奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
 でも、兄の方は、嬉しそうに、袋からドーナツを1個取り出して、弟の手に乗せてあげるようにする。

「ほらっ、たべよ、リロっ」
「うんっ」

 それで、二人が、あむっ、と勢い良く、小さな丸いドーナツを口に放り投げた。

 シナモンをかけた、丸い小さな砂糖ドーナツである。近年、領地でもはやりだしたスナックだ。

「――おいしぃっ!」
「おいしっ!!」

 二人は、生まれて初めて食べるお菓子であるかのように、目をまん丸くして、感動している。

「すごいっ!」
「にーちゃっ!」

 それで、二人は、すぐに、次のドーナツにも手を伸ばしていた。
 二人揃って仲良く、モグモグ、モグモグと、ドーナツを頬張っていく。それで、口の周りには、砂糖がいっぱいついていた。

「何度見ても、微笑ましい光景だと思われませんか? 初めてのお買い物。それも、自分で稼いだ初めてのお金で、自分の好きなものを買えるという実感は、もう、きっと何にも代えられない瞬間だと思うのです」

「――――ええ……、そうですね」

 二人の子供の様子を微笑まし気に見守っているセシルの瞳が、本当に嬉しそうだった。

 ギルバートも、この小さな兄弟を見守りながら、自分の心が温かくなっているのが判る。

 まだこんな小さいのに、それでも、兄弟で大切そうに、おいしそうに、その嬉しさを隠さず、満面の笑みで、兄が自分の力で働いたお金で買ってきたお菓子を、仲良く食べている光景は――ギルバートも、初めて見る光景だった。

 まだこの領地にやって来たばかりだという小さな子供達は、孤児で、それなのに、ギルバートの目の前にいる子供達は、どこから見ても、他の領民の子供達とも全く変わりはなくて、自分で稼いで買い物ができた兄の子供は、とても誇らしげだった。

 自分のできることがあって、弟にもあげられるものがあって、兄の方は、とても誇らしげだった。

「ほらほら、二人とも、口の周りに、砂糖がいっぱいついていますよ」

 おかしそうに笑いながら、セシルが二人の子供の前で膝を折るようにした。

「ほら、口の周りが大変なことになっていますよ」

 自分で持っていたハンカチを取り上げ、セシルが、小さな子供達の口についた砂糖を払ってやっている。

「おいしかったですか?」
「はいっ」
「あまーいっ!」

「そう。それは良かったですね」
「もっと、ちょうだいっ!」

「それは、また今度の時ですね」
「えええっ!」

 小さな子供の方が不満そうに顔を膨らませたが、それで、グシャと顔を歪める。

「いやだぁ……」
「ああ……、リロ、ないちゃダメだよ」
「にーちゃ……」

「泣いている子供には、お土産はあたらないのですよ」

 それで、ピタっと、小さな子供が泣き止んでいた。

「おみやげ? なーに?」
「ふふ。孤児院に戻ったら、ちゃーんと、皆の分、今日のお楽しみがあります」

「ええ? なーに?」
「それは、帰ってからのお楽しみです。でも、ヒントはあげましょう」

「ひんと? なーに?」
「ふふ。きっと、甘くておいしいですよ」

 それで小さな子供だけではなく、兄の方も、二人揃って顔が輝きだす。

「あまいの? ぼくも?」
「そうですよ。皆に全員、です。ですから、買い物を終わったお兄ちゃんは、リロ君と手を繋いで、先生と一緒にいましょうね?」
「はいっ」

 それで、お兄ちゃんがしっかりと弟の手を握る。

「さあ、先生の所にお行きなさいな? 戻ったら、お土産が待っていますよ」
「はいっ」
「にーちゃっ、すごいっ!」

 それで二人大喜びで、嬉々とした元気な足並みで、すぐ近くで待っている大人の女性の元に、走っていってしまった。

「まあま、元気ですね」

 ふふと、セシルは、そんな光景も微笑まし気に眺めている。

 立ち上がったセシルはドレスのしわを伸ばすようにドレスを払い、またギルバート達の元に戻ってくる。

「――あのような小さな子供達の買い物が終われば、おみやげ? ――ですか? それは何ですか?」
「ふふ。べっこう飴です」

「べっこう、あめ?」
「砂糖を溶かして、飴にしたものです。それで細い棒にくっつけてあるのです。棒があるので、しばらく、飴を舐めたままでいられますからね」

 だが、一体、「べっこう飴」 というものが何なのか、全く想像できないギルバートだ。

「あの――先程、孤児院、とおっしゃっていたように聞こえましたが」
「ええ、そうです。豊穣祭で“初めてのお買い物”をしているのは、孤児院の子供達ですわ」

「――えーっと――10人程、いたように見えましたが」
「今年は、十人、いえ、十一人でしたわね。その年によって、数の上下差がありますけれど、大体は、十人ほどがいつもなのですよ」

「いつも、とは――そのように、頻繁に、孤児を受け入れていらっしゃるのですか?」
「ええ、そうです」

 セシルはギルバートの質問の意図を理解していないのか、全く問題にした様子もなく、あっさりと答えた。

「あのお兄ちゃんや、お姉ちゃんと呼ばれている子供達も、孤児なのですか?」

「ええ、そうですね。豊穣祭の午前中は、あまり人混みがなく、込んでいませんから、子供達が、自分達のお買い物を済ませるのには、丁度良い時間帯なのです。最初は“初めてのお買いもの”をする子供達で、次は、お小遣いを持ってきた子供達が、買い物をする順番なのです」

「おこづかい、とは何でしょうか?」
「自分で働いて貯めたお金のことです」

「――子供が働いているのですか?」
「ええ、そうです。この領地では、子供は五歳になると、働くことができます」

「そんなに小さいのにっ?!」
「非難なさるのですか?」

「いえ……、違います。――すみませんでした。ただ……、驚いてしまい……。ご令嬢を非難したつもりは、ありませんでしたので」

「そうは受け取っていませんので、謝罪もいりませんわよ」
「申し訳ありませんでした」
「いいえ」

 セシルは気分を害した様子もなく、あっさりとしたものだ。

「小さな子供の仕事――など、できるのですか?」
「ええ、色々な仕事ができますわよ」

「例えば?」

「例えば、毎日の天気日記がつけられますし、お兄ちゃんやお姉ちゃん達と一緒に行動しながら、街のゴミ箱の確認だったり、幌馬車の停車駅でのベンチがきれいかどうか確認したり、幌馬車のクッションが壊れていないか確認したり、幌馬車のリボンも確認したり、領地の大通りのゴミ拾いをしたり、色々ありますわよ」

「そう、ですか――」

 だが、すでに、自分の理解を超えている単語まででてきてしまい、ギルバートは、更に、混乱を極めている。

「……天気日記、というのは?」

「この領地では、毎日、天候を記録させていますの。字を書けない子供でも、絵柄は描けるものですからね。例えば、晴れの日は〇で、曇りの日は、こう、雲のような形を描かせ、雨の日は●とかなど」

「なる、ほど」

 そこで、「風の日は?」 などと、質問しないギルバートだ。

 すでに自分自身で混乱している為、これ以上――更なる混乱を防ぐ為、今は質問をしない方が絶対に身の為だと、ギルバートは自分に言い聞かせている。

「子供達にも給金を払っていたら、ものすごい出費になりませんか?」

「そうですけれど、でも、子供達の給金は、微々たるものですから」

 5歳から8歳の子供は、定額の5%以下ほどで。
 9歳から12歳の子供は、25%ほど。

「12歳から16歳の成人になる前の子供は、見習いになりますから、40~50%ほどの給金になります」

 現代で言えば、16歳だって、まだ子供だ。
 だが、ノーウッド王国や近郊の王国では、16歳が成人の年とされる。

 現代の子供と違って、この世界の子供、特に平民の子供などは、かなり幼い時から、労働力の一員として働きに出ている子供が多い。

 だから、体格などがまだ成長途中でも、精神年齢は、随分、大人に近いなと、セシルは昔に思ったことだ。

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