奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「皆さん、今日は、コトレア領豊穣祭の祝いの日です。天候にも恵まれ、今日一日、とても賑やかな日になることでしょう。私は、コトレア領領主、ヘルバート準伯爵です。今日は、コトレア領にようこそいらっしゃいました。皆さんを、心より歓迎いたします」

 セシルの穏やかな声音が、ゆっくりと、会場中に浸透していくかのように、耳に届いて来る。

「この日の為に、私達はたくさんの準備をしてきました。豊穣祭で、皆さんが楽しい時を過ごせるように、今日は、私達も張り切って、豊穣祭に参加したいと思います。これから、日差しも強くなりますので、長時間、外で立ちっぱなしでは、体調を崩してしまうかもしれません。この広場は、休憩所として設置されていますので、いつでも自由に使用してください。今日の豊穣祭には、豊穣祭の係員が、常時、通りに待機しております」

 そこで話を止めたセシルが、壇上の前にいる係員達に目配せした。

 係員達が壇上の前に走って来て、そこで全員が並ぶ。

「目印に、係員は青い布を腕に巻いています」

 係員以外にも、たくさんの案内役、護衛を設置している。
 なにか困ったことや、判らないこと、質問がある場合など、すぐに知らせて欲しい。

「昨夜までに、観光登録を済ませていらっしゃらない方は、開会式の後、ここにいる係員の後についていってください。登録説明と、豊穣祭についての注意事項などの説明がありますので。観光登録をすでに済ませた方は、このまま、豊穣祭を楽しんでくださいね」

 セシルが両腕を前に出すようにして、
「さあ、コトレア領豊穣祭の開始です!」

 うわあぁ……!!

 一斉に歓声が沸き上がり、後ろからも、たくさんの拍手が上がる。

 開会式が終わったようだった。




 ゾロゾロと、行列と集団が動き出して、会場から、ゆっくりと、大波が動いていくかのように、その群れが動き出す。

 壇上から下りて来たセシルは、ギルバート達が並んでいる前にやってきた。

「お父様とお母様は、このまま豊穣祭に参加されますか?」
「ええ、そうですわね。午前中は、まだ、それほど込んでいませんものね」

「そうですか。それなら、シリルと別行動ですね」
「ええ、そうですね」

 シリルには、最初から、ギルバート達の案内役と世話役を頼んでいたセシルだから、セシルの両親も驚いている様子はない。

 ヘルバート伯爵が、ギルバート達の方を向いた。

「では、我々は、このまま失礼させていただきます」
「はい」

 セシルの両親は一緒に付き添っている護衛達と、ゆっくりと会場を去っていく。

 伯爵夫妻なのに、今日の豊穣祭は、他の平民や領民達と同じように、通りを普通に歩いていくんだなと、ギルバートもその後ろ姿を見送っていた。

「皆様には、これから豊穣祭を楽しんでいただきますが、その前に、一つだけ、お知らせしなければならないことがございます」
「なんでしょう?」

「先程も説明いたしましたが、今日の豊穣祭において、通りには、たくさんの係員、案内人や護衛を配置しております。ですが、この豊穣祭は階級無しの記念祭ですので、皆様の横を通り過ぎる際に、頭を下げることはできません。――いえ、できますけれど、それは、仕事に影響がでてきますので、私がさせておりませんの」

 だから、貴族で、特に、王子殿下であるギルバートに対しての非礼になってしまうかもしれないと、セシルは心配しているのだろう。

 ギルバートは、慌てて、セシルを止めに入り、
「どうか、そのようなことは、お気になさらないでください。我々は、貴族の立場をひけらかす為に、こちらでお世話になっているのではありませんから」

「申し訳ございません」

「いえ、その謝罪も必要ございません。どうか、そう言った礼儀は、全く気になさらないでください。ここは、あなたの領地です。そして、我々は、その豊穣祭に参加させていただいている観光客と、同等ですので」

「そう、おっしゃってくださって安心しました。今日は――もう、これだけの数ですから、お昼を過ぎれば、もっと観光客がやって来るだろうと、私達も予想しておりまして」

 そんな中、豊穣祭の係員達が、毎回、毎回、ギルバート達に挨拶で頭を下げていたら、仕事の邪魔になってしまうどころか、本来の仕事にも、影響をきたしてしまうだろう。

「どうか、お気になさらないでください」
「ありがとうございます」

 礼は、全く必要ないのに。

 まあ、この世界、貴族社会、貴族制で成り立っている国家ばかりだから、貴族と一緒に平民が同席することも無ければ、一緒の通りを並んで歩くなど、そんな行為は有り得ない。

「露店もたくさん出ておりまして、人気が高いお店などでは、少々、行列になってしまうこともありまして――」
「いえ、どうか、そのことも、お気になさらないでください。我々は、他の観光客と一緒に、並びますので」

「お願いいたします」

「そのようなことは、全く問題ではありません。それに――ここだけの話なのですが、貴族として扱われない方が、とても気楽で、きっと、豊穣祭を満喫できることだと、考えておりますので」

「あら……」

 ただの観光客としてなら、一々、貴族らしい振る舞いをする必要もないし、通り過ぎる通行人に無視されたままなら、ギルバート達は、余計に、好きなお店や露店などを、気楽に観覧できる。

 セシルに気を遣って言ってくれたのか、それとも本心なのかは判らないが、それでも、ギルバートが気にしていない、と言ってくれているので、セシルも、そのギルバートの言葉を信用することにしたのだ。

「九時からは、“初めてのお買いもの”がありますの」
「初めてのお買いもの? それは、なんでしょう?」

「五歳になった子供達が、たった一人で、初めてお買いものをするイベントです。豊穣祭では、毎年、恒例のイベントなんですのよ」
「そうなのですか?」

「もう、露店も開いていますし、皆様は、露店回りをされますか?」
「もしご迷惑でなければ、そのイベント――初めてのお買いものを、見学させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろんですわ。小さな子供達が、自分一人でお買いものを済ませる姿が、とても可愛らしくてね」
「そうですか」

「ドキドキし過ぎて、よく、前日に眠れない子供もいるんですのよ」
「なるほど」

 嬉しくて、興奮し過ぎて、夜は眠れないのだろう。

 その光景は、ギルバートも簡単に想像ができた。

「では、このまま、この場に残ってくださいね。まずは、子供達を整列させますので」
「わかりました」

 セシルは、後ろで控えていた係員と共に、向こう側のパーティションがあった方に向かう。

 その先では、なんだか――たくさんの子供達が、並んでいた。

 領地の騎士達も、今日は礼装の制服を着ているのか、普段の真っ黒な制服は変わらなかったが、袖や襟が、鮮やかな金と赤の刺繍がほどこされたものだ。

 そして、腕には、豊穣祭の係員達と同様に、青い布が巻かれている。

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