奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
細々(こまごま)とした雑用など、大人だと面倒がって、あまり丁寧な仕事をしない節があるのです。大した給料でもありませんからね。それに、大人の給金で、細々(こまごま)した仕事を支払っていたら、さすがに、この領地も破綻(はたん)してしまいますわ。ですから、そういった、小さなあまり目立たない仕事などは、子供が適任でしてね」

「その――お話からすると、成人前の子供達も、たくさんいるのですか?」
「ええ、もちろんです」

 なぜそこで、「もちろんです」 という返答が返って来るか、ギルバートには、さっぱり理解できない。

「全員、孤児なのですか?」
「ええ、そうです」

「領民の反対や反感があったことなど? ――孤児、ということで?」

「ええ、そうですわね。どこにいても、必ず、「孤児」 という固定概念がありますもの。ですが、それがどうしたと言うのです? そんな勝手な思い込みや思い違い、果ては、先入観で差別を奨励していたら、領地の繁栄などできませんわ」

 あまりにきっぱり、迷いもなく断言するセシルに、何かを言いかけたのか、ギルバートの口が開いて、またすぐに閉じていた。

「お気づきになられたかもしれませんが、私の領地の人口は、それほど大きなものではございません」
「確か、千人ほどになっていらっしゃる、というような話を伺いましたが」

「そうですね。そして、その半分以上は、ほとんどが子供で成り立っていますわ」
「えっ、子供でっ――?!」

「ええ。そして、その大半の大半は、孤児達でもありますの」
「え゛っっ――――!?」

 ギルバートとクリストフが、目を飛び出さんばかりに驚いている。

「子供、と言いましても、成人して独り立ちした者もいますし、成人している者もいます。ただ、今までが子供だったので、つい、子供、と呼んでしまっていますけれど。要は、若い少年少女達に、青年や未婚の女性ですわね」

「はあ……」
「みんなが間違っている、と証明しましたので」

「はあ……、それは……」

 すごい……と言いたかったのか、信じられない……と言いたかったのか。

「親がいないという状況は、絶対に子供の責任でも失態でもございません。そういった状況や環境は、防げないこともあるのでしょうし、避けられないこともあるのでしょう」

 別に、そう言った状況や環境は、この世界だけではない。
 前世(または現世) でも、そうだった。珍しいことでもなかった。

「ですが、子供の世話もできずに、放り投げる、投げ捨てる、問題があると分かっていて、生み落とすだけで構いもしない。理由は色々でしょう。でも、そのどれも全部、生まれてくる子供のせいでは、決してありません。むしろ、そうやって放棄した親や大人が問題なのです。ですから、それを言ってきた全員に、証明してみせたのです」

 ギルバートの口が開き、でも――そこから、次の言葉は出てこなかった。

 そんな理想論は口だけなら――なんて、何を言おうとしていたのだろうか。

 確かに、そんな荒唐無稽(こうとうむけい)とさえ聞こえる理想論を唱える人間は、たくさんいる。だが、何もしない有口無行な者は、たくさんいる。

 何度も、見て来た。

 なのに、目の前にいるセシルは、理想論だと文句を言ってくる者や、孤児を嫌う全員をものともせず、その全員の間違いと思い違いを証明してみせる為に、自ら有言実行までしてみせたのだ。

 そんなことを証明しても、セシル自身になにか利があるわけでもないのに、世評が、世間が、そんな根拠もない先入観が間違っているなどと、本気で叱り飛ばしてくる人間がいるなど――ギルバートは信じられなかったのだ!

「今の所、私は間違っていなかった、と証明できましたので。自慢する為に、証明してきたのではありません。ただ、そういったくだらない差別や先入観があるから、この世界は狭く、生きていくことが、とても難しくなってくるのです」

 それでなくても、貴族政治が主流のせいで、差別など、当たり前となっている世界なのに、それ以上に、親がいないというだけの立場の差別など、目も当てられないほどだ。

「孤児達のように、自分達を庇護し、保護してくれる大人がいない立場ともなると、特に、その傾向が顕著(けんちょ)になります。私は、この領地を治めるにあたり、領民に約束をしました」
 この領地の領民達に、誓った。


「人として生きる為に、その力をつけ、与え、そして選択することができるように」、と。


「ですから、間違っているのなら、それを直すことも(いと)いません。何年かかろうと、証明してみせます。世界は不条理で不平等でも、「人」 として生きる権利は、平等に与えられるべきでしょう?」

「それ、は……」

 ギルバートは言葉に詰まり、それ以上、何も言えない。

「ですから、「人」 として選択する機会を与えられること、もらえること、その環境を作っていくことが、私の責任だと考えております。孤児だから、というのは、ただの()()であって、()()ではありません。根本的な問題の解決は、自分の置かれている()()などではないでしょう?」

「それは、そう……、かもしれません……」

 そして、もう、ギルバートには、何も言い返すことなどできなかった。

 もし、ギルバートが親を亡くし、孤児となったとしても、ギルバートの()()なら、誰か保護役が選ばれるだろうし、衣食住は与えられる。

 生活の面倒も心配することはないだろうし、名前や地位を利用されることはあったとしても、ストリートで生きている孤児達のように、差別を受け、(さげす)まれ、生きていくこともできないような()()にはならないだろう。

 だから、孤児だから、という固定概念や先入観は、王族や貴族には当てはまらないことになる。

 貴族だから免除されている?

 そんな風に、面と向かって、ギルバートに間違いを正してきた人間など、このセシルが初めてだった。

 上っ面だけでなく、口先だけでなく、おべっかや(へつら)いでもなく、ただ本気で、孤児達を「人」 として生きていかせる為に、証明してきた人間など――このセシルが初めてだった……。


――――信じ、られない…………。


 ギルバートは、もうそこで、それ以上、何も言えず、ただ、セシルの隣で、大喜びで買い物を終えた子供達が、素直にはしゃいでいる様子を、見守るしかできなかった。

「私はこの後、領地の代表者達からの挨拶を受けなければなりませんので、少し、席を外させていただきます。豊穣祭の案内は、全て、シリルに任せてありますので、どうぞ楽しんでいってください」

「ありがとうございます」
「今日は、たくさん食べて行ってくださいね?」

「食べる、ですか?」
「もちろんです。お祭りの醍醐味(だいごみ)は、食べ歩きでしょう? 今回は、たくさんの露店を出すことができましたものね」

「いえ、そこまでは――」

 食べ歩きが醍醐味(だいごみ)など、ギルバートは考えたこともない。

「それでは、皆様、また後程」

 挨拶を済ませ、セシルは颯爽(さっそう)とその場を去っていった。

「では、ご案内いたしますね。豊穣祭は、大通りに沿って、全ての露店が出されていますので、まず、片側を見て回り、最後の列になりましたら、反対側を戻ってくるようにすると、見やすいと思うのですが?」
「では、そうしてください」


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