奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「王立学園は、この王国を象徴する貴族の大切な学び()だ。それを、あのような醜態で汚すなど、出席していた来賓及び、生徒達に対する侮辱だ。そんなことも理解できないような貴族は、恥さらし、ではないのか? まったく、私の顔に泥を塗るなど、許される行いではないなぁ」

 うん? ――と、わざとらしく、その口調でセシルに振って来る。

 だが、セシルも、珍しくそこで――一瞬、考え込んでしまったのだった。


(――――えっ――?)


 長い前髪でセシルの顔も表情も隠れているだけに、そんな些細な表情の違いなど気付きもしない国王陛下は、まだ続けていく。

「そのような恥をさらしたのだから、しばらく謹慎し、社交界でも自重すべきだな」

 うん?

 恥をさらしたのも、醜態を見せびらかしたのも、問題を呼び寄せたのも、その全て、セシルではない。
 あの侯爵家のバカ息子だ。

 あまりに周知の事実で、繰り返す必要さえもないほど明瞭なはずだ。

 そして、セシルは同情こそされるべき被害者であって、なぜ、セシル自身が自重して、謹慎などしなければならないというのか?

 なにか――非常に論点がずれていると考えているのは、セシルだけなのだろうか。

 小言は言われるだろう、とは父にも話していたことだ。だが、ここまで、話の趣旨が全く噛み合ってないなど、セシルも考えていなかった。

「陛下」

 傍で控えていた宰相が、控えめに国王陛下を少し止めていた。

「ああ、そうだな」

 セシルは――驚いていた。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、今、国王陛下は口端だけを上げたのだ。したり顔で、口端だけをほんの微かに上げた、嘲笑だった。

 その仕草を見て、セシルは――珍しく驚いていたのだ。

 まさか、この国王陛下、本気で、嫌みたらしくネチネチと小言を言いつければ、それで脅しにでもなると考えているのだろうか!?

 貴族の恥だ、恥さらしだ――などと、国王陛下から直々に言いつけられてしまっては、その貴族の命運が尽きてしまうことと同然だ。

 だが、今のセシルに言っても全く意味をなさないことを、本気で――本心から、理解していないというのだろうか!?

 そうやって、ねちねち小言をいい、文句をつければ、国王陛下だから、それだけで相手を威圧させる、脅している――などと本気で思っているような態度に、セシルは素直に驚いていたのだ。


(――――――――――ええぇ……、こんな出来の悪い国王だったの……?)


 なんだか、()()()()()残念な事実を発見してしまった気分だった。

 がっくり……である。

 恥さらしなのは侯爵家だ。それに、あのバカ息子。
 小言も、文句も言いたいのなら、その相手は、誰が見ても、侯爵家とあの男爵令嬢だ。

 しっかりとお仕置きして、あのような醜態をさらけ出した罰を与えるべき相手である。

 そして、名誉を傷つけられ、理由もなしに伯爵家を攻撃されたのだから、セシル共々、伯爵家にはこういった(気まずい) 状態でもこれからも頑張っていってもらいたい、と同情を見せ、願っている――云々、お決まりの慰めの言葉でも出てくるものばかりと考えていたセシルだった。

 まさか、全くその予想とは反して――こんな意味のないネチネチの皮肉と文句が出てくるなんて、露にも思わなかったのだ。

 そして、そうやって、ただネチネチ文句を言って、「恥さらしだ」 などと追い詰めれば、自分の権力と立場をひけらかせると信じている様子にも、セシルは驚いていたのだ。

 いやいや……。

 賢人なんて、滅多に現れる存在ではない。
 だから、そこまでの高望みはしていない。

 それでも、子供の時から、国王だ、陛下だ、などと(あが)め立てられてきたのだから、国王としてのある程度の責任や立場を理解し、そうやって、国王に即位し、国を統治しているものだと――セシルも(少々) 勝手に思い込んでしまったようだ。

 それが、この目の前の国王は、「国王陛下さま」 サマサマーなどと、凡人が過剰に持ち上げられて、その結果、その地位にただ胡坐(あぐら)をかいているだけの無能だったのだ。

 その事実に気付いてしまって、セシルだって非常にがっかりである……。

 今の言葉を、伯爵家当主の父の前で言えるものなら、言ってみてもらいたいものだ。
 それこそ、伯爵家を侮辱するのか?! ――と、父からだって憤慨されることだろう。

 国王陛下に仕えている臣下が、白昼、衆人環視で、大事な式典中、謂れのない誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)名誉棄損(めいよきそん)、婚約破棄で、伯爵家の名まで汚されているのに、その一番の被害者のセシルに向かって、


「貴族の恥さらしだ」


などと、よくその口が言えたものだ!

 もう、その一言で、絶対に、臣下からの信頼を完全に失っていただろうことを、全く自覚していないなんて、その事実に気付いてしまって、セシルは驚いてしまっていたのだった。


(――――――――あぁ……ものすごい残念な気分……)


 まあ、セシルはこの国王に仕えて、伯爵家の爵位を継ぐ立場でもない。余程のことがない限り、二度とこの国王陛下には会う機会もないだろうから、ものすごく残念に思っていても、セシル自身には、左程、影響はない。

 だが、現役の伯爵家当主の父や、これから爵位を継ぐであろう弟のシリルのことを考えると、セシルも、つい、二人に同情してしまう。

 あまりに凡人だった人間が「王」 として生まれて、ただ持ち上げらえているだけの――存在……。

 残念な国だわぁ……。

 きっと、こんな風に気づいているのは、そして感じているのは――セシルくらいなのだろう。

 セシルは、昔から、この手の読みは外したことはない。外れたことは、ない。
 だから、その能力があったからこそ、今までも、貴族社会で生き延びて来たくらいなのだから。

 それから、2~3、まだ国王陛下が何か小言を付け加えていたようだったが、すでに、気が逸れてしまったセシルの耳には、全く入っていなかった。

「なにか言いたいことはあるか?」

 自分に向かって呼ばれていると気づいたセシルは、(仕方なく) 意識を国王陛下の前に戻した。

「国王陛下並び、皆様には、大変ご迷惑をおかけいたしました」

 心もこもっていない簡単な謝罪だったが、国王陛下の(したり顔) が満足そうだった。

 それで、セシルの考えは間違っていなかったことを伝えている。


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