奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
「私は身内ということで、最前席を優遇されていまして。皆様も、ゲストでいらっしゃいますから、どうぞ、よろしければ、私の隣の最前席で座ってください」

「よろしいのですか?」

「はい。豊穣祭の閉会式の挨拶は、簡単なものなのです。それから、食事が始まり、後夜祭が始まります」
「ご令嬢は、どうなさったのですか?」

 シリルが、微かにだけ、意味深な微笑を浮かべてみせる。

「今は、後夜祭の準備で忙しいので、姉上は、後夜祭の挨拶の時にいらっしゃいます」
「そうですか。ですが、準備? ――なにか、なさるのですか?」

 ふふ、とシリルはその微笑を深め、
「ええ。皆様も、きっと、驚かれることでしょう」

 いやいや。
 この領地にやって来てからというもの、毎日が驚きで満載なのだ。

 おまけに、今日の豊穣祭で更なる驚きが追加され、もう、頭がパンクしそうなほどなのに。

 壇上に設置されたベンチに、領民達が落ち着くと、一人の男性が壇上に上がっていった。
 今日の豊穣祭運営係の代表、といった所だろうか。

 グルリと、全員を見渡し、男性が大らかに笑う。

「皆さん、今日は、豊穣祭、お疲れさまでした。例年にない賑わいを見せ、今日の豊穣祭は、大成功を遂げました」

 うわぁっと、そこら中から、拍手が沸き上がる。
 うんうんと、男性の方も、その気持ちが分るよ、と言う風に、今日の多忙さを思い起こしている。

「これにて、豊穣祭の幕を閉じたいと思います。皆さん、本当に、今日はお疲れさまでした」

 うわぁっ――!

 更なる歓声と拍手が上がり、今日の締めくくりがされていた。

「さて、これより、後夜祭に向けて、まずは、空腹を満たしましょう。後夜祭は、予定通り、七時半から催されます。せめて、五分前には、席に戻るよう、心掛けてください」

 わかったぞー、などと、そこら中から、領民の返事が飛ばされる。

「今夜も、たくさんのご馳走を用意してくれた皆さん、全員に代わり、私からもお礼を言います。これだけの空腹を満たす為に、朝から、食事の用意で大変なことだったでしょう。皆さんも、お替わりができるほど、たくさんの料理があります。順番に、押し合いをしないように、気を付けてくださいね」

 わかったぞー、とは返答が飛んでいるが、それでも、食事の争奪戦は――始まるのだろう。

「では、今から後夜祭に向け、食事を終わらせてください。七時半になりましたら、また、この場で会いましょう」

 うわあぁっ、と拍手喝采で、会場中が盛り上がっていた。

 そして、その挨拶が終わると同時に、すでに立ち上がって、通りに戻って行く群れ。

「ああ、争奪戦ですね」

「そうですね。遠慮して、少し待とうかな、と言う人もいるようなのですが、その待っている様子を見て、じゃあ、あっちが待ってるから、私はいいかな、みたいな状況にもなってしまうようでして」

「たくさんのご馳走でしたからね。我々も、楽しみです」


* * *


 ものすごい量のご馳走を平らげて、領民達も満腹感から、リラックス度がさっき以上に広がっていた。

 ギルバート達も、たくさんの料理をいただいた。おかわりもさせてもらった。
 デザートももらった。

 孤児院の子供達が作ったという、クッキーもたくさんもらった。ジャムが真ん中に入っているのもあって、新鮮な味だった。

 それから一段落つくと、また、領民達が、ボチボチと、さっきの大広場に戻りだしたのだ。

「後夜祭は、一応、七時半から予定しております。夕食の間は、まず腹ごしらえと、空腹を満たすので、一気に食事を始めますが、後夜祭が始まり、挨拶が終われば、また、先程の料理を食べることができます。それから、領民全員で酒盛りも」

「となると、酒盛りが――もしかしなくても、後夜祭のメインですか」
「はい、そうなります」

 なるほど。

 大盛況を遂げた豊穣祭は、その前準備からして、領地中、どこでも多忙を極めていた。
 今日一日だって、お店で接客業、豊穣祭の係員で移動やら、物資の入れ替えやらと、皆が皆、本当に大忙しだった。

 だから、食事を済ませた後は、のんびり、賑やかに酒盛り、ということなのだろう。
 それも、面白そうなイベントだ。

 まず、初めに空腹感を満たし、領地の全員が広場に戻って来ると、ベンチに座りながら、リラックスした様子で、お喋りなどをしている。

 その様子が、これから始める後夜祭を待ち望んでいるような雰囲気が見えて、また、珍しいことや驚くことが催されるのだろうかと、ギルバートも期待してしまう。

 こんな短期間で、これだけ驚かされ続けたなんて、本当に、人生初めての経験だ。

 コトレア領、恐るべし。

 先程の男性が、また、壇上の上に上がっていく。

「皆さん」

 ワイワイ、ガヤガヤと、賑わっていた周囲で、男性の掛け声と共に、一斉にその場が静まり返った。

「皆さん、まずは、空腹を満たしましたか?」

 それで、見渡す限り、全員が満足げな様子に、壇上の上にいる男性も、嬉しそうに微笑んだ。

「これより、今日のメイン、豊穣祭の後夜祭を始めます。まず、領主セシル様より、ご挨拶をいただきます」

 その言葉と同時に、男性の視線が、向こう側の馬車が停まっている方に向けられた。
 全員の眼差しも、その場所に、一気に注がれる。

 馬車からは、騎士にエスコートされたセシルが、ゆっくりと降りてきた。

 セシルの前には、赤い絨毯が敷かれ、その上を、ゆっくりと、セシルが進んでくる。

 うわぁ……!
 ああぁ……!

 そこらで、小さな歓声が上がる。

 セシルは足並みを変えず、ゆっくりと、そして、(たお)やかに、カーペットの上を進んでくる。

 ゆっくりとセシルが進むたびに、ユラリ、ユラリと、滑らかなドレスの裾が流れ落ちていた。

 ひらり、ひらりと、肩からかかっているような長い布が揺れ、セシルの周りで、柔らかな空気が流れて行くかのような、そんな神秘的な光景だった。

 そこらで設置されている明るいかがり火や、キャンプファイアーの(あか)りがこぼれ、辺りを照らしているが、セシルの暗闇を吸い込んだようなドレスを、ほんのりと反射させ、サラサラとした癖のない銀髪が、キラキラと輝いていた。

 壇上の階段をゆっくりと上がっていくセシルは、壇上の真ん中で、エスコートの手を離していた。

 壇上に立ったセシルは、どこまでも深い藍の瞳で、会場中を見渡していく。

 今夜のセシルは、瞳と同じ、闇に溶け込むような深い藍の色のドレスを着ていた。

 トップは肩出しでフィットしていて、細身の体躯をピッタリと映し、それでいて、女性らしい優しい曲線が、ほんのりとした色香を見せている。

 ウェストで絞められた腰からは、フレアのようなドレスが優しく広がっている。だが、真っ直ぐにスカートの部分が落ちているのではなく、流れるようなラインが、何本もスカートに入っていたのだ。

 それで、セシルが歩く度に、ユラリ、ふわりと、滑らかな光沢を反射して、流れていたのだ。

 トップにも、スカートの裾にも、銀の豪奢な刺繍が並び、肩出しであっても、肩からは、同じ色の薄い布が、地面に届くほど、長く垂らされていた。

 真っ直ぐに下ろされた銀髪は、周囲の(あか)りでほんのりと浮かび上がり、その額には、瞳と同じ色のサファイアが垂れていた。

 銀の(ふち)でサファイアを囲むように宝飾され、そこから伸びた輪が真っすぐに伸びているのではなく、珍しい形の繊細なフロントレットが、額の中央に垂れていたのだ。

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