奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「あの、すみませんが――」
「はい、なんでしょう?」
クリストフが、そこで少し口を挟んできた。
「なんだか、聞く限りでも――全てが全て、便利なものばかりですよね。問題も全くなく、こういった運営が、あまりにあっさりと、おまけに卒なくこなせるのは、ご令嬢の指示ですか?」
「そうです。ですが、運営方式や方法は、ここ何年かの繰り返しで学んだことですので、問題が出れば、次の年に効率を上げるように、工夫しているのです。皆様も、なにか問題点、または、お気づきの点がございましたら、どうか、感想や意見をおっしゃってくださいね。来年の参考にさせていただきますので」
「はあ、そうですか……。私には、今の所、全く問題はありません」
「どうか、遠慮なさらないでください」
「いいえ、全く遠慮しておりませんので」
あまりに自分達の常識が通用しない、果ては、未知の世界にやって来てしまったような立場で、意見や感想どころではないだろう。
この領地にやって来てからと言うもの、驚いてばかりだし、理解不能に陥ってばかりだし、謎の単語を耳にして、首を傾げてばかりだし、全く見知りもしない知識を詰め込まれて、すでに、情報過多で、脳がついていっていない状態なのだ。
露店で買い込んで来たたくさんの昼食は、それはそれは、王国騎士団の騎士達に、大好評だった。
そのどれも、食べたことのない食事ばかり。
「食事はいかがでしょうか? お口に合いますでしょうか?」
「おいしいです」
もう、その一言に尽きるだろう。
モグモグと、手も、口の動きも休めず、皿の上に盛られた食事は、全部、クリストフの胃の中に消えてしまっている。
残りの二人の騎士達は、何も口を出さないが、二人の皿も空になりつつある。
「初めて食べるものばかりですが、おいしいです。味付けが、特に」
「ありがとうございます。姉上は、味気が足りなくて、おいしくないものを食べると、気分が滅入ってしまうとおっしゃって、そのおかげで、領地の料理の品質も、品数も、大変、進歩しました」
「え? ご令嬢の指示なんですか? この食事、全てが?」
「はい、そうです。ですから、私も、毎年、豊穣祭にやって来るのを、とても楽しみにしております。毎年、新しい料理やスナックが出てきていて、必ず、一度は、全部、試してみているんです」
「ほう、それは、なんと羨ましい限りですねえ」
毎年、新しい料理やスナックが出て来て、好きなものを買い放題、食べ放題(お金があればの話ですけれどね) など、なんて、いいご身分なのだろう。
「では、今年の新しい料理は、どれなんでしょう?」
「この、シナモンドーナッツは、今年、出てきたものだと思います。領地内では、かなり以前からあったのですが、露店として出てきたのは、今年からです。それから、この蒸しパンも」
「ああ、中にお肉が入っていて、とてもおいしかったです」
「今回は、鶏肉ですね。以前は、豚肉をゆっくり煮込んだものが、詰められていたのですが、それもおいしかったです」
「ああ、おいしそうですねえ」
なぜかは知らないが、クリストフ(独占で) の料理トークが始まってしまった。
「他には、ありますか?」
「はい。こちらのカスタードパンもそうです。カスタードは、領地でも、かなり、デザートに使用されるようになりましたが、こうして、パンに包んで、パン菓子として出されたのは、初めてです」
「なるほど、なるほど。少しパンの塩味があるのに、中が甘かったですね」
「そうですね。それから、新しい料理の品ではありませんが、“ラ・パスタ”は、今年はラザニアだけではなく、他の何種類かのパスタも出していました」
「ああ、パスタですかあ。視察がてらに、私もいただきましたよ。それに、今日の――ラザニア、ですか?」
「はい、そうです」
「あれも、パスタなんですねえ。お肉がたくさん入っていて、おいしかったです」
「ラザニアは、パスタのシートを切らず、四角いまま、その間に、ミンチ肉とホワイトソース、チーズを乗せて、焼いたものなのです」
「おいしかったですよ」
「ありがとうございます」
「ですが、この全部の料理を、ご令嬢、お一人が発案なさったとなれば、相当なものですよねえ」
「姉上の趣味です。おいしいものを食べると元気が出てきて、気分も向上するでしょう、とおっしゃっていましたから」
「確かに、その通りですね。全くの異論はありませんよ」
勝手に、料理トークを初めてしまったクリストフの隣で、ギルバートがおかしそうに笑っている。
「そう言った、一つ一つの幸せがとても貴重で、それを経験できる機会が、「人」としての「自由」なのだろう、と姉上はおっしゃっていました」
その言葉を聞き、全員がシリルを見返した。
「私は貴族ですから、今まで、食に困ったことはありません。ですが、平民はそうではありませんでしょう。こうして、豊穣祭でおいしいものを食べられるようになり、もっとおいしいものを食べたいな、と思えるようになる心のゆとりは、誰にでも持てるものではありませんから。この領地の民は、その幸せを、十分に、姉上に授けてもらっています」
「そう、ですね。そのような領主がいることも、とても稀なことだと思います」
「私も、そう思います。身内贔屓かもしれませんが、姉上の政策は、間違ってはいませんでした」
「――反対、されたのですか?」
「もちろんです」
あっさりと、にこやかに、断言されるような発言ではないと思うのだが……。
「誰一人、耳を貸す者なんか、いませんでした」
「ですが――今は、この領地はこれだけの発展をして、繁栄もしているように見えますが」
「姉上が、全部、一人で成し遂げましたから。姉上が本気になると、こう、誰にも止められないのです。勢いがついて、そうですねえ……、あまりに全速力過ぎて、ついていけないと言いますか、追い付けないと言いますか……」
それで、唖然としている間に、セシルは、もう、するべきことをさっさと成し遂げ、片づけてしまっているのだ。
「そう、ですか……」
唖然としてしまったのは、ギルバート達だけではなかったと判り、安堵すべきなのだろうか……。
領民達だって、セシルについていけない――勢いがあって、唖然としているのなら、これは、もう、セシルの超絶した能力は、自分達で比べられるレベルではないのではないだろうか。
いやあ……、また、あの「謎のご令嬢……」 という決まり文句が、すぐに頭に浮かんできてしまう。
「反対されても決して諦めず、前に突き進んで行く強い意思は、それだけで、賞賛に値すると、私は思います」
ギルバートの言葉を聞いて、シリルが嬉しそうに顔を緩めた。
「姉上がそれをお聞きになったら、とても喜ばれると思います」
「はい、なんでしょう?」
クリストフが、そこで少し口を挟んできた。
「なんだか、聞く限りでも――全てが全て、便利なものばかりですよね。問題も全くなく、こういった運営が、あまりにあっさりと、おまけに卒なくこなせるのは、ご令嬢の指示ですか?」
「そうです。ですが、運営方式や方法は、ここ何年かの繰り返しで学んだことですので、問題が出れば、次の年に効率を上げるように、工夫しているのです。皆様も、なにか問題点、または、お気づきの点がございましたら、どうか、感想や意見をおっしゃってくださいね。来年の参考にさせていただきますので」
「はあ、そうですか……。私には、今の所、全く問題はありません」
「どうか、遠慮なさらないでください」
「いいえ、全く遠慮しておりませんので」
あまりに自分達の常識が通用しない、果ては、未知の世界にやって来てしまったような立場で、意見や感想どころではないだろう。
この領地にやって来てからと言うもの、驚いてばかりだし、理解不能に陥ってばかりだし、謎の単語を耳にして、首を傾げてばかりだし、全く見知りもしない知識を詰め込まれて、すでに、情報過多で、脳がついていっていない状態なのだ。
露店で買い込んで来たたくさんの昼食は、それはそれは、王国騎士団の騎士達に、大好評だった。
そのどれも、食べたことのない食事ばかり。
「食事はいかがでしょうか? お口に合いますでしょうか?」
「おいしいです」
もう、その一言に尽きるだろう。
モグモグと、手も、口の動きも休めず、皿の上に盛られた食事は、全部、クリストフの胃の中に消えてしまっている。
残りの二人の騎士達は、何も口を出さないが、二人の皿も空になりつつある。
「初めて食べるものばかりですが、おいしいです。味付けが、特に」
「ありがとうございます。姉上は、味気が足りなくて、おいしくないものを食べると、気分が滅入ってしまうとおっしゃって、そのおかげで、領地の料理の品質も、品数も、大変、進歩しました」
「え? ご令嬢の指示なんですか? この食事、全てが?」
「はい、そうです。ですから、私も、毎年、豊穣祭にやって来るのを、とても楽しみにしております。毎年、新しい料理やスナックが出てきていて、必ず、一度は、全部、試してみているんです」
「ほう、それは、なんと羨ましい限りですねえ」
毎年、新しい料理やスナックが出て来て、好きなものを買い放題、食べ放題(お金があればの話ですけれどね) など、なんて、いいご身分なのだろう。
「では、今年の新しい料理は、どれなんでしょう?」
「この、シナモンドーナッツは、今年、出てきたものだと思います。領地内では、かなり以前からあったのですが、露店として出てきたのは、今年からです。それから、この蒸しパンも」
「ああ、中にお肉が入っていて、とてもおいしかったです」
「今回は、鶏肉ですね。以前は、豚肉をゆっくり煮込んだものが、詰められていたのですが、それもおいしかったです」
「ああ、おいしそうですねえ」
なぜかは知らないが、クリストフ(独占で) の料理トークが始まってしまった。
「他には、ありますか?」
「はい。こちらのカスタードパンもそうです。カスタードは、領地でも、かなり、デザートに使用されるようになりましたが、こうして、パンに包んで、パン菓子として出されたのは、初めてです」
「なるほど、なるほど。少しパンの塩味があるのに、中が甘かったですね」
「そうですね。それから、新しい料理の品ではありませんが、“ラ・パスタ”は、今年はラザニアだけではなく、他の何種類かのパスタも出していました」
「ああ、パスタですかあ。視察がてらに、私もいただきましたよ。それに、今日の――ラザニア、ですか?」
「はい、そうです」
「あれも、パスタなんですねえ。お肉がたくさん入っていて、おいしかったです」
「ラザニアは、パスタのシートを切らず、四角いまま、その間に、ミンチ肉とホワイトソース、チーズを乗せて、焼いたものなのです」
「おいしかったですよ」
「ありがとうございます」
「ですが、この全部の料理を、ご令嬢、お一人が発案なさったとなれば、相当なものですよねえ」
「姉上の趣味です。おいしいものを食べると元気が出てきて、気分も向上するでしょう、とおっしゃっていましたから」
「確かに、その通りですね。全くの異論はありませんよ」
勝手に、料理トークを初めてしまったクリストフの隣で、ギルバートがおかしそうに笑っている。
「そう言った、一つ一つの幸せがとても貴重で、それを経験できる機会が、「人」としての「自由」なのだろう、と姉上はおっしゃっていました」
その言葉を聞き、全員がシリルを見返した。
「私は貴族ですから、今まで、食に困ったことはありません。ですが、平民はそうではありませんでしょう。こうして、豊穣祭でおいしいものを食べられるようになり、もっとおいしいものを食べたいな、と思えるようになる心のゆとりは、誰にでも持てるものではありませんから。この領地の民は、その幸せを、十分に、姉上に授けてもらっています」
「そう、ですね。そのような領主がいることも、とても稀なことだと思います」
「私も、そう思います。身内贔屓かもしれませんが、姉上の政策は、間違ってはいませんでした」
「――反対、されたのですか?」
「もちろんです」
あっさりと、にこやかに、断言されるような発言ではないと思うのだが……。
「誰一人、耳を貸す者なんか、いませんでした」
「ですが――今は、この領地はこれだけの発展をして、繁栄もしているように見えますが」
「姉上が、全部、一人で成し遂げましたから。姉上が本気になると、こう、誰にも止められないのです。勢いがついて、そうですねえ……、あまりに全速力過ぎて、ついていけないと言いますか、追い付けないと言いますか……」
それで、唖然としている間に、セシルは、もう、するべきことをさっさと成し遂げ、片づけてしまっているのだ。
「そう、ですか……」
唖然としてしまったのは、ギルバート達だけではなかったと判り、安堵すべきなのだろうか……。
領民達だって、セシルについていけない――勢いがあって、唖然としているのなら、これは、もう、セシルの超絶した能力は、自分達で比べられるレベルではないのではないだろうか。
いやあ……、また、あの「謎のご令嬢……」 という決まり文句が、すぐに頭に浮かんできてしまう。
「反対されても決して諦めず、前に突き進んで行く強い意思は、それだけで、賞賛に値すると、私は思います」
ギルバートの言葉を聞いて、シリルが嬉しそうに顔を緩めた。
「姉上がそれをお聞きになったら、とても喜ばれると思います」