奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「では、今から、5分の休憩に入る。全員、しっかりとストレッチして、筋肉を伸ばしておくように」

 ギルバートが午前中と同じセリフを言って、最初の一時間は終えていた。

 それを聞いた全員が、ものすごい安堵の息を吐き出していたのは、言うまでもない。

 ジャン達四人も、前屈みになり、手を太腿(ふともも)に置きながら、肩を激しく上下させている。
 汗も、かなりかいている。額が濡れて、髪の毛が張り付き、首から、ポタリと、汗が落ちていた。

「……厳しい、訓練って……」
「……毎日なら、死にそう……」

 今回は、領地の()()の訓練だから、フィロは訓練から外れている。

 フィロは、セシルの()()()で、()()()、だから。

 ここにやって来ているたくさんの子供達は、領地の「騎士見習い」 である。だから、仕事を終えた子供達や、休みの子供達は、全員、参加している。
 他の正騎士と同様に。

「いやいや、死にませんよ。毎回、騎士達は、死にそうだ、とは言っていますがね」

 聞き慣れた声が近づいてきて、全員が顔を上げた。

 薄っすらと、口元が上がっているような笑みをみせ、クリストフが四人の前にやって来ていたのだ。

 そのすぐ後ろに、ギルバートもやって来ている。

 疲労(ひろう)困憊(こんぱい)に近いが、全員が、スッと、体を起こし起立していた。

「騎士だったんですねえ」

 だが、子供達はクリストフを慎重に見返したまま、喋る気はないようだった。

「紹介が遅れましたが、私はクリストフ・ノード。アトレシア大王国、第三騎士団の騎士をしています」
「右に同じく、第三騎士団副団長をしている、ギルバート・アトレシアだ」

 正式な紹介をされてしまっては、無視し続けることもできない。

 セシルの領地の騎士は(しつけ)がなっていない、などとバカにされては、セシルに顔向けもできない。

 それを承知していて、この二人、きっと、四人の前にやって来て、わざわざと、自己紹介を済ませたのだろう。

「ジャン・フォルテ。騎士見習いです」

 まだ子供であっても、かなり体格が大人に近づいてきている一人が、手を後ろで組み、真っ直ぐに起立した。
 茶色に近い濃い金髪で、くすんだグリーンの瞳だ。

 ジャンが自己紹介を済ませたので、残りの全員も後ろで手を組み、真っ直ぐに起立する。

「ケルト・フォルテ。騎士見習いです」

 ジャンと同じく、背も伸びてきている少年が、自己紹介をする。短く刈り上げた焦げ茶の髪に、焦げ茶の瞳。

「ハンス・フォルテ。騎士見習いです」

 黒髪に、焦げ茶の瞳。

「トムソーヤ・フォルテ。騎士見習いです」

 最後に、一番小さな体格の少年が、自己紹介を済ませた。明るい茶毛に、鈍い青色に近い瞳。

 全員が同じ苗字で、まさか――兄弟か血縁関係だったなどとは思いもよらず、その点には、ギルバートもクリストフも、少々、驚いてしまっていた。

「それは、よろしく」

 少年達は騎士の姿勢で起立したまま、それには返事をしない。
 隣国の王国騎士団の騎士などとは、よろしくしたくないのは明らかだった。

 本当に、こんな子供で、少年達が、アトレシア大王国ではハチャメチャに動き回って、敵の貴族を叩き潰したのだから、驚きである。

 おまけに、ブレッカの戦況報告書を読む限りでは、この子供達は、全く聞き慣れない未知の戦法を使って、部族連合を叩きのめした、というほどである。

 セシルが指揮をしていたとは言え、こんな子供達に、王国は救われたことになるのだ。
 本当に、驚きの事実だ。

「そこまで、警戒する必要はありませんよ。挨拶に来ただけですから」

 「敵情視察じゃないのか?」 と、少年達全員は思っているはずだ。
 そう、その顔が言っている。

 クリストフの口元には、まだ、薄っすらと弧を描いた笑みが浮かんでいて、なんだか、目の前にいる少年達を、随分、楽しそうに見下ろしている。

「剣を使い初めてから、どのくらいですか?」

 さっさと向こうに戻って欲しいのに、クリストフとギルバートは、まだ、この場に居座るつもりらしい。

 それで、無視することもできず、仕方なくジャンが答える。

「三年です」
「なるほど。ギルバート様の訓練に参加して、尻もちをつかなかったとは、感心ですねえ」

「そうですか」
「ええ、そうですよ」

 この子供達の反応から、どうせ、子供達は、クリストフが子供達をからかっていると思っているのだろうが、その言葉は本心からだ。

 王国騎士団の騎士達だって、初めてギルバートの訓練に参加してくる新米騎士など、一時間と持たずに、地面に崩れ落ちる騎士達がたくさんいる。

 ベテランの騎士だって、今では、やっと訓練についてこられるようになったが、それだって、毎回、毎回、ギルバートに厳しくしごかれた成果のおかげだ。

 それなのに、息切れして、今は動けないような子供達なのに、ギルバートとクリストフの前で、子供達は地面に崩れ落ちてもいない。

 子供なのに、これは、相当な体力をつけている証拠だった。

 益々、興味深い。

「この領地の騎士訓練は、剣技だけですか?」
「色々です」

「そうですか。時間があったのなら、是非にとも、訓練に参加させてもらいたかったですねえ」

 王国騎士団の騎士が、たかが一領地の騎士訓練に参加したいなどとは、到底、思えない。

 どうにも、子供達には信用してもらえないようで、さっきから、子供達からは、明らかな猜疑心で、クリストフとギルバートは見られているようだ。

 そこまで、警戒する必要はないのに。

「この訓練を終えて、体力が残っているようでしたら、個人的に、剣の指導をしてあげましょう。そのことは、ヘルバート伯爵令嬢にお願いしてみましょうか」
「なぜですか?」

「剣を使い始めてから、まだ年数が少ないですからね。これからでも経験を積んで行けば、剣技は伸びていくでしょう。ただ、かのご令嬢ほどの主の付き人となるのであれば、その程度の腕では、問題になってくるでしょうね」

 四人が全員、本気の顔を見せてくる。

「それで、個人指導をしてくれるんですか?」
「ええ、そうです。なにしろ、ご令嬢には、王国で、大変、ご迷惑をおかけしてしまいましたからね。そのお詫びと言ってはなんですか、私のできることと言えば、まあ、騎士の訓練程度ですから」

「では、お願いいたします」
「いいでしょう。ですが、まあ、次の一時間、ギルバート様にしごかれて、死ななかったら、の話なんですがねえ」

 次の一時間で、午前中のように、騎士達のほぼ全員が、全滅していないといいのですがねえ。

 でも、セシルは手抜きをしなくて良い、とにこやかに約束してくれたので、ギルバートも手を緩めるつもりはない。

 はぁ……と、ジャンが溜め息をつき、

「……仕方がない。水風呂だ」
「げっ……」
「やっぱり……」

 残りの全員は嫌そうな顔をするが、今回は、その手でしか、生き残れないだろう。

「水風呂? それは、何ですか?」
「なんでもありません」

「そうですか? 知らないことは質問して良いと、言われていますので、ご令嬢に質問しても、同じことだと思いますが?」

 それで、セシルが答えてくれるのなら、隠し事をするほどの質問でもない、ということになる。

 それで、嫌そうに、ジャンが、また、溜息(ためいき)をついていた。

「水風呂です」
「そう、聞きましたね」

「この場合、極度に動かして、疲労してしまった筋肉を冷やす為に、水に浸かる方法を言います」
「ほう?」

「本来なら、凍り付く温度に近い水を使用し、その水の中で、筋肉の部分を、10分程、冷やします」

 ()()は、山程の氷をお風呂に投げ、お水で風呂の水を貯めて、そこに浸かる方法なのだ。

 だが、この世界では、氷の精製は知られていない。今の所、真冬でも、零下にはならない。

 ジム通いのスポーツマンなどが、極度の筋肉痛を避ける為に、氷水に数分浸かる、という技術というか、方法を、聞いていたセシルだ。

 セシルは、試したことがない。
 だが、スポーツをしていた同僚は、効き目があると、ものすごいお墨付きだ。

 凍えそうな氷水に全身を浸からせるのではなく、特に、足の筋力運動をした時など、足だけや、太腿までを浸からせるだけでいいらしい。

 浸かっている間は、体が縮み込みそうなほどの冷たさだ。

 慣れれば大したことはない、とは言っているが、セシルは挑戦したくない。

 それでも、領地の騎士訓練で、成長盛りの子供達が、あまりに筋肉を酷使してしまった場合、ひどい筋肉痛をさせない為に、日の当たらない水場を作り、そこで“水風呂”をさせてみたのだ。

 子供達は震えあがっていたが、それでも、次の日は筋肉痛にならなかった。普段と変わらず、通常運転でも問題なかったのだ。

 いやいや、子供達で、実験したわけではありませんのよ……。

「そんな冷たい水に冷やして、問題にならないのですか?」
「いえ、10分だけです。そうすることによって、過度に使用された筋肉の炎症を抑え、筋肉痛を防ぐことができます」

 ほうと、ギルバートとクリストフが素直に感心している。
 また、新たな情報を教えてもらった。

「それ、本当に効くのですか?」
「効きます」

 でも、毎回は、やりたくないのも事実だ。

 なにしろ、“水風呂”は日陰にある水場だから、寒いのだ。水だって、冷たいのだ。
 真夏ならともかく、気温が下がり始めた季節には、ほとんど挑戦したくないのが、現実だ。

「ほう、便利な方法ですねえ。我々も、試してみるべきでしょう」
「どんな水でも、良いのだろうか?」

「いいえ。冷たくなくてはならないそうです。領地では、日陰に水場があり、川から直接引いた、流し水を使用しています」

「それは、かなり冷たいのかな?」
「冷たいです」

 王国で、王宮の騎士団の近くで、そんな場所などあっただろうかと、ギルバートも考えてしまっている。

 この二人、たかが、子供が呟いた程度の話に、本気で試みてみようなんて、考えているようなのである。
 貴族なのに、変な二人だ。

「後で、ご令嬢にも、もう少し、詳しく聞いてみよう」
「そうですね。今は、休憩時間を終えてしまいましたからね」

 それで、ギルバートとクリストフの雑談は、終えたようなのである。

「では、残り一時間も生き残れるよう、健闘を祈ってますよ」
「はあ……」

 全然、祈ってるようには聞こえない口調だ。



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