奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* Е.а 豊穣祭 *
「不肖ではございますが、今日は、皆様のご案内をさせていただきますので、よろしくお願い致します」
「いえ。こちらこそ、わざわざ時間を取ってくださり、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げたシリルが顔を上げ、ジッと、ギルバートを見上げる。
シリルも、セシルのような銀髪の少年だった。セシルよりは金髪に近い銀髪で、そして、なによりも、セシルと同じ深い藍の瞳。
丸い大きな瞳が、セシルにとてもよく似ていた。
まだ少年であっても、その落ち着いた瞳は冷静で、理知的な色が映しだされている。
「ご案内中、質問がございましたら、どうか、遠慮なさらずに、お聞きください」
そして、シリルも、領地の視察をしている間、回っている場所、全部で言われた言葉を口にする。
「ありがとうございます」
なんだか、貴族の子息なのに、観光案内人役が(とても) はまって見えるのは、気のせいではないはず。
「ああ、もう、たくさん人が出てきているのですね」
「はい。これから、豊穣祭の開会式が始まりますので、大抵、お店の店番をしない店員や従業員、豊穣祭の係員、時間の空いている領民は、全員、参加しています。長い一日の始まりですからね」
「そうですか」
シリルに連れられて、宿場町の大通りを歩いて行くギルバートの視界には、もう、すでにたくさんの露店が、大通りの両脇に設置されている。
その間を、領民や観光客が所狭しと並んでいて、開会式が始まると言う場所に向かって進んでいる。
人口が千人程でも、これだけの露店などが出ているのなら、たくさんの人員が、お店番として、今日は露店についているはずだ。
それに、騎士達も豊穣祭の警備で忙しいだろう。
そういった仕事に携わる領民を外したら、この地の領民が豊穣祭に参加するとしても、かなりの数が減るはず。
それなのに、すでに開会式の会場に向かって行く団体を見ていても、この領地の領民の人口以上の――行列ができ始めていて、ギルバートも素直に感心してしまっていた。
今年は、近年にない盛大な豊穣祭を予定しているだけに、近隣への“宣伝”もかなりしたらしいとは聞いていたが、その噂や“宣伝”を聞きつけて、こんなにたくさんの観光客がすでに来ていたなど、ギルバートも思いもよらなかった。
「この数を見ているだけで――豊穣祭が、大盛況を迎えるのは、簡単に予想されますね」
「そうですね。今年は、きっと、どこでも多忙を極めるかもしれません」
行列ができ始め、その行列に並んで進んで行く先は、初日に、セシルと共にやって来た広場だった。
「この広場が、開会式の場所なのですか?」
「はい、そうです。ここは、宿場町に設置された公園でして、豊穣祭の開会式の後は、今日の食事をする場所として、テーブルなどが設置される予定となっております」
「こうえん、と言うのは何でしょうか?」
「「公園」 とは、公共の施設で、庭園を模したものがあったり、広場で休憩を取ったり、遊ぶ場所としてよく使われる場所なのです。この領地では、子供用の遊び場と、休憩所のような役割をしています」
「子供用の、遊び場?」
その言葉の意味は、理解できた。
だが、その概念は――全く、ギルバートにはない。
子供の遊ぶ場所?
なぜ、遊ぶ場所が必要なのか、さっぱり見当もつかない。
「子供が、遊ぶ場所、ですか? 遊ぶ、など――いつ、遊ぶものなのですか?」
きっと、かなり間抜けな質問をしているのだろうが、ギルバートには、素直に、『遊ぶ』 という概念も知らなければ、そんな経験さえしたことがないのだ。
隣を歩くギルバートを見上げたシリルは、
「子供は遊ぶことが基本ですから、走り回ったり、砂場で泥だらけになったり、そうやって、体を動かすことが基本ですので、宿場町の大通りなどでは、遊ぶこともできません。ですから、姉上は、この公園を設置なさったのです」
「そう、ですか……」
ギルバートは、泥だらけになったことさえない。
「砂場」 なんて、そこで何をするのかも知らない。
「子供も、仕事など、あるものではないのですか? それに、小学も」
「そうですね。ですから、学校や仕事の終わった時間や、または、休憩時間などに、広場に遊びにやって来られるようになっていますし、休日などは、出かける場所や遊べる場所も少ないですからね。それで、子供達で集まって、公園で遊んでいます」
「そう、なのですか……」
公園にやって来ると、この間の初日とは違い、横列に、何本もの柵のようなものが設置されていた。
これは、現代版パーティションで(注、日本語発音では、パーテション)、木のポールを作り、太い縄を垂らして、パーティションを設置させているのだ。
豊穣祭で使用されるようになってから、会場の観光客整理が、とても便利になったものだ。
この頃では、「少し目立つ色にしよう!」 という試みで、縄は赤めの色で染め直している。
会場にやってきた領民や、観光客は、豊穣祭の係員らしき人員に誘導されて、それぞれのパーティションに並んでいく。
「お早うございます、ヤングマスター」
「ああ、お早う」
シリルが通り過ぎて行くと、係員達が軽く頭を下げて挨拶をするが、すぐに、自分達の作業に戻って行く。
シリルは両サイドにあるパーティションには並ばず、真ん中を真っすぐに進んで行った。
「私達は、一番前に並びますので」
「我々もご一緒して、よろしいのですか?」
「はい。皆様は、豊穣祭にお越しになられたゲストですから」
押しかけて来てしまったのだが、セシルは、ギルバート達をゲストとして招待してくれたのだ。
「お早うございます、ヘルバート伯爵、ヘルバート伯爵夫人」
「ああ、お早うございます」
「おはようございます」
朝は顔を合わせていなかったセシルの両親は、すでに並んでいて、シリルと一緒に、ギルバート達も最前列に並ばせてもらう。
朝八時半になり、会場は、ものすごい人の数で溢れていた。
中央の高い壇上に、セシルが騎士にエスコートされながら、ゆっくりと上がっていく。
中央に立ち、そして、セシルの静かな眼差しが、会場全体を見渡した。
「皆さん」
ザワザワと、まだ少し喧騒が残っていたその場で、セシルは静かに待っている。
それで、その場の音が止んでいた。
あっ……と、今、ギルバートは、一つ気が付いたことがあった。
もしかして、セシルのまともなドレス姿を見たのは、今日が初めてではないだろうか。
夜会では――あまりに形容しがたい、真っ黒な(奇天烈な) ドレス……。その後は、ズボン姿。
領地にやって来たギルバート達の前でも、いつもズボン姿。
だから、ドレスを着ているセシルに、初め、多少の違和感があったのは、実は、セシルのまともなドレス姿を見たのは、今日が初めてだったからだ、と気が付いたギルバートだ。
そして、そんなことを考えてしまったギルバートは、セシルに対して、かなり失礼だなぁ……と、反省してしまう。
さすがに、あの夜会での強烈なイメージが記憶に残っていて、少々、トラウマ気味だったのだ……。
セシルは、白地のドレスを着ていた。
ギルバートがいつも見慣れているような、ふんわりと広がったスカートでもなく、Aラインの自然に広がったスカートの裾が、ふんわりと揺れていた。
セシルの瞳の色と同じ色の花の刺繍が、胸元からスカートにかけて流れ落ちている。
壇上に上がっていくセシルの後ろ姿にも、藍の花が後ろ側まで広がり、花が踊っているかのような、可憐で艶やかな刺繍が施されていた。
そして、癖のない、真っ直ぐな銀髪が朝日に照らされ、キラキラと輝いていた。
「いえ。こちらこそ、わざわざ時間を取ってくださり、ありがとうございます」
丁寧に頭を下げたシリルが顔を上げ、ジッと、ギルバートを見上げる。
シリルも、セシルのような銀髪の少年だった。セシルよりは金髪に近い銀髪で、そして、なによりも、セシルと同じ深い藍の瞳。
丸い大きな瞳が、セシルにとてもよく似ていた。
まだ少年であっても、その落ち着いた瞳は冷静で、理知的な色が映しだされている。
「ご案内中、質問がございましたら、どうか、遠慮なさらずに、お聞きください」
そして、シリルも、領地の視察をしている間、回っている場所、全部で言われた言葉を口にする。
「ありがとうございます」
なんだか、貴族の子息なのに、観光案内人役が(とても) はまって見えるのは、気のせいではないはず。
「ああ、もう、たくさん人が出てきているのですね」
「はい。これから、豊穣祭の開会式が始まりますので、大抵、お店の店番をしない店員や従業員、豊穣祭の係員、時間の空いている領民は、全員、参加しています。長い一日の始まりですからね」
「そうですか」
シリルに連れられて、宿場町の大通りを歩いて行くギルバートの視界には、もう、すでにたくさんの露店が、大通りの両脇に設置されている。
その間を、領民や観光客が所狭しと並んでいて、開会式が始まると言う場所に向かって進んでいる。
人口が千人程でも、これだけの露店などが出ているのなら、たくさんの人員が、お店番として、今日は露店についているはずだ。
それに、騎士達も豊穣祭の警備で忙しいだろう。
そういった仕事に携わる領民を外したら、この地の領民が豊穣祭に参加するとしても、かなりの数が減るはず。
それなのに、すでに開会式の会場に向かって行く団体を見ていても、この領地の領民の人口以上の――行列ができ始めていて、ギルバートも素直に感心してしまっていた。
今年は、近年にない盛大な豊穣祭を予定しているだけに、近隣への“宣伝”もかなりしたらしいとは聞いていたが、その噂や“宣伝”を聞きつけて、こんなにたくさんの観光客がすでに来ていたなど、ギルバートも思いもよらなかった。
「この数を見ているだけで――豊穣祭が、大盛況を迎えるのは、簡単に予想されますね」
「そうですね。今年は、きっと、どこでも多忙を極めるかもしれません」
行列ができ始め、その行列に並んで進んで行く先は、初日に、セシルと共にやって来た広場だった。
「この広場が、開会式の場所なのですか?」
「はい、そうです。ここは、宿場町に設置された公園でして、豊穣祭の開会式の後は、今日の食事をする場所として、テーブルなどが設置される予定となっております」
「こうえん、と言うのは何でしょうか?」
「「公園」 とは、公共の施設で、庭園を模したものがあったり、広場で休憩を取ったり、遊ぶ場所としてよく使われる場所なのです。この領地では、子供用の遊び場と、休憩所のような役割をしています」
「子供用の、遊び場?」
その言葉の意味は、理解できた。
だが、その概念は――全く、ギルバートにはない。
子供の遊ぶ場所?
なぜ、遊ぶ場所が必要なのか、さっぱり見当もつかない。
「子供が、遊ぶ場所、ですか? 遊ぶ、など――いつ、遊ぶものなのですか?」
きっと、かなり間抜けな質問をしているのだろうが、ギルバートには、素直に、『遊ぶ』 という概念も知らなければ、そんな経験さえしたことがないのだ。
隣を歩くギルバートを見上げたシリルは、
「子供は遊ぶことが基本ですから、走り回ったり、砂場で泥だらけになったり、そうやって、体を動かすことが基本ですので、宿場町の大通りなどでは、遊ぶこともできません。ですから、姉上は、この公園を設置なさったのです」
「そう、ですか……」
ギルバートは、泥だらけになったことさえない。
「砂場」 なんて、そこで何をするのかも知らない。
「子供も、仕事など、あるものではないのですか? それに、小学も」
「そうですね。ですから、学校や仕事の終わった時間や、または、休憩時間などに、広場に遊びにやって来られるようになっていますし、休日などは、出かける場所や遊べる場所も少ないですからね。それで、子供達で集まって、公園で遊んでいます」
「そう、なのですか……」
公園にやって来ると、この間の初日とは違い、横列に、何本もの柵のようなものが設置されていた。
これは、現代版パーティションで(注、日本語発音では、パーテション)、木のポールを作り、太い縄を垂らして、パーティションを設置させているのだ。
豊穣祭で使用されるようになってから、会場の観光客整理が、とても便利になったものだ。
この頃では、「少し目立つ色にしよう!」 という試みで、縄は赤めの色で染め直している。
会場にやってきた領民や、観光客は、豊穣祭の係員らしき人員に誘導されて、それぞれのパーティションに並んでいく。
「お早うございます、ヤングマスター」
「ああ、お早う」
シリルが通り過ぎて行くと、係員達が軽く頭を下げて挨拶をするが、すぐに、自分達の作業に戻って行く。
シリルは両サイドにあるパーティションには並ばず、真ん中を真っすぐに進んで行った。
「私達は、一番前に並びますので」
「我々もご一緒して、よろしいのですか?」
「はい。皆様は、豊穣祭にお越しになられたゲストですから」
押しかけて来てしまったのだが、セシルは、ギルバート達をゲストとして招待してくれたのだ。
「お早うございます、ヘルバート伯爵、ヘルバート伯爵夫人」
「ああ、お早うございます」
「おはようございます」
朝は顔を合わせていなかったセシルの両親は、すでに並んでいて、シリルと一緒に、ギルバート達も最前列に並ばせてもらう。
朝八時半になり、会場は、ものすごい人の数で溢れていた。
中央の高い壇上に、セシルが騎士にエスコートされながら、ゆっくりと上がっていく。
中央に立ち、そして、セシルの静かな眼差しが、会場全体を見渡した。
「皆さん」
ザワザワと、まだ少し喧騒が残っていたその場で、セシルは静かに待っている。
それで、その場の音が止んでいた。
あっ……と、今、ギルバートは、一つ気が付いたことがあった。
もしかして、セシルのまともなドレス姿を見たのは、今日が初めてではないだろうか。
夜会では――あまりに形容しがたい、真っ黒な(奇天烈な) ドレス……。その後は、ズボン姿。
領地にやって来たギルバート達の前でも、いつもズボン姿。
だから、ドレスを着ているセシルに、初め、多少の違和感があったのは、実は、セシルのまともなドレス姿を見たのは、今日が初めてだったからだ、と気が付いたギルバートだ。
そして、そんなことを考えてしまったギルバートは、セシルに対して、かなり失礼だなぁ……と、反省してしまう。
さすがに、あの夜会での強烈なイメージが記憶に残っていて、少々、トラウマ気味だったのだ……。
セシルは、白地のドレスを着ていた。
ギルバートがいつも見慣れているような、ふんわりと広がったスカートでもなく、Aラインの自然に広がったスカートの裾が、ふんわりと揺れていた。
セシルの瞳の色と同じ色の花の刺繍が、胸元からスカートにかけて流れ落ちている。
壇上に上がっていくセシルの後ろ姿にも、藍の花が後ろ側まで広がり、花が踊っているかのような、可憐で艶やかな刺繍が施されていた。
そして、癖のない、真っ直ぐな銀髪が朝日に照らされ、キラキラと輝いていた。