜、定例の報告会に参加させてもらっているギルバート達は、端にあるソファーに座って、会議の邪魔はしない。
でも、定例の報告会に続き、豊穣祭の報告会も見学させてもらっている。
いつも、いつも、その会議があまりにスムーズで、簡潔で、無駄が一切なくて、ただただ感心させられてしまっている。
そんな中で、問題が上がって来ても、今まで見て来たセシルは、
「なぜですか?」
必ず、理由を聞いていた。
「少々、無理かもしれません……」 という対応でも、セシルは、必ずその理由を聞いていた。
絶対に、頭ごなしに言葉だけを信じなくて、それで、理由を聞いて、必ず、状況を理解することを、心掛けているように見えたのだ。
だから、他の者にとっては、難しくなってきた仕事でも、セシルにとっては問題ではなく、すぐに、当座の解決策が上がって来る令嬢だった。
解決が素早いなあ……と、何度、ギルバートも感心してしまったことか。
それで、できないと決めつけず、セシルは、簡単に次の道を、他の方法を探し、そこで、まごついていないのだ。
「では、今年は、それで挑戦してみましょう。いい機会だから」
とも、何度か、聞いたセリフだ。
何事も、自分達の知らない経験でも、未知の知識でも、セシルは立ち止まってなどいない。
それで、少しでも挑戦してみて、どうなるか判断してみましょう、といつも前向きなのだ。
失敗を恐れていない。
失敗は、次の改善余地になって、セシルにとっては、貴重な経験と知識、となってしまう。
なにもかもが、前向きで、そのセシルを見ているギルバートも、なんだか、セシルの行動を見ていたら、何でもできそうな気になってきてしまうのだから、不思議なものだ。
それで、王国内で子供の騎士学校はない。だからと言って、そんな考えを禁止する理由もない。
少々、検討してみる価値はあるのではないだろうか。
午後からの訓練には、午前中に交じっていない騎士達が揃っていた。
日課の仕事や任務の順番で、午前と午後に分けた訓練で、明日もそれは同じだ。
ただ、調整の利く騎士達は、自己参加できることになっているので、セシルの話だと、時間がある騎士は訓練に参加します、と伝えられた。
並んでいる騎士達を見渡して――ギルバートの気のせいではなくて、見慣れた顔が並んでいることに、ギルバートは気が付いた。
見慣れた顔――ではない。
あの時は、常時、全員が覆面をしていたので、目元や、顔の輪郭がなんとなく見えていたものだが、それだけだ。
それでも、見覚えのある顔立ち、体型や体格が――きっと、ギルバートの見間違えではないと伝えていた。
「ああ、やって来ましたねえ」
どうやら、クリストフも気が付いたようだった。
口元だけを微かに上げ、並んでいる騎士達を面白そうに見返している。
この顔は、自分でしっかりとしごきに行きたい時の、クリストフの顔だった。
今回の訓練は、クリストフはギルバートに全部押し付けて(なにしろ“鬼の副団長”サマだから)、
「ただ見学しています」
などと、初めから不参加を言ってきていたのに。
「まさか、午後から参加すると、でも?」
「いえいえ。ギルバート様が、しっかりと訓練なさるのですから、邪魔はしません」
でも、クリストフの視線の先には、ある一か所だけに、焦点が絞られている。
気になって、しょうがないのだろう。
だから、ウズウズと、しごき虫がうずいているはずなのだ。
午前中と同じように、午後からの訓練も、まず、ギルバートの確認から始まっていた。
動かない姿勢のまま、5分。次の5分。
腰を深く落として5分。
そして、外周回りの走り込み。ローテーション。
テンポよく、途切れることなくスムーズに、ギルバートの訓練は進んで行く。
その間、傍で号令を出したり、時計で時間を確認しているクリストフだって、つい、その視線の先がある一点に向いて、確認してしまうのだ。
ほう、まだ生き残ってますか、などなど。
それで、面白そうに、その口端がほんの微かにだけ、つい、上がってしまっているのだ。
午後からの訓練も、ラソムは参加していた。
午前中の訓練を終わり、その後、昼食に向かう前に、ギルバートに何点かの質問点を聞いてみたら、親切にも、時間を割いて、全部、きちんと説明をしてくれた。
それで、基礎運動のアドバイスも受け、随分、為になる訓練となった。
だが、質問を持っていたのはラソムだけではなく、ギルバートの方も、ラソムに質問があったのだ。
領地は子供達が多い。それで、子供の騎士見習いがたくさんいる。
身体的には成人した大人には敵わないが、それでも、早くから、騎士訓練やその修行をする子供には、大人から騎士になる訓練を始めた王国の騎士達よりも、遥かに、その吸収力も、成長も早いだろう。
そう言った、大人と子供の違いなど、ラソムが気付いたかどうか、ギルバートも質問してみたのだ。
今の王国騎士団の政策は、それほど悪いものではない。
18歳になると、騎士団に入る為の騎士養成学校に入学できる。そこで一年、騎士になる為に勉強し、鍛錬し、修行して、一年後に騎士入団試験を受けることができる。
ただ、騎士入団試験に受かり、騎士団に入団しても、それから数年は、ほとんど使い物にならないのが常だ。
徹底した騎士の基礎を教え込み、騎士の仕事や任務を教え込み、それから、騎士団に慣れさせていく。
経験組の騎士達と組ませ、王都の巡回や警備をやらされて、それから、初めて、ある程度動けるような経験を積むと、王宮での警備に当てられる。
貴族などは、初めから剣技を習っているものばかりなので、騎士養成学校にやって来ても、剣技の科目は、ある程度、問題なくこなすことができる。
だが、王国騎士団は、ただ剣を振り回せばよいというだけの仕事ではないから、その他の戦術も習えば、色々な科目を終了していかなければならない。
一年でも、ほとんどが、基礎知識で終わってしまっている。
だから、もし――騎士になる資格である年齢を下げた場合、一体、どんな問題が上がって来るのか、考慮しなければならないのか、気を付けなければならないのか、ギルバートもラソムに聞いてみたかったのだ。
この領地にやって来なければ、たぶん、ギルバートだって、そんなことを考えもしなかっただろう。
別に、成人した大人が騎士になり始めても、問題はない。
今までだって、騎士団は成り立っているし、緊急だろうと、きちんと機動できている。戦力にはなっている。
それでも――今まで考えもしなかった新たな可能性は、出てきたことになる。
これも、セシルが言うように、新たな機会、というものなのだろうか。
少々、セシルに感化されて来てしまったのだろうか。
ギルバートも、自嘲気味に、微苦笑を浮かべてしまう。
ここ、連日、連夜、定例の報告会に参加させてもらっているギルバート達は、端にあるソファーに座って、会議の邪魔はしない。
でも、定例の報告会に続き、豊穣祭の報告会も見学させてもらっている。
いつも、いつも、その会議があまりにスムーズで、簡潔で、無駄が一切なくて、ただただ感心させられてしまっている。
そんな中で、問題が上がって来ても、今まで見て来たセシルは、
「なぜですか?」
必ず、理由を聞いていた。
「少々、無理かもしれません……」 という対応でも、セシルは、必ずその理由を聞いていた。
絶対に、頭ごなしに言葉だけを信じなくて、それで、理由を聞いて、必ず、状況を理解することを、心掛けているように見えたのだ。
だから、他の者にとっては、難しくなってきた仕事でも、セシルにとっては問題ではなく、すぐに、当座の解決策が上がって来る令嬢だった。
解決が素早いなあ……と、何度、ギルバートも感心してしまったことか。
それで、できないと決めつけず、セシルは、簡単に次の道を、他の方法を探し、そこで、まごついていないのだ。
「では、今年は、それで挑戦してみましょう。いい機会だから」
とも、何度か、聞いたセリフだ。
何事も、自分達の知らない経験でも、未知の知識でも、セシルは立ち止まってなどいない。
それで、少しでも挑戦してみて、どうなるか判断してみましょう、といつも前向きなのだ。
失敗を恐れていない。
失敗は、次の改善余地になって、セシルにとっては、貴重な経験と知識、となってしまう。
なにもかもが、前向きで、そのセシルを見ているギルバートも、なんだか、セシルの行動を見ていたら、何でもできそうな気になってきてしまうのだから、不思議なものだ。
それで、王国内で子供の騎士学校はない。だからと言って、そんな考えを禁止する理由もない。
少々、検討してみる価値はあるのではないだろうか。